番外編

春華と伊織の《オペレーション・ソウルメイト》

【前書き】


 今回は番外編で、榊原春華の視点からのお話です。

 話数で言うと、1章1-4話から1-8話の2日間。伊織の転校初日と2日目の一緒に下校した日の出来事を書いています。

 お話は、春華と伊織の電話での会話がメイン。

 随分昔の話なので、当時の伊織の行動などを思い返しながら読んでみてください。


 ※三人称視点

 今回の番外編の主人公は春華ですが、本編との混同・混乱を避ける為、三人称とさせて頂いております。


 ※読み飛ばしOK

 読み飛ばして頂いても、本編には差し支えありません。

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【本文】


 榊原春華は、その日一日中そわそわして電話を待っていた。今日は、親友・麻宮伊織が東京の高校に編入する日だったのだ。

 彼女は小学生の頃、東京から転校してきた際、いじめに遭ったと聞いている。また東京に戻ったらいじめられるのではないかと心配しているのだ。伊織は何分、顔が良い。女子が多いクラスに編入することになったと聞いた時は、心配したものである。


(まあ、あの子は愛想良いし彰吾もおるから大丈夫やろうけど)


 春華はそう思いながらも、スマホを眺めて電話を待った。

 今回、伊織は一人で編入するわけではない。春華の友達でもある泉堂彰吾も同じ学校、同じ学科に編入するのだ。彰吾と伊織は小学生の頃からの幼馴染で、両親間とも交流があったそうだ。

 伊織が東京に引っ越すことを決めたとき、彰吾の父は無理矢理異動願いを出して、家族もろとも東京に移り住む事にしたのだという。伊織の母親が亡くなった際も、泉堂家が彼女をサポートすることで、色々助かったと伊織は言っていた。また、今回伊織の父親が亡くなった際も、彼女を助けているという。

 ただ、当の伊織は、父親が亡くなってから、引っ越す日までの間、感情が薄くなってしまっていた。悲しみから逃れるためなのか、心が死んでいるようにも見えたのだ。大好きだったピアノも辞めてしまい、これまでのように社交性を失って、ほとんど友達との交流もしなくなった。

 そんな中、春華と彰吾、そして宮下と菱田の高校の仲良しグループだけは伊織をずっと気遣い、彼女を元気付けようと色々試みた。色んな場所に連れていったし、みんなで遊びにも行った。

 しかし、伊織の心は戻らなかった。彼女が見せていたのは愛想笑いと、友達に心配かけまいとするこちらへの気遣いだけだったのだ。

 そして、彼女は東京に帰ることを決めてしまった。伊織がそのことを春華に打ち明けた時、伊織の決心はすでに固まっており、春華の引き止める声も彼女には届かなかった。

 彰吾から聞いた話では、伊織は伊織で自分の今の状態を受け入れるので必死だったのだという。受け入れたくないから関西から逃げたかったのかもしれない、とも彼は言っていた。

 本音を言うと、春華も彰吾と一緒に東京に転校したかった。しかし、さすがにそこまでできなかった。なにより、親を説得できない。所詮自分は一介の高校生。親の庇護なしには生きられない事を彼女は知っていた。なので、春華は伊織を彰吾と彼の両親に任せる他なかったのだ。

 彰吾は気付いていなかったが、春華は伊織が死を考えていたことも薄々気付いていた。東京にいく事で生きる希望が持てるなら、それでも良いと思った。彼女がまだ生きようと思ってくれているのなら、生きる希望が他に見つかるのであれば、それでよかった。春華としては親友がいなくなってしまうのは淋しいが、永遠に会えなくなるよりは良い。

 そう思って、笑顔で送り出すしかなかった。現実には、泣きまくってしまって全く笑顔で送り出せなかったのだけれど。最後に伊織も泣きじゃくって別れを惜しんでくれた事は、春華の唯一の救いだった。

