【緊急SS番外編】そういえば神崎君って何してるの?
「そういえば、神崎君と最近連絡取ってる?」
学校からの帰り道で、伊織がふと思い出したように訊いてきた。
二学期も半ばを過ぎて、もうすぐ文化祭という時期だ。昨年の今頃はバンド練習と文化祭準備でばたばたしていて、全く落ち着かなかった。それに対して、今年は受験勉強だけしていればいいのだから、随分楽だ。
「ああ、受験勉強でヒーヒー言ってるってこの前言ってたよ」
「あ、そっか。神崎君、国立大志望だもんね」
「とか言いながら、模試はA判定だったみたいだけどな」
「わ、すごい」
謙遜してるとこが神崎君らしいね、と伊織が付け足してくすくす笑った。
ちょうど先日、その神崎勇也と学校で話したばかりだ。
彼は数少ない友人の一人ではあるが、二年の頃と比べれば随分と話す機会も減った。その理由は明白で、単純にバンドがなくなってしまった事と、互いに受験勉強が忙しいからだった。また、学科が異なるので、教室がある建物も異なる。会おうと思わない限り、なかなか会えないのだ。
「去年の今頃だっけ、神崎君と知り合ったのって」
ふと伊織が昔を懐かしむように、遠くを見た。うっすらと微笑んでいるところを見ると、きっと一年前の今頃を思い返しているのだろう。
「今ぐらいだったかな。確か、バンドやるってなって、カフェで信から紹介されたんだよな」
「それで、どうしてか私がボーカルやらされる羽目になって」
「そうそう」
「真樹君、全然助けてくれないし、挙句に一緒になってお願いしてくるんだもん。ひどいよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
伊織が少し拗ねた顔を作ってから、顔を綻ばせる。
本当は覚えているが、『あれは面白かった』などと言うと怒られそうなので、黙っていよう。
文化祭準備でヒーヒー言って、バンド練習でヒーヒー言って……あの頃は、こうして伊織と一日中一緒に過ごす事になるとは、夢にも思わなかった。
きっと彼女も同じ事を考えていたのだろう。彼女がそっと俺の手を握ってくるので、その手を取って、指をしっかりと絡ませる。
あの時も伊織と一緒に登下校はしていたけれど、今とは全く違う関係で。こうして気軽に手を繋ぐ事もなかった。
当時の俺は、伊織と付き合って、挙句に一緒に住んで、一緒の大学に行く為に頑張るなど、欠片程も思わなかっただろう。それを考えると、随分遠くまで来たものだ、などと旅人のような台詞を吐きたくなってしまう。
「あ、そういえば……神崎君、たまに恋愛相談乗ってるって言ってたな」
「恋愛相談? 神崎君が?」
「そう。意外だろ」
「うん、あんまりそういうタイプに見えないから」
そう言ってから、伊織が「あ、でも」と何かを思い出したように呟いた。
「どうした?」
「あんまり意外でもないかも。神崎君、三年になってから周りの相談に乗ったり、困ってる人見掛けたらよく助けてるって明日香ちゃんが言ってたから」
「へえ……あの神崎君がねぇ」
これまた意外な一面を見たものだ、と俺は小さく息を吐いた。
神崎君は優しくて流されやすいところはあるものの、自主的に人助けをするタイプとは思ってなかった。
ちなみに、明日香ちゃんとは、双葉明日香の事だ。神崎勇也の恋人で、俺や伊織とも仲が良い。最近では機会も少なくなってしまったが、一時期は伊織と信、神崎君、そして眞下詩乃と双葉さんを交えて、よく六人で遊んでいた。神崎君と双葉さんが喧嘩をした時は、遊園地で仲を取り持った事もある。胃に穴を空ける様な思いをして。
「どうしてか知ってる?」
伊織が悪戯げに笑って、こちらを見上げている。
「え、知らない。何で?」
彼女の意図が読めずに、特に考えずに聞き返した。神崎君が人助けをする理由など、俺が知るはずもない。
「……真樹君に、憧れてるんだってさっ」
言いながら、伊織は俺の腕を引き寄せて抱え込んだ。とっても嬉しそうな笑みを浮かべている。
「え、待った。何で神崎君が俺に憧れんの? 意味わかんないって」
伊織は嬉しそうであるが、こちらは困惑でいっぱいである。
神崎君はイケメンで頭も良くて、しかもギターも上手い。俺が彼に憧れる事はあっても、彼が俺に憧れる要素など全くないのだ。
「明日香ちゃんが言ってたから、間違いないと思うよ?」
「まじかよ」
恋人の双葉さんが言っているならば、その可能性は高い。でも、俺はそれほど大それた事をしたのだろうか。
彼に対してやった事と言えば、それこそあの遊園地で話したくらいだ。後は彼の失恋話を聞いたくらいで、何も憧れられるような事はしていない。
「でも、何でだ? マジで理由がわからないんだけど」
「ほら、真樹君、Sスタのリサイタルの事とか色々してくれたじゃない? 企画とか運営とか」
「ああ、うん」
「それ見て、真樹君の事凄いなって思ったんだって」
「それで、俺に憧れてるの?」
