13-4.父に抱く密かな憧れ
夕食後、俺と親父はソファーで横たわってテレビを、伊織と母さんはキッチンで洗い物をしていた。
「ああしてると、ほんとに親子みたいだな、あの二人」
台所から漏れるキャッキャッとした声に耳を傾けていると、親父が独り言のように言った。
「仲良くやってるみたいでよかったよ。美樹からのLIMEで察してはいたけど」
「家だと俺よりも話してるよ。夜中までガールズトークしてるし」
「ははは、美樹も娘が欲しかったんだろ」
「悪かったな、愛想の悪い息子で」
俺は憮然として返した。そこまで言われると、俺の居場所がなくなってしまったように思えてくる。
「そうは言ってないだろ。思春期の息子は、母親的にはどう扱えばいいのかわからないんだ。俺なんかは、自分が通ってきた道だから、ある程度わかるけどな。逆に父親からすれば、娘ってものがもっとわからんだろう」
「あー、確かに。男ってわかりやすいけど男から見たら女ってわからない事だらけだもんな」
「それだ。挙句にパパ臭いとかパパの入った風呂は汚くて入れないとか言われるんだろ? 俺だったら泣いちゃうぞ」
だから俺はお前が息子でよかったと思ってるぞ、と親父は付け足した。
なんだか面と向かって言われると、恥ずかしいものがある。
確かに、自分の娘に臭いって言われたら凹むだろうなぁ、などと父親の話を聞きながらふと考えていた。
伊織も父親の事を汚いと思ったり言ったりした事があるのだろうか。そんな好奇心が芽生えないでもないが、彼女の傷に踏み込みかねないし訊けるわけがないか、と嘆息してお茶を口に含んだ。
「で、息子よ」
いきなり親父が声を潜めた。
「ヤってもいいが、俺達に気付かれないようにしろよ。音を立てなきゃOKだ」
「ブッ!」
口に含んでいたお茶が気管に入り、盛大に咳き込んだ。なんつーことを言ってくるんだ、このバカ親父は。
「ほら、息子の考えてる事なんて、結構簡単にわかるだろ? 美樹なら絶対に見抜けない」
殴ってやりたいところだが、ぐうの音も出ない。
さすがに、毎日一緒にいて同じ屋根の下で暮らしているのに、キス以上のことができないのは、こう……元気さを持て余す高校男児的には非常に困るというか、何というか。毎晩それなりに苦労して煩悩を抑え込んでいるのだ。
それにも関わらず、だ。伊織はお構いなしで触れてくるので、そろそろ自分の煩悩に飲み込まれてしまいそうになっていた。
ただ、なんだかその見透かしたような顔でニヤニヤしている糞親父がムカついたので、腹に右ストレートを突っ込んでやった。
「で……店はほっぽりだしてきていいのかよ」
気になっていた点を親父──腹を押さえて苦しんでいる──に訊いてみた。せっかくビリヤード店が軌道に乗っているというのに、オーナーが自由にしていていいのか。俺の学費は親父の店の経営状態にも左右されてくるのだ。どうしても気になってしまう。
「ほっぽりだしてるわけじゃないぞ。ちゃんと店長とバイトに任せてるから、俺はお客さんとダベってるんだ」
「それは仕事って言うのか……」
「言うぞ。というより、むしろこれこそが本来の俺の仕事だと思ってる」
「どういうこと?」
「これは他の娯楽提供の店でも言える事なんだが、ただビリヤードがやりたいだけなら、もっとデカい店に行けばいいんだ。それこそ、大手のチェーン店や漫画喫茶なんかと併設されてるようなところにな。飽きたらダーツだってできるし、カラオケがついてるところだってある。そっちのほうが遊ぶだけならいいと思わないか?」
「確かに」
個人経営のパン屋や料理屋は、その商品で差異化ができる。個人経営のパン屋が大手のパン屋よりも美味い場合も多々あるし、お客はそのパンを求めて集まるので、決して潰れる事はない。
しかし、それがビリヤード店やダーツ店、或いは楽器や機材のように、商品それ自体で差異化できない場合は、大手やより便利で安いものに喰われてしまう。