 そうして、今日。伊織の転校初日だ。学校がどうだったか、春華は気が気でならない。

 今夜、伊織から電話が来る事になっていた。時計はもう二十二時を回っているので、そろそろ電話があっても良いはずだ。

 その時、着信が鳴った。電話の主は、もちろん伊織だった。


『あ、もしも⋯⋯』

「アホ! 遅いやないか! どれだけ心配したおもてるねん!」


 ワンコ―ルで電話を取って、真っ先に出た言葉はそれだった。


『ご、ごめん⋯⋯さっきまで彰吾たちが来てて』

「あ、さよか。それやったらええわ」


 彰吾たち、とは、彼のご両親と共に、ということだろう。それであれば、安心だ。


「今はひとりなんか?」

『うん、ひとり』

「淋しくないん?」

『うーん⋯⋯寝る前とかはちょっとね。でも、こっちの生活に慣れるので今は精一杯かも』


 声のトーンからして、大阪にいた頃よりは元気そうだった。お父さんが亡くなる以前の伊織に近い。ちゃんと感情がある。それだけでも、春華は嬉しくなった。


「お化けとかはこわないか? あんたお化け屋敷で泣いて出られへんくらい怖がりやから」

『大丈夫だよー。お化け相手なら、お父さんとお母さんが守ってくれるだろうし』


 しまった、と春華は思った。ほんの冗談のつもりだったのだが、お化けから両親に連想されるとは思っていなかった。

 幸い、伊織は笑いながら言っているので大丈夫そうだが、春華の不用意な発言で伊織を傷つけてしまう事は少なくなかった。その度にいつも春華は謝りながら、伊織を抱きしめてあやすのであった。

 しかし、今は電話のみ。もっと言葉には気をつけなければならない、と彼女は自分に言い聞かせた。


「ほ、ほんなら人間相手はどないやねん? ドロボウとか不審者とか」

『うん、それも大丈夫。警備会社とも契約してるから』

「ちゃんと防犯してるんやったらええわ⋯⋯」

『春華、心配しすぎ』


 伊織が電話の向こうでクスっと笑った。そうしてクスっと笑う事自体、上京前の伊織の状態を考えれば、随分回復したように思う。

 土地を変えて生活環境を一変させた事は、伊織にとってはよかったのだと思えた。


「それで、学校はどやってん? 今日からやろ?」

『そうそう、聞いてよ! 彰吾ったら⋯⋯』


 そこから、伊織の彰吾への愚痴が始まった。自己紹介でいきなりの彼氏宣言で、教室の空気がいきなり変な状態になってしまった事や、それからさっきまで彰吾を無視し続けていた事など、彰吾への愚痴が止まらない。

 春華は、伊織の愚痴を聞きながらも、彰吾の不憫さに苦笑いを隠せなかった。春華が伊織と知り合ったのは中学一年の頃だが、その時点で彰吾が伊織を好いていたのは誰から見てもわかったが、伊織はそれに全く気付かない。今回のも自己紹介でウケを狙いにいって、そのダシにされたと伊織は思っているようだった。

 完全に脈なし。わざわざ東京まで行っているのに、彰吾が少し可哀想だと思えた。


(まあ、そっちおる間に変わるかもしれへんしな)


 伊織の止まらない愚痴を聞きながら、春華は相槌を打ちながら思った。ただ、これだけ元気に愚痴が言えるというのは、伊織にとっては良い事だとも思えたのだ。本当に病んでしまっていれば、愚痴すら出てこない。

 現に、ここ数か月の伊織はそうだった。彼女は何の不満も口に出さず、完全に塞ぎ込んでしまっていたのだ。


「まあ、彰吾のアホは置いといて、思ったより元気そうでよかったわ」

『うん。春華にはたくさん心配かけたよね。ごめんね⋯⋯?』

「ええねんええねん、あんたが元気やったらそれで。ところで。ひとつ訊きたい事あるんやけど⋯⋯」

『なぁに?』

「あんたが元気になった要因や」

『⋯⋯?』

「ズバリ、イケメンやな!? イケメンがおったんやろ!?」

『⋯⋯⋯⋯え』


 あれ? と春華は肩透かしを食らったように、がくっとなった。てっきり伊織の事だから、「いないってー」とか「そんな余裕ないよー」と返してくることを予期して言ったのだが、なんと伊織が口ごもってしまった。


『えっと⋯⋯』

「な、なんやその反応!? ほんまにイケメンおったんか!?」


 これは大ニュースだ、と春華は思った。あの、どんなイケメンや人気者に告られてもバッサバッサと斬り捨てた〝ごめんなさいの申し子〟こと麻宮伊織が、初めて男絡みの話題で口ごもっている。

 中学一年以来の付き合いで、これまで何人か男を紹介したり仲介したりしてきたが、伊織が男に興味を示した事はなかった。そのうち何人かは上手くいきそうか? と思う人もいたが、結局知らない間に立ち消えていた。


「ジャニーズか芸能人でもクラスにおったんか!?」

『そ、そうじゃないってば。そうじゃなくて⋯⋯その⋯⋯』


 また口ごもってしまった