【いい夫婦の日SS番外編】11月22日の朝10時頃
【前書き】
今回は三人称伊織視点の物語です。なお、このSSを読む方は、ブラックコーヒーを準備してからお読み頂く事を推奨します。
※昨年に公開したものをリテイクしたものです。
※来月にカクヨムコン用に『君との軌跡NEO version』みたいな作品を出します。少し角度を変えて君キセ書いてみた、的な感じです。この作品が好きな方は、是非ユーザーフォローしてお待ちください。
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「ねえ、真樹君。今日って夫婦の日なんだって。知ってた?」
伊織は愛する人──麻生真樹──の耳元にそう話しかけた。もちろん、起こさないように小さな声で囁きかけている。
愛しい彼は、すーすーと寝息を立てて、彼女の胸に顔を埋めて眠っていた。しっかりと離さないように、彼女の背中に腕を回し、少し苦しいと思うくらい、抱き締めてくる。無論真樹に意識はなく、爆睡しているようだった。
「私達の日だね。なんて」
眠る彼に、伊織はただこそこそ声で話しかけて、ひとりでくすっと笑みを浮かべる。
今日は十一月二十二日の日曜日。世間ではいい夫婦の日と言うそうだ。一一と二二で『いいふうふ』と読むらしい。そんな世間のカップルや夫婦がいちゃつくであろう日の日曜日の朝、伊織は真樹のベッドの上で過ごしていた。
麻宮伊織が麻生家で暮らし始めて、既に半年以上が経過している。こうして伊織が真樹の部屋にこっそりと来て、一緒に眠る日は、最近では少なくなっていた。真樹の受験勉強が佳境に入り、ずっと勉強しているからだ。彼女がこうして彼の部屋に来る時は、大体は真樹が諸々限界を迎えて追い詰められている時である。
学校では話す分、家では出来るだけ勉強の邪魔をしないようにしている。ただ、先月の事(※)があってから真樹の両親も彼女達の空気から諸々察したのか、『真樹の事は任せる』と言われていた。その為、彼が無理をしている時や疲れている時などを見計らって、伊織は真樹に話しかけるようにしている。今まで、散々支えられてきたのだから、これからは自分が彼を支えたい──伊織は、今年一年を振り返って、改めてそう思うのだった。
そして昨晩、そんな真樹から疲労が色濃く見え始めたので、「一緒に寝よっか」と伊織から声を掛けたのだ。彼は自分が切羽詰まっていた事にその時気付き、苦い笑いを見せて「そうするよ」と頷くのだった。彼女がこうして気にかけてくる時は、いつも自らの体を気遣ってくれている時だと、彼も知っているのだ。ただ、こうして当たり前のように添い寝を持ちかけてくる彼女が実は未だに緊張している事については、彼はまだ知らない。
真樹はこうして彼女に抱き締められて、頭を抱きかかえられ、撫でられている間に、いつも深い眠りに落ちてしまうのである。彼自身、以前彼女に『伊織にこうしてもらってると勝手に意識が飛んでる』と漏らしていた程だ。彼にとっても心から安心できる場所で、最も癒される場所こそが、麻宮伊織の胸の中だった。そして伊織にもその自負があり、彼をこうして幸せにできるのは自分だけの特権で、この場所は誰にも渡さない、と密かに誓っているのだった。
「真樹君が甘えられるの、私だけだもんね?」
本人が起きていたら絶対に言えないような事を言って、彼の頭をよしよしと撫でてやる。
彼は過去、伊織に対して『もっと甘えて良い』と言ってくれていたが──そしてその言葉に彼女も甘えさせてもらっていたが──今ではその言葉はそのまま真樹に返してやりたい、と伊織は思っていた。彼は一人っ子のくせに、甘えるのがとてつもなく下手なのだ。
精神的に普通の高校生より成熟しているというのも大きいのだろうが、甘える事そのものに慣れていない。伊織が見ている限り、親に甘えているようなところも見た事がなかった。
真樹に内緒で彼の母・美樹に訊いてみた事があるが、母曰く『あの子は昔から甘えるのが下手だった』そうだ。加えて、『伊織ちゃんに甘えるようになっているなら、甘えさせてやってほしい』と頼まれてしまった。
美樹の言う通り、彼は悩んでいても一人で抱え込んでしまい、一人で解決しようとする。そしていつも自分の限界を超えて、無理をしてしまうのだ。思い返してみれば、それはこの受験期間だけでなく、出会ってから今までの間にもよく現れていた。
そういった経緯もあって、伊織の方からこうして真樹が甘えられるように機会を作っている。というより、甘えてくる彼が愛しくて堪らないのだった。
「あーっ、私のパジャマによだれ垂らさないでよ。別にいいけど」
くかー、と間抜けないびきをかいている真樹の口元から、よだれが伊織のパジャマに垂れた。
伊織は呆れたような笑みを浮かべて、彼の口元をぐしぐしと袖で拭ってやる。何だか寝言でもにょもにょと言って反抗しているが、お構いなしに拭いてやった。
