13-23.悲しみを背負う

 Unlucky Divaの『ライラック』を最後に、伊織のSスタジオピアノリサイタルは無事成功に終わった。

 伊織は今、お客さんと会話をしたり、チェキ撮影に応じたりしていた。信はそのスタッフ業、須田店長は次の楽器無料体験の案内を行っている。

 楽器に興味を持つ人も中には結構いて、リサイタルの来場者二〇人ほどが楽器を触って音を出してみたいと流れているみたいだ。思った以上の成果と言える。

 ここまで来ると、俺の役はほぼ終わっている。今はスタジオのロビーで、眞下と双葉さん、神崎君と一緒にいた。ただ、彼らの表情は複雑だった。


「まさか両親が亡くなってたなんて……」

「伊織さん、普段明るいから、全然気づかなかった」


 眞下と双葉さんが、気まずそうに言った。

 そう、やはり伊織の環境について、彼女達はショックを受けていたのだ。神崎君は、俺が過去に伊織が何かしらの傷を負っている事を匂わせていたので、なるほど、と合点がいった様子だった。


「なあ、お前らさ、頼むから伊織にそういう態度見せないでくれよ。あいつが親の事言わなかったのってさ、周りが気まずそうになったり、同情されたりするのが嫌だったからなんだよ。だから、気にしないで今までと同じように接してやって」


 二人はそれぞれ「わかった」と力なく頷いた。

 伝わっているなら、きっと大丈夫だとは思うが……やはり心中、複雑だろう。

 伊織はどうして両親の死について、あの場でいきなり言おうと思ったのだろうか。正直、俺も困惑していた。ただ、彼女が言ったという事は、もう隠すのはやめようと決断したという事だ。それならば、彼女の意思を尊重したい。


「はあ……じゃあ、やっぱあたし等最低じゃん。伊織には麻生君しかいないのに、それなのにカラオケ誘ったせいで麻生君との仲を傷つけちゃったし。ほんと、最悪」

「……ごめんなさい」


 眞下と双葉さんが、俺に頭を下げた。

 彼女達は今こうして普通に接しているが、きっと心の中では未だにポッキー事件を引きずっているのだろう。


「もう、それはいいって。確かに最悪な気分だったし、三野の野郎見かけるとまだぶん殴りたくなるけどさ……あれは、俺らにとって必要だったんだよ。むしろ、あれがあったから俺らお互いの事信用できるようになったっていうか。伊織もきっとそう思ってるし、あれは俺らにも悪いところはあったんだって。だから、もう謝らないでくれ」


 これは世辞でもなんでもなく、事実だった。

 あの時、伊織の本音が聞けた。俺も本音を言った。だから、きっと俺達にとっては必要な出来事で、あれがあるから今があるのだと思えた。

 あの一週間足らずの期間は俺達にとっては最悪だった。しかし、最悪だったからこそ、もう二度とあんな事にはならないよう、互いを大切にしようと、気持ちをもっとちゃんと伝えようと思えるようになったのだ。

 彼女達は納得していないようだったが、納得してくれ、と思うほかない。


「悲しみを背負う、か……この前遊園地で麻生君の言ってた事がやっとわかったよ。麻生君も麻宮さんも、大変だったんだね」

「俺は別に……あいつが、大変なだけだったから」

「それを支える麻生君も、きっと大変なはずだよ。ね、明日香?」


 神崎君は、双葉さんの頭をぽんぽんと撫でた。双葉さんはまるで猫みたいに、神崎君に撫でられて気持ちよさそうな顔をしている。

 こっちのカップルの場合は、双葉さんが神崎君の傷を支えている。今の『ぽんぽん』には、双葉さんに対しての感謝がこもっているのだと思う。

 どうやらこの二人もあの出来事があったから、自分に正直になれたようだ。


「うっわー、なにこの惚気合戦。この中であたしだけすごい疎外感あるんだけど」


 眞下がじとっとこちらを見た。


「お前には信がいるだろ」

「誰があんな奴と」

「えー? その割に詩乃ちゃん最近穂谷君と良い感じじゃない?」


 双葉さんが加勢してきた。この前一緒に商店街に営業をかけに行った時の感じを見る限り、眞下と信も少しずつ距離を縮めているようだった。俺の知らないところで、きっと仲を深めているのだろう。


