13-5.父の経営指南

「あ、実は俺が今スタジオでやろうとしてる事なんだけど、発想的には親父のそれに近いのかも」

「ほう? 聞かせてみろよ」

「さっき言ってた伊織のスタジオ利用に関することなんだけど……」


 俺は今計画している事、すなわち伊織のスタジオ無料リサイタルの狙いを親父に話してみた。

 伊織のコンサートは客寄せ。まずは閑古鳥が鳴いているスタジオに、人を集める。そして、そこから楽器を自由に触れる空間を提供し、Sスタの須田店長との関わりを住人と持たせるのが狙いだ。そこから楽器を習いたいという人が出てきたら、スタジオ経営と共にレッスンへと業務を拡大すればいい。

 俺が洗いざらい話すと、親父はとても嬉しそうにその話を聞いていた。


「面白い事やってるな。お前にも俺の血が流れてるんだなぁ」


 嬉しそうに謎の感慨にふける親父。

 なんだか、勉強以外でこうして親から認められるのは嬉しいものがある。俺のは完全に思いつきだが、ゼロから生みだしたものである事には違いない。


「なんかこうしてみた方がいいとかアドバイスある?」

「そうだなぁ……まずは一回やってみない事には、なんとも言えないな」


 確かに、開催前では全てが想像の域を出ないため、何のアドバイスもできないだろう。


「何回かやるつもりなら、体感でいいからデータを取るといいぞ」


 親父から言われた事は、データの観測だった。まずは、コンサートの来場者数、そこからどれだけ楽器体験で減るのか、どういった人が残ったのかを見出してデータを取れという事だった。

 そのデータから、反省点と改善点を見出して、次回に繋ぐ。こう言ったことは、トライアンドエラーの繰り返しだと言われた。

 その話を聞いて、やはり俺はううむと唸るしかなかった。まずは思いつく限りの事を考えて箇条書きにして、そこから出来る事と出来ない事を分けて、更に難易度順に分ける必要がありそうだ。トライアンドエラーをするにしても、トライの数を増やさなければ意味がない。


「何の話してるんですか?」


 伊織がトレーに乗せていたコーヒーカップを俺と親父の前に置いてくれた。カップからは湯気が立っていて、おいしそうな香りが嗅覚を刺激する。

 そういえばさっき、良いコーヒー豆に出会えたとかで、母さんが上機嫌だったのを思い出した。


「おお、伊織ちゃん。ありがとう。今は真樹に経営指南をしてるところだ。伊織ちゃんも聞くかい?」

「はい、ぜひ」


 おそらく自分のと母さんのであろう残りの二つのカップもテーブルに置いてから、伊織はにこりと笑って、俺の横に座った。なんとなく自然に俺の横に座ってくれるとか、こういうのが結構嬉しかったりする。恥ずかしいので、本人には言わないけれども。


「あんまり変なこと二人に吹き込まないでよ」


 俺達の会話を聞いていたのか、母さんが呆れ顔でツッコミを入れながら、お菓子の入ったバケットカゴをテーブルに置いて、親父の横に座った。


「いやいや、美樹。真樹のやつ、こう見えて経営者の才能があるかもしれんぞ。さすが俺達の息子だ」

「伊織ちゃん、真樹が変な事を始めようとしたら全力で止めるのよ」


 親父の言葉に嫌そうな顔を向けてから、伊織に言う。母さんは母さんなりに親父の自営業でたくさん苦労を抱えてきたので、思うところがあるのだろう。


「だから、これからは楽させるって言ってるじゃねーかぁ!」

「ねえねえ、聞いてよ伊織ちゃん。この人ったらプロポーズの時は私に働かなくていいって言ったのに、結局真樹を妊娠してる間も働かせてたのよ。ひどいと思わない?」

「その節は本当にすみませんでした」


 涙ながらの父の訴えは、母に届きそうになかった。

 そんな二人のやり取りを見て、俺と伊織は顔を見合わせ、笑うのだった。

 伊織がこれを見てどう思っているかは知らないが、俺はこうならないようにしないと、という良い反面教師になった。

 彼女に苦労させないような男にならなければならない。その為に、やれる事をしっかりとやっていかなければ。

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