12-15.真樹の策略

「企画って?」


 伊織も興味深そうに訊いてくる。

 適当に思いついた企画なのだけれど、果たして伊織が乗ってくれるかどうか……これは彼女がメインになる企画なのだ。

 俺は一息吐いて、彼女の方を見て言った。


「日曜日のお昼過ぎくらいに、ここSスタのGスタジオで、現役高校生ピアニスト・麻宮伊織のスタジオ無料ピアノリサイタルを開催」

「は、はい? ちょっと、真樹君、なに言っ──」


 伊織の異論を、須田店長が手で制して、面白そうに、続けて、とこちらに合図を送ってくる。須田店長の援護射撃を頂いたので、俺はそのまま続けた。


「で、その無料リサイタルの後は、来場者向けにこのスタジオで楽器をアンプに繋いだり触ったりできるスタジオの無料体験を開催ってのはどう?」


 ぱっとした思いつきだ。実現できるかどうかなんて二の次。思いついた事を、そのまま話してみる。

 須田店長は凄く面白そうにほうほうと頷いていた。


「で、もしもっと弾きたいって人が現れたら、希望者を募って別日に須田店長とか伊織が楽器レッスンもやってみるとか、どう? そっちはちゃんとお金取ってさ」


 須田店長のほうを見ると、彼は笑顔で何度も頷いていた。そして、自分の膝を二度ほどパンパンと叩いて、こちらに親指を立てた。


「いやー、さすが衣笠先輩が一目置くだけの事はあるね、真樹君。面白いよ。最高」


 どうやら俺の案は須田店長に気に入って頂けたようだ。というか、俺ってマスターに一目置かれていたのか。初耳だっただけに、少し嬉しかった。


「ちょ、ちょっと待って! 私のピアノリサイタルなんて、誰も来ないよ。私、プロでもなんでもないし」

「大丈夫、来場者は集めればいいから」


 もちろん、そこも考えてある。イベントと集客はつきものだ。


「どういうこと?」

「商店街とか近所の人とか、そういう人たちに宣伝するんだよ。簡単なチラシ作って、商店街とかにばら撒く」


 俺はこのスタジオ無料リサイタルの狙いを説明した。この狙いは、とにかくスタジオの認知と、このスタジオに人を集めることだ。

 まず、Sスタジオは認知度が低い。この街に住んでいて且つバンドをやっていないと知らないだろう。そこで、まずはこのスタジオを桜ヶ丘の住人に認知してもらう。

 そして、ピアノリサイタルを通じて、人を集める。バンドの演奏だと集めるのは難しいかもしれないが、ピアノのリサイタルなら、一般人でも来やすい。

 ターゲティング層は、ここの住人達。別に音楽に詳しくなくていい。むしろ詳しくないほうがいい。商店街の主婦やおっさんおばさん、じいちゃんばあちゃんをメインのターゲット層にする。いわゆる、時間を持て余している層にアピールするのだ。

 暇を持て余している層なら、「無料ならいいか」と足を運んでくれやすい。平日の昼間あたりに商店街でお喋りをして暇つぶしをしている主婦や年寄りなんかを集める。

 そこで、現役女子高生ピアニストだ。現役女子高生というワードは強い。若い子の演奏を見てみようかという孫を見守るような気持ちでじいちゃんばあちゃんが集まるだろうし、もしかしたら興味本位で同世代の高校生連中も集まるかもしれない。

 俺の目的をまとめると、こうだ。

 まずは、この無料リサイタルでスタジオに人を集める。そして、その後に来場者に楽器を自由に触らせる。その中から、もしかしたら楽器に興味を持つ人が出てきたり、爆音で音を出して弾いてみたいと思ったりする人が出てくるだろう。

 そういう人たちが出てくれば、勝ちである。もし須田店長が楽器を教えられるなら、このスタジオを使って初心者向けの講座を開講すればいいし、ピアノだったら伊織が教えればいい。もちろん、そこではしっかりとお金を取る。

 そうしてプレイヤーが集まってきたら、課題曲を決めてセッション演奏会イベントなんかを開催して、演奏の発表の場を設けてやると良いだろう。

 そうすればスタジオの利用者は自ずと増えるし、何より、須田店長と直接的な交流ができる。スタジオを利用しなくても、須田店長と無駄話をしにくる人が出てくるかもしれない。そうすれば、この閑古鳥が鳴いてる状態からは解放される。


