SS番外編集

【ポッキーの日SS番外編】ポッキーとトラウマ

【前書き】


 7章まで読んでいる事前提の短編です。まだ7章まで読んでいない方は、内容がわからないと思うので、ご注意ください。

 ※昨年に一度公開したものを少しリテイクしただけです。

 ※来月にカクヨムコン用に『君との軌跡NEO version』みたいな新作を出します。少し角度を変えて君キセ書いてみた、的な感じです。この作品が好きな方は、是非ユーザーフォローしてお待ちください。


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 十一月十一日の昼休みの事だった。

 俺と伊織が音楽室で昼食を取っていると、珍しく普通科の神崎勇也君と双葉明日香さんが『一緒に食べよう』とそこに加わってきた。俺達以外にも、神崎君達もこの音楽室でたまに昼休みを過ごしているそうだ。どうせ四人集まったのなら、と双葉さんが穂谷信と眞下詩乃を呼んで、計六人で昼食を取る事となった。

 普段は教室で昼休みを過ごすのだが、ちょっとした事情で今日は敢えて人目が少ない場所を選んだ。神崎君や信達が加わったのは予想外だったが、の六人ならおそらく問題ないだろう。

 ちらりと黒板に記された日付を見て、縦線が四本並んでいるのを確認し、小さく溜め息を吐いた。今日が何の日かはもちろん知っているが、俺達はそれを決して口に出さない。

 三組の高校生男女が人のいない音楽室に揃っていて、そのうちの一組は、シュガップルと呼ばれるほどのバカップルだ。俺と伊織の事らしいけども、さすがもちょっとこのあだ名は恥ずかしいというか、何というか……まあ、それは今は良い。

 とにかく、そんな馬鹿げたあだ名のカップルがいるのだから、今日という日はきっとそれなりのあほあほなイチャイチャを見せつけると色んな人が思っているだろう。また砂糖をばら撒くだの、無理矢理口に突っ込むだのと思われているに違いない。何ならトラブルメーカーの誰かがお菓子の箱を取り出して『今日が何の日かわからないのかい?』だなんて言い出しかねない日だ。

 だが──俺達に限って、それはない。俺達にとって、いや、伊織にとってこの日は、そうしたおふざけができる日ではないのだ。

 ちらりと伊織の横顔を見るが、今は信の言った冗談に、口元を隠してくすくす笑っている。目が合うと、彼女が首だけ少し傾げて『なあに?』と訊いてきたが、俺はただ首を横に振っただけだった。彼女がそれを意識していないのであれば、それに越した事はない。

 ──十一月十一日。即ち、ポッキーの日。

 彼女にとって、この日はきっと、思い出したくない事を思い出してしまう日なのである。

 今年一月に起きた、ポッキー事件。いや、事件というよりは事故のようなものだったのだけれど、それでも彼女にとっては嫌な記憶であるはずだ。

 もちろん俺にとっても正直嫌な記憶で、思い出したくもない。あの事故の御蔭で互いに素直になれて距離が縮んだとは言え、彼女とは一週間も会話ができなかった。それに、俺自身、憎しみが皆無かと言えば、嘘になる。に関しては、視界に入る度に殺したくなる。

 ともかく──あの事件があるから、きっとポッキーゲームにまつわる事や光景を見るのは嫌だろうと思い、俺は伊織を人のいない音楽室まで連れてきたのである。

 外国語科は女子が多いクラスなので、教室ではおふざけでポッキーゲームを女子同士で繰り広げる。伊織にそれを見せたくなかったのだ。

 きっと伊織も俺の意図には気付いているのだろう。よくわからない理由で教室から連れ出して音楽室まで連れてきたが、困ったように笑って黙ってついてきてくれた。

 そう、ここまで気を遣っていて、当事者であるこの六人しかいないのであれば、きっと大丈夫──そんな風に考えていた時が、俺にもありました。


「ねえ! そういえば、今日ってこの日だよね!」


 眞下詩乃のこの言葉で、俺は絶望する。そして彼女の方を見て、もっと絶望した。

 眞下が鞄の中からごそごそと取り出したのは、ポッキーの箱だったのだ。それを見た伊織は一瞬『あっ』と顔を引き攣らせて、その表情を隠すかのように慌てて俯いている。その光景を見た瞬間、全員の冷たい視線が眞下に向けられた。