「ああもう。可愛いっ」
そして伊織はまた、真樹の頭を抱え込むのだった。
こうして一緒に眠る時、いつも彼女は少し早く起きるように心がけている。彼が目覚めるまでその寝顔を眺める時間こそが、彼女にとって至福の時だからである。たまに先に起きられる時もあるのだが、その時はいつも心の中で指を打ち鳴らして悔しがっているのだった。
自分の彼氏の一番無防備な姿を見れる特権──そしてその特権は同じく彼も持っているのだけれど──を存分に使える時は、この時しかないのだ。
真樹が腕の中で少し苦しそうに呻いたので、慌てて少し腕を緩めた。
「ごめんね、苦しかった?」
眠る彼に話しかけるが、もちろん彼は未だ夢の中で、返事はない。一体どんな夢を見ているのか、伊織は気になって仕方がなかった。
あまりに熟睡しているので、少し悪戯心が湧いて、鼻を摘まんでみる。すると、上手く息ができなくなって変ないびきをかくので、慌てて手を離した。
「ふざけんなこんにゃろ……くかー」
「はいはい、ごめんね。もうしないってば」
寝言でむにゃむにゃ文句を言う彼に、平謝りする。こうして彼が目覚めるまで、いつも何かしら遊びたくなってしまう伊織であった。
その時、廊下の外でカチャリとドアの開く音がして、彼女の心臓はドキンと高鳴った。真樹の親──おそらく母親の美樹──が起きたのだ。
伊織はそのまま息を殺すように彼の頭を抱きかかえ、布団の中に身を縮めた。そのまま階段を降りて行く足音がしたので、腕の力を緩めて、ほっと息を吐く。
こうしてこっそりと一緒に寝ている事は、もちろん真樹の両親には内緒である。暗黙の了解となっているだけで、既にバレているようではあるが、それでも緊張してしまうのだった。
(そろそろ私も起きなきゃ、かな)
ふと時計を見ると、もうすぐ十時だ。遅めの朝食を作るのか、そのまま朝昼兼用で昼食を作るのか、まだこの時点では伊織でも読めない。
麻生家は自営業なので、生活が一般家庭より不規則である。朝食が遅めの時は昼食がその分後ろにずれ、朝食がない時は昼食の時間が正午くらいとなる。その都度、伊織は臨機応変に空気を読んで、いつも家事を手伝っているのだった。
(良い夫婦の日、かぁ……)
伊織はもう一度カレンダーの日付を見て、小さく溜め息を吐いてから、隙だらけな寝顔を見せている想い人を眺めた。
(私達が夫婦になれるのって、いつかな?)
まだ気が早いと真樹には叱られそうではあるが、伊織はついそんな事を夢想してしまうのだった。もう彼女には、自身がそうなる未来しか見えなかったからだ。
腕の中の彼がもそりと動いて、その瞳がゆっくりと開いた。王子様のお目覚めの時だった。
「あれ……伊織。もう起きてたのか。今何時?」
「おはよ、真樹君。十時過ぎたところだよ」
まだ寝ぼけ眼で舟をこいでそうな彼を見て、彼女はちょっとした悪戯を思いついた。
「ねえ。それより今日、結婚記念日だよ? どこ行く?」
「……はあ!? え、ケッコンキネンビ!?」
一瞬目が点になって、そこからがばっと起き上がって真樹が驚く。
「うーそ、冗談だよ」
予想通りの反応に、伊織はくすくす笑った。
「お前な……寝起きの冗談はやめろよ。心臓に悪い」
「えー、お祝いしてくれないの? 結婚記念日」
不服そうに真樹が彼女を睨むので、伊織は少し意地悪な気持ちになって彼の顔を覗き込んでやった。ここは好機とみて攻め込んだのだ。
「そう、じゃなくてさ……」
真樹が恥ずかしそうに顔を背けた。
「なあに?」
「……いつ、どこで何て言ってそうなったのか、覚えてなかったら、嫌だろ」
今度は伊織が顔を赤くする番だった。顔が一気に火照ったのが自分でもわかった。
彼はこういうずるいところがあるのだ、と伊織は頭を抱えたくなる。不意打ちを仕掛けたつもりが、見事に反撃を食らってしまった。
「……も、もう起きるか」
「そ、そうだね」
何だか気まずくなって起き上がると、互いに視線が交わった。そしてどちらともなく顔を寄せて──朝の口付けを交わす。
(もし、夫婦になれば毎朝こんなに幸せなのかな?)
伊織の頭にふとそんな疑問が浮かんだが、恥ずかしくなって、慌てて消し去った。
二人が夫婦となるのは、まだ先の様だった──。
(了)
※電子書籍『君との軌跡』15章を参照。
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【後書き】
『君との軌跡』は書籍にて完結済です。
まだ買ってない人いましたら是非購入をご検討下さい。ちなみに、書籍特典ではこうした伊織の三人称の短編や過去編もございます。
https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/1177354054921744675
宜しくお願い致します!
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