「何よりまずいのは、この閑古鳥が鳴いてる状態なんだよ」


 俺は続けた。一番の問題点は、ここが地元で認知されておらず、人が集まらない事だ。人が集まっている場所に人は集まる傾向があるので、まずは人間を集める。これは、行列のできている店とできていない店を街中で見れば一目瞭然だ。ずっと人がいない店には、心理的に入りにくい。

 あとは、須田店長と地域住民で人間関係を築いていく。そうすれば、ここのスタジオがこれ以上廃れる事はない。

 とりあえず、俺は今思いつく限りの事を須田店長と伊織に話した。


「っていう感じの企画を思いついたんだけど、どう?」

「なるほど。大学生とか若いバンドマンを相手にするんじゃなくて、地元住民のための、地域密着型の音楽スタジオにするのか」

「そうそう。多分若い連中って、新しいスタジオとか大手のスタジオ使いたがるだろうし、本気で音楽やってる奴らなら、新宿とか池袋とか、都心まで出ちゃうだろ? それなら若い層は諦めて、地元住民向けにおっさんおばさんが集まるスタジオにした方が早くない?」


 少子高齢化を考えれば人口比率的にもそっちの方が多いし、と俺は付け加えた。


「確かに……というか真樹君、君、ビジネスの素質あるんじゃないか? すごいな」


 須田店長は感心したように何度も頷いているが、伊織はぽかんと驚いているだけだった。


「もちろん上手くいくかどうかわかんないけどさ、もしそういう意図があれば、伊織だってここでピアノを弾く大義名分ができるわけだし、須田店長にも伊織をここで弾かせる理由ができる」


 この企画は、あくまでもそこから逆算して思い浮かんだものだ。須田店長には弾かせる理由ができて、その理由があれば、伊織はここで弾ける大義名分ができる。その大義名分さえ与えてやれば、とりあえず伊織の悩みは解決できると考えたのだ。


「それによってここの認知度が上がれば、みんなWin-Winになると思うんだけど……どうかな? もちろん、伊織が嫌じゃなければ、だけど」


 伊織に訊いた。この企画のメインというか、取っ掛りは伊織だ。彼女が無理だと言うのならば、 この企画は頓挫する。

 ピアノ再開の決意をしたばかりだし、人前で演奏するのが怖いと思うかもしれない。そういう彼女の気持ちを無視するわけにはいかなかった。

 ただ、これにはコンクール前の肩慣らしも兼ねている。いきなりぶっつけ本番で人前で弾くには緊張するのではないかとも考えたのだ。先にリサイタルで弾いておけば、コンクールで人前で弾く際にも変な気負いや緊張は軽減できる。

 伊織は俺の問いかけに対して、感心したように、何度も頷いて見せた。


「真樹君がそこまで考えてくれてるなら、私やりたい。バンドの時から須田さんにはお世話になってたから、私も何かお返ししたいなって思ってたし……私のピアノなんかで良いんだったら、むしろ使って欲しい」


 伊織も話に乗ってきたので、ほっと息を吐く。

 彼女は、自分の為にしかならない事だと遠慮してしまいがちだが、誰かの為だったり、誰かが利益を得られるのであれば、頑張ってしまう性格だ。損な性格ではあると思うが、彼女のそんな優しいところも好きだった。


「でも、やっぱりちょっと練習する時間は欲しいかも。今のままだと、さすがに人様に聞かせられないから」

「ああ、それはもちろん。リサイタルの宣伝もしなきゃいけないしな。そのあたりのスケジュールはまた須田店長と決めよっか。何分くらい演奏するかとかも決めないといけないし」


 思った以上に、とんとん拍子で話が進んでいく。

 その後、伊織と須田店長と話して、初のスタジオリサイタルは今月末──ゴールデンウイーク初日の土曜日となった。一か月弱あれば、伊織も三〇分程度のステージであれば弾けるとの事だ。

 こうして、自分のアイデアでどんどん話が広がっていって、そしてまとまり、人が動いていく。そういえば以前にもこんな事があった。あれは、昨年の文化祭の準備だ。

 あの時、俺は女子帝国に反旗を翻して、結果的に説得できて皆の協力を得た。もしかすると、俺はこういうアイデアを出して企画したり、人を説得して動かしていくのが好きなのかもしれない。何より、これが今、俺にとって面白いと感じている。

 もしこのアイデアが上手くいけば、伊織は気持ちよくここでピアノを弾けるし、Sスタも潰れず、みんながWin-Winになれる。これって、最高じゃないか。

 人知れず高揚感を抑えながら、スタジオリサイタルについて話を続けた。

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