13-3.四人の食事

 部屋着に着替えてから自室を出ると、廊下で私服に着替えた伊織とばったり出くわした。伊織がにこりと笑ってから、先にどうぞ、と目配せしてくるので、何んとなしに階段を先に下りた。

 なんだか、こんな感じの出来事がここ数日で当たり前になってしまっているが、これはこれですごいことだな、と思う。

 制服だった伊織が数分後に私服になって現れる姿をほぼ毎日見ている。この麻生家ではそんな奇跡みたいな光景が毎日見れるのだ。現実なのだが、不可思議でならない。今はそんな当たり前の事にもドキドキしてしまうけれど、すぐに慣れてしまうのだろうか。慣れてほしいと思う反面、このドキドキ感をずっと保っていたいなとも思ってしまう。人間というのは、本当に欲深い生き物だ。

 四人での初めての夕食も、三人の頃と変わらなかった。むしろ、矛先が親父に行く事が多くなったので、俺も笑って見ていられた。

 伊織が親父と会うのは二回目だが、比較的早く馴染んでいるように思えた。母さんとの信頼関係が構築されているのが大きいのだろう。

 ただ、あんまり母さんのやり方に慣れられてしまうと、俺が将来親父みたいに尻に敷かれる事になるんだよなぁ……などと、しょうもない想像をしてしまうのであった。

 ここまで立場が弱くなるのも嫌だな、と思うが、これも惚れた弱みなのだろう。それに俺も、伊織になら尻に敷かれても悪くない、と思ってしまうのだ。もうダメだ、こりゃ。


「ところで、お前らももう三年だろ。進路とかはもう決めてるのか?」


 食事も終盤になってきたころ、ちょうど親父が話しを振ってくれた。

 こちらもそろそろ伊織のコンクールの事を切り出そうかと思っていた時だったので、ちょうど良いタイミングだった。


「ああ、えっと、俺はまだ確定させてないんだけど、ちょうど伊織の進路で話があって」

「お? 早速か」

「あら、伊織ちゃん決めたの? さっきちょうどお父さんともその話してたのよね」


 どうやら、すでに母さんにはある程度話しているらしい。ほんと、仲良いなこの二人。

 ていうか、俺の進路よりも伊織の進路の方が心配されてたりして。本当に子供の立場奪われかねないな。別にいいけど。


「はい。八月のコンクールに出て、それの結果次第では推薦で立大に行けるかも、という感じになって」

「おお、立大か! 名門私立じゃないか」

「芸術学部なので、ちょっと趣向は一般の学部とは違うんですけど……今の自分としても、そこを目指したいなっていう気持ちがありまして」

「そうかそうか! うん、しっかり頑張るんだぞ。頼れるところはなんでも俺達に頼りなさい」

「はい……!」


 その話の流れでピアノの練習で帰りが遅くなる旨と、Sスタジオでの無料リサイタルの話になった。

 俺がその企画を発案したと言ったら、一番驚いていたのは母親だった。俺が他人のためにそういった知恵を絞っていることに対して驚いていたらしい。失礼な話だった。俺だって他人のために知恵も貸すし案も出す。いや、実際は伊織の為に知恵を出しているのだから、あまり他人の為とも言えないのだけれど。


「よし、じゃあチラシができたら俺の店にも置くから、ちゃんと渡せよ! あと、俺はもちろん行くからな」

「あら、私もよ」

「えぇ……これ以上緊張させないでくださいよー」


 なんだか授業参観みたいなノリになってきてしまった。伊織も嘆いているように見えるが、どこか嬉しそうだ。

 全くもって、もう俺よりも家族している。それがなによりも嬉しく感じるのだ。

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