 全く……本当の意味でのトラブルメーカーがいたよ、うちのグループには。


「あ……れ……? あ、やっばッ」


 自分の失態に気付いたのだろう。眞下は慌てて鞄の中にポッキーを仕舞ったが、もう後の祭りである。


「詩乃ちゃんさぁ……」

「詩乃、お前なー。そりゃねえだろ。俺もフォローできねえぞ」

「眞下さん……それはデリカシーないよ。僕らにも責任あるの、忘れたの?」


 双葉さん、信、神崎君がそれぞれ非難の声を彼女に浴びせた。

 俺はもう怒るを通り越して呆れていた。保護者役の信に非難の目を向けるが、彼は両手を併せて申し訳なさそうに謝る仕草をするだけだった。

 俺は良いんだけどさ、と嘆息して、もう一度伊織に視線を向けると、こっちはこっちで眞下が平謝りしていた。


「ご、ごめん、伊織ッ。そんなつもりじゃ……」

「いいよ、わかってるから。それに、そんな昔の事もう気にしてないし。だから詩乃も気にしないで?」


 伊織は眞下に向けて微笑みかけている。

 が、それは自然な笑みを装った巧妙な作り笑顔だった。彼女は、そうして感情を偽装するのがとにかく上手い。笑えないのに笑ったふりをして過ごしてきたから、自然と辛くても笑えてしまうのだ。

 もう伊織と同居して、半年以上経つ。彼女の笑顔が作り物かどうかなど、俺にはすぐに見抜けてしまう。今のは明らかに作り物の笑顔だ。その証拠に……彼女はその後、俺と目を合わせなかった。

 結局その日の昼休み、伊織が作り物の笑顔を崩す事はなかったし、俺と目を合わせる事もなかった。


 ◇◇◇


「伊織、入るぞ」


 家に帰ってから扉越しに声を掛けると、「はーい」といつもの声が返ってきた。どうやら機嫌は悪くないらしい。

 ドアを開けると、伊織はまだ制服から着替えておらず、上着を掛けていただけだった。彼女に見えないように右手に持っている赤い箱を背中に隠して、部屋の真ん中にある丸テーブルの前に座った。


「着替えないのか?」

「え、あ、うん。着替えるよ。どうしたの?」

「いや、特に、用事はないんだけど……」

「わかってるよ。気を遣ってくれてるんでしょ?」


 伊織は困ったように笑って、テーブル越しに座った。


「いいよ、本当に気にしてないから」

「気にしてない事はないだろ」

「それはまあ……完全にってわけには、いかないけど」


 ほんのちょっぴり、と伊織は小さく呟いて、顔を伏せた。

 おもいっきり気にしてるじゃないか、とツッコミを入れたくなったが、すんでのところで留める。今日はそういう話をしにきたのではない。


「あー、ごめん。やっぱり用事あってここに来たんだった」

「用事? どうしたの?」


 伊織は呆れたように笑みを向けて、嘆息した。

 俺も彼女に気付かれないように、小さく深呼吸をしてから、こう言った。


「これ使って、ゲームしよう」


 そして、背中に隠していた箱をテーブルの上に出す。


「真樹君……」


 伊織は眉根をきゅっと寄せて、少し困った表情をしている。

 もちろん、テーブルの上に出した箱は、諸悪の根源、ポッキーだ。いや、ポッキーに罪はない。諸悪の根源はあの糞馬鹿野郎だ。だけど、あいつのせいで、伊織がこのお菓子そのものに苦手意識を持つのは、何だか嫌だった。

 スーパーでお菓子を見ている時、彼女は何度かポッキーを手に取ろうとしては、はっとして手を引っ込めていた。うちのテーブルにポッキーが置いてあると、無意識に目を背けていた事もある。

 もう大丈夫、気にしていないと言っていながら、未だにあの件に関して、罪悪感或いは自己嫌悪を持っているのだ。罪悪感や自己嫌悪を払拭するのかどうかは彼女の問題だ。でも、それを払拭できるような手筈だけでも整えてやりたい。

 これを俺との想い出に塗り替えてしまえば……その嫌悪感や罪悪感を、少しでも薄められるのではないか。そんな安直なものではないかもしれないけれど、やらないよりはマシだ。