「さて、ここで問題だ。大手のレジャー施設が駅前にあるにも関わらず、わざわざ少し立地が悪く、ビリヤードしかできない俺の店に来る理由は?」
「……親父そのもの、或いはその店での人間関係か」
「正解」
親父はパチンと指を鳴らして、持論について説明してくれた。
親父のビリヤード店の客は、ビリヤードだけをしに来ているわけではない。店主である親父と話をしに来ているのだ。そして、話をしながら、ゲームをプレイしている。そうしてそこで仲良くなる友達ができれば、そこに集まるようになる。
謂わば、これは人と人の繋がりを保つための場所で、父の店は、大人たちの憩いの場になりつつあるのだ。ビリヤード店というより、バーやスナックに発想としては近いのかもしれない。
今はAIの発展が盛んで何でもかんでもAIに取って代わらえると言っているが、スナックだけは潰れないと言われている。なぜなら、スナックは酒や食べ物といったツール(商品)に価値があるのではなく、そこにいるママに価値があるからだ。親父は、そのママの役割を果たしている。
だから、実務的な処理を店長やバイトにやらせ、父の人間性で集客をしているのだ、という。
「真樹がバイトしてるカフェも同じ発想なんじゃないか?」
「そう……なのかも」
自分がバイトしている店のマスターを思い浮かべてみると、そう思えた。
Sカフェは宣伝をほとんどしていない。店のホームページはあるが、場所やメニュー、金額だけしか載せてない程度の簡素なものだし、ぐるなび等にも掲載していない。挙句、この前は雑誌のインタビュー依頼を蹴散らしていた。
しかし、Sカフェから客足が遠のく事もないし、来客数が大幅に落ち込む日も少ない。もちろん、Sカフェは料理そのものが美味いのもあるが、平日昼間なんかはお年寄りがマスターとよく話に来ると言っていた。飲食店なので季節や天候によって左右されるが、マスターの人間性で保っている店だと言えよう。
「もうツールや機能で勝負しても大手には勝てないからな。大手に勝つには、これからは人そのもので勝負っていうか……ある意味、前時代に戻ったのかもしれないな」
「なるほど」
AIが発達して色んなものの機能が上がり、便利になり過ぎてしまった今だからこそ、技術やツールなどでは替えが効かないもの──人そのもの──に価値が出てきている時代に入っているというのだ。
「もちろん俺だけの力じゃ無理だから、プロを呼んだりしてるんだけどな」
「へえ」
親父は店にプロのビリヤードプレイヤーをよく呼んでいるらしい。無償で練習場所として提供しているのだ。
すると、プロがいる店、プロと勝負できる店などという口コミが広がり、真剣にビリヤードをプレイしたいアマチュアも集まる。そして、月に一回くらい、そうしたアマチュアプレイヤーを集めた店主催の大会を開催しているらしい。
チャランポランで適当なように見えて、親父は俺が思っている以上に色々人間の心理や感情について考え、実践をしているようだった。
こうして話すだけなら簡単だが、実践する為の労力を考えると、決して簡単な話ではない。
例えば、プロを呼ぶにしたって、プロが練習したいと思える環境でなければならない。もちろん、ビリヤードのプロも他のスポーツ選手と同じでピンキリだ。無名な人と有名な人がいるので、無名な人ならある程度の環境でもやってくれるだろうが、集客効果としては薄い。そこそこ知名度があるプロを呼ぶには、それなりの環境でなければならないのだ。
それに、月一回の大会にしても、きっと出場者集めや景品など、それなりに苦労している点は多いはずだ。でも、きっと親父はそんな事は語らない。それらは、必要ない事だからだ。
かっこいい親父だと思えた。絶対に本人には言わないけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。