13-14.会社
「あれ、このQRコードってなに?」
ふと、信が作ったチラシの隅にQRコードがある事に気付いた。チラシのサンプル画像が送られてきたときにはなかったものだ。
「おお、そういや言うの忘れてた。読み取ってみろよ」
「おっけ」
言われた通り、スマホを取り出して、QRコードを読み取ってみると、リンクが表示された。そこのリンクをタップして開いてみると、Sスタのホームページで、しかも無料リサイタルについての特設ページだった。
「お、すげえ。特設ページだ。こんなの作ってたのか」
「そうそう。内容はほとんどチラシに書いてある事と変わらないんだけど、麻宮のピアノの受賞経歴とかUnlucky Divaの事とかも付け加えてくれてるみたいだぜ」
「へえー、須田店長も色々考えてんだ」
ちょっと感心した。
てっきりやる気がないからSスタジオが廃れまくっているのかと思っていた。
「いや、それがよ、ウケるぜ?」
「なにが」
「須田店長、マスターにケツぶっ叩かれたんだとよ」
信が面白そうに説明してくれた。
どうやら、俺がマスターと話したあのバイトの数日後、マスターが須田店長と会いに行って『高校生がお前の店の為に頑張ってるのにお前は何してるんだ』と喝を入れにいったようなのだ。それから慌ててあのページを作って、そのリンクをチラシに入れるよう信に頼んだのだとか。
チラシの入稿が遅れたのは、須田店長がそのページを作り終えるのを待っていたというのもあるらしい。
「へえ……マスターがそんな事を」
「意外だろ? マスターは麻生の事になると甘いからなぁ」
「そうか?」
「そうだよ。マスターのお気に入りだからな、麻生は」
「いやぁ、ないだろそれは」
先週のバイトだってさんざんコキ使われまくった(で、自分は奥で休憩してた)。大体憎まれ口を叩かれているし、気に入られているわけではないと思う。もちろん、彼には感謝もしているのだけれど。
「あ、今日配り終わったらカフェいこうぜ」
「さんせー!」
信の提案に眞下が即合意したので、俺も頷かざるを得ない。まあ、たまには勉強を休んでもいいだろう。信や眞下と過ごすのも、悪くはない。
こうして、三人で商店街の店を全軒回って、チラシを置かせてもらうよう頼んだ。二人のコミュニケーション能力には驚かされるものがあって、予想以上に多くの店でチラシを置かせてもらえた。
更に凄い事に、御菓子屋とお茶屋さんから『面白そうだからスポンサーになりたい』と申し出があって、無料リサイタル開催時にお茶やお菓子を提供してくれる事になった。
もちろん、提供してもらう代わりに、今度はその御菓子屋さんとお茶屋さんのチラシや割引券を無料リサイタルで配布する約束を取り付ける。
こうやってイベントはどんどん展開されていくのだな、というのを肌で感じられた。なんとなくだけれど、イベントやビジネスの流れがほんの少しだけ掴めた気がした。
帰りに三人でSカフェによった際に、マスターにスポンサーの件について話すと、また驚かれた。「やっぱり真樹には商売の才能があるよ」と彼から言ってもらえたのは、嬉しい。
ただ、これは俺の力だけではない。チラシを作ってくれた信、そして商店街で交渉してくれた信と眞下の力添えもあっての事だ。俺ひとりでは、ここまではできなかった。
そう彼に言うと、マスターはにやりと笑った。
「それが〝会社〟だよ、真樹」
そのままマスターが続けた。
「自分のできない事は誰かに委託したり、部下にやらせる。全部自分でやる必要なんてないんだ。骨組みや指針、ゴールを決めて、あとは人をつかって、目標を実現する。規模は違えど、今真樹がやっている事は、多くの会社というか、社長がやっている事と同じなんだよ」
「す、すごーい! 麻生君って、社長?」
眞下が感心してマスターと俺を見比べる。
「みたいな事をやってると僕は思うよ」
「また大袈裟だな、マスターは」
「君は無自覚だけど、自分が思っている以上に凄い事やってるからね」
「そうなのかねえ」
ぐびっとコーヒーを飲む。今日はもちろん、カウンターの外で、客として来ている。
幸い、客足が途絶えている時だったので、気兼ねなく話す事ができた。
「よし、麻生。起業しようぜ! で、俺を雇ってくれ!」
「なんでだよ。何の会社作る気だ」
「えー、ずるい! あたしも雇って」
「起業資金がねえっつの」
「じゃあ僕が出資しようか? 今は住所だけ貸してくれるバーチャルオフィスもあるし、簡単に会社作れるよ」
「悪乗りでガチっぽい事教えるのやめろ、マスター」
そんなくだらない事をだべりながら、過ごす放課後。
商店街を歩き回った軽い疲労感と充実感も相まってか、いつもより会話が弾んだ。
はっきり言って、自分が作った波が大きくなっていくのは、結構気分が良いものだった。自分の手のひらで物事を進めているような気分になれる支配感もある。これは、今までの人生で味わった事がない感覚だった。
しかし、波が大きくなり過ぎると、良くない事というか、想定外の事も起こった。
彼──泉堂彰吾──の耳に、この一件が入ってしまったのだ。
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