「うっさいわね、ナシよ、ナシ! 誰がなんと言おうとあいつはナシ!」


 眞下が顔を赤くして、そっぽ向く。彼らの明るい未来はまだ先の様だった。

 そんな眞下を三人でからかって遊んでいると、親父と母さんがロビーに出てきた。


「おお、真樹。大繁盛じゃないか」


 急な大人の登場に、眞下達が半歩ほど下がった。彼らはうちの

両親を知らないからだ。

 ちなみに両親はさっきまで伊織のチェキ撮影列に並んでいた。記念にスリーショットで撮ったようだ。


「あ、親父。うん、いろいろアドバイスありがとな」

「おう、またいつでも相談しやがれ」


 お香のアイデアやスポンサーのつけ方など、ちょくちょく親父には演出の相談なんかもしていた。親父は、勉強は自分でやれと言うが、こういう相談ならよく乗ってくれていた。彼は彼で、俺が勉強して成績を上げるよりも、喜んでいるようだった。

 もしかすると、親父もマスターと同じように、勉強よりもこういった発想力を磨く方が大事だと思っているのかもしれない。

 ともあれ、今回は親父や信、眞下の協力もあったからこそ成功した。今回の企画の成功は、決して俺ひとりの力だけではない事を自覚しておかなければならない。


「これだけの人を集められるって、さすがねぇ」

「だから言っただろ? 真樹は起業家の素質があるって。なんだったらいっその事高校生起業家に……」

「それは全力で阻止するわ」


 そんなバカなやり取りを親がしている中、ぽかんと神崎君達がこちらを見ていた。完全に置いてけぼりにしてしまっている。


「あ、ごめん。えっと、こっちはうちの両親。で、こっちは一緒にバンドやってた普通科の神崎君とその彼女の双葉さん、それと同じクラスの眞下」


 俺は間に立って、それぞれを紹介すると、それぞれがぺこりと頭を下げた。


「え、麻生君のお父さんとお母さん⁉ 二人ともめちゃくちゃ若いしお洒落……うちの親にも見習わせたいわ……」


 眞下は両親を交互に見て、驚いていた。

 確かに、うちの親は年の割には服が若いというか、お洒落だ。母は昔アパレル系で働いていた事もあるらしいので、服選びのセンスが良い。一方、うちの親父はダメダメなので、いつも母が服をコーディネートしていた。


「あら、ありがとう。それにしてもうちの息子、ちゃんと学校で友達がいたのね。安心したわ」

「真樹の事だから、どうせ穂谷君くらいしか友達いないと思ってたからな」

「失礼な親だな。ちゃんといるっつーの」


 とかなんとか強がってはいるが、俺が今こうして友達に囲まれているのは、すべて伊織のお陰で、伊織がいなければ親父の指摘通り、信しか友達はいなかった。


「そういえば、今日はこの後打ち上げとかはするの? あんたのバイト先とかで」


 母さんが唐突に訊いてきた。母さんの口から打ち上げなんて言葉が出てくるとは思ってなかった。

 ちらっと母さんがスタジオの方を見るが、伊織はまだ中で話しているようだ。


「いや、今のとこその予定ないけど」

「そう。じゃあ、うちでやりなさいよ。あんなに素敵な演奏を聴かせてもらったんだもの。伊織ちゃんにはうんとたくさんご馳走食べさせてあげないと」


「そうだな。友達の皆さんもよかったら一緒にどうだ? 打ち上げをやるならみんなでやった方がいい」


 なんだか両親が話をぱっぱと進めていって、神崎君達に訊いた。

 おいおい、俺も伊織もまだ同意してないんだけど……とは思ったものの、伊織がこんな申し出を断るわけがない。彼女の事だから、きっと子犬がぶんぶん尻尾を振るみたいに、喜ぶに決まっているのだ。伊織にとって、この二人から饗される事は、最上級に喜ばしい事になっているように思う。


「え、僕らも良いんですか?」

「ええ、もちろん。二人の友達なのでしょ? それなら、むしろ参加してもらいたいくらいよ」


 神崎君達は顔を見合わせ、声を揃えて「ぜひ」と答えた。どうやら、俺の意思とは無関係にもう打ち上げが決行されるらしい。


「じゃあ、私達はもう帰るわね。穂谷君も合わせると、六人分かぁ、間に合うかしら?」

「なに、俺も手伝うさ」

「お父さんが手伝うと仕事が増えるのよ。お願いだからじっとしてて。荷物持ちだけでいいから」

「ひどいぞ、美樹……その通りだけど」


 そんな両親のやり取りをポカンと眺めながら、彼らを見送った。


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【お知らせ】


 新作『学校一の美少女がお母さんになりました。』はこの『君との軌跡』を今の自分が書いてみたらどうなるか、というコンセプトのもの書いてみた作品です。


https://kakuyomu.jp/works/16816700427764382975


 この作品とはテーマが異なりますが、おそらくこの作品と近しい空気感があるのではないかな、と思っています。

 是非、フォロー・レビューなどを頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。

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