「他にも色々あるみたいだけどね。あ、これ神崎君には内緒だよ? 明日香ちゃんからも内緒って言われてるから」
内緒と言われていて一番言ってはいけない張本人(俺)に伝わってしまっていると思うのだけれど、それは大丈夫なのだろうか。
「それで、神崎君に恋愛相談って、どんな事?」
「ああ、なんか同じクラスに家庭教師の大学生を好きになった奴がいて、たまに話聞いてるんだってさ」
俺がそう言うと、伊織は「え……」とやや不安そうな顔をしていた。
「それって、大丈夫なの? 家庭教師って、神崎君の地雷じゃなかったっけ……」
「あれ、知ってたのか?」
神崎君は二年前に大学生の家庭教師と恋をして、無残な最期を迎えている。想い出すだけで胸が痛くなるような話だ。
そして、その失恋のせいで双葉さんともギクシャクしてしまい、一か月以上も喧嘩をする羽目になった。ただ、神崎君のその深い傷を癒そうと双葉さんも必死だった。その気持ちを彼も理解して、二人は仲直りするに至ったのだ。
「うん、全部は知らないけど、少しだけ明日香ちゃんから聞いたよ。大丈夫かな?」
伊織はその家庭教師云々のせいで、また神崎君が昔の恋を思い出して、双葉さんとギクシャクするのではないか、と不安になっているようだ。
「大丈夫だよ」
俺ははっきりとそう言った。それに関しては不安に思っていない。
神崎君も昔の気持ちは吹っ切って、今は双葉さんを大切にしているからだ。もう終わったものと割り切っているからこそ、そのクラスメイトの恋愛相談にも乗れるのだろう。
それを伝えると、伊織はにこにこ嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「何だよ」
「ううん、何でもないよ」
「何かあるだろ、その顔は。言えって」
「何でもないってばー」
伊織は鼻歌でも歌いそうな笑顔で、俺の手を引いて前を歩く。
納得がいかなかったので、手を引っ張り返して尋問してやろうと思った時だった。彼女はいきなり振り返り、悪戯げに微笑んでこう言った。
「やっぱり私の彼氏は凄いなって……そう思っただけ」
その唐突な反撃に、俺は言葉を詰まらせる他なかった。
その凄い彼氏は、大切な人をただ喜ばせたかっただけだと思うんだけどな──ふとそう思ったが、その本心をそっと心の奥に仕舞い込む。
彼女の手を強く握り返して、「そんな事ないよ」とだけ返すのだった。
──────────────
【後書き】
こんにちは、九条です。
今回、新作『一目惚れした家庭教師の女子大生に勉強を頑張ったご褒美にキスをお願いしてみた(以下カテキス)』の宣伝用SSを書かせて頂きました。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054934199918
今回まだ新作の方が始まったばかりなので、周囲の環境などは一切出てきておりませんが、君キセ読者だけに新作お楽しみポイントを先にこっそり伝えておきます(だから新作フォローして下さいお願いします)。
実は、新作カテキスの主人公・結城湊は真樹や伊織達と同じ桜ヶ丘高校の三年生。しかも、神崎勇也と双葉明日香と同じクラスという設定です。
で、湊の友人ポジションとして、神崎勇也が出てきます。双葉明日香は、友人神崎の可愛い彼女、という程度の存在。湊的にはうらやまけしからんリア充〇ね!という気持ちで二人を眺めるシーンなどがちょくちょくあります。
真樹と伊織はクラスが違う上に、湊とは面識がないので直接関わってくる事はありません。ただ、画面の端にちらっと映り込んでいるような時が、もしかしたらあるかもしれませんので、要チェックです。あれですね、Clannadアフターストーリーのアニメ版でKanonの秋子さんジャムがちらっと出てくる的なあの演出です()
もちろん、カテキスは君キセでのストーリーを知らなくても、読者的には全く違和感なく読めるように作ってあります。
これは僕からの君キセ読者へのちょっとした遊び心と御礼みたいなもの。
なので、あっちのコメント欄とかに書いてはいけませんよ。気付いていても気付かないふりして下さいね。心の中でにやにやしておいてください。
僕とあなただけの秘密の約束です。笑
近況ノートでも書きましたが、九条的にはカテキスに割と勝負かけてる節があります。これで大コケしたら、ちょっと今後WEBで現実恋愛書くのやめちゃうかも、というくらい凹んでしまいます。笑
なので、そうならないように皆さん、九条めに力を貸して下さい!
君キセをここまで読んでくれてる人はもうみんな友達だと思ってます()宜しくお願いします!
『一目惚れした家庭教師の女子大生に勉強を頑張ったご褒美にキスをお願いしてみた』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054934199918
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