「何のゲーム、するの?」

「そんなもん、決まってるだろ。ほら、早くするぞ」


 袋を開けてポッキーを一本取り出すと、伊織も観念したのか、くすっと笑った。


「きっと、真樹君とだとゲームにならないと思うよ?」

「何でだよ。やってみないとわからないだろ?」


 そう言ってから、俺はポッキーのクッキー部分を咥えて、先端のチョコレート部分を伊織の方にくいっと差し出す。


「……ならないよ」


 伊織は眉根を下げて笑うと、小さく息を吐いてから、チョコの部分を上品に唇で挟んだ。

 普段から散々キスをしているけども、こうしてポッキーを挟んで見つめ合うのはもちろん初めてだ。それにしても、これは……なんだか別の意味でドキドキする。この光景をあのも見たのかと思うと、ムカムカしてきた。

 って、もうそれは良い。片付いた問題なのだから、俺も気にしてはいけない。


「じゃあ、いくぞ。いっせーのー」


 俺が掛け声を上げてから、ポッキーを食べようとした時である。

 伊織はポッキーから口を離し、指で摘まんで俺の口から引き抜くと──そのまま唇を押し当てるように、口付けてきた。

 重なった唇から、ほんのりとチョコの味と香りがする。

 そのまま彼女は俺の頬を愛しげに撫でて、何度も口付けをしてくる。ほんのりとしたチョコの味や匂いなんかも描き消してしまう程に、何度も何度も官能的なキスを繰り返す。俺も無意識のうちに彼女の体を抱き締めて、その唇と舌を貪っていた。


「ほら……ゲームにならなかったでしょ?」


 唇を離すと、伊織はちょっと得意げにそう言った。ただ、顔は赤く染まっているので、どうやら恥ずかしいらしい。

 というか、確かにゲームになっていない。一応ポッキーゲームとは、先に口から離した方が負けであるが、離さなかった場合はキスをする羽目になる、というものだ。だが、二人ともポッキーをひと口も食べていない状態で口を離し、しかもその状態でキスをしている。本当にゲームになっていない。


「全く……反則だぞ」

「うん。キスしたくて反則しちゃった」

「だからよ……」


 そういうところが反則なんだって、お前は。


「なあに?」

「何でもない」


 伊織はその返事に満足したのかくすくす笑って、手に持っていたポッキー(今ゲームで使っていたもの)を食べた。そのままもぐもぐと全部食べて、ごくりと飲み込む。


「……ポッキー食べたの、すっごい久しぶりかも。こんなにおいしかったっけ?」

「ずっと味は変わってないさ」

「じゃあ、誰とどんな状況で食べるか、なのかもね」


 伊織は俺の横に座り直すと、ポッキーを一本取って、俺の口元に持ってくる。そのままもしゃもしゃと食べると、彼女が「おいしい?」と訊いてくるので、素直に頷いた。頷いた時に、何故か満足そうな笑みを浮かべる彼女が印象的だった。

 それから俺達は、そのままポッキーを二人で食べ切った。何故かお互いに食べさせ合う、という恥ずかしいプレイ付きだ。きっと学校の連中に知れたなら、また砂糖を無理矢理食わせただの糖尿病になるだのと意味不明な事を言われる事だろう。糖分を摂取しているのは俺達のはずなのに、本当に意味がわからない。

 食べ終わった後は、伊織が俺の肩に自らの頭を乗せて、身を預けてきた。そのまま彼女の頭を抱きかかえて、ぽんぽんと撫でてやる。


「……ありがとう」


 伊織は小さくそう言った。

 俺は何も答えず、もう一度彼女の髪を撫でて口付けた。すると、彼女が顔を上げてこちらを向いたので、そのまま互いに顔を寄せ合った。

 きっと、彼女はもうポッキーに対して苦手意識を持ったり、避けたりする事はないだろう。

 確かに嫌な過去は消せない。でも、それが気にならないくらい、もっと良い想い出をどんどん重ねていく事は可能なはずだ。

 それならば、そんな嫌な過去があった事すら気にならなくなるほど、楽しい想い出を重ねていけばいい。俺達には、それができる時間と機会がたくさんあるのだから。


 余談ではあるが、地雷を踏んだ眞下詩乃は、散々信や双葉さん、神崎君に絞られた挙句、翌日に伊織の前で謝罪のポッキー一束(一箱分全部)一気食いという罰ゲームをやらされる事になった。もちろん食べきれるはずがなく、盛大に喉に詰まらせてポッキーを噴き出し、皆の大爆笑を誘っていた。

 それ以来、眞下詩乃はポッキーが嫌いになったそうだ。


(了)

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【後書き】


 『君との軌跡』は書籍にて完結済です。

 アマレビュでも評価が高いので、多分面白いと思います。まだ買ってない人いましたら是非購入をご検討下さい。

 https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/1177354054921744675


 宜しくお願い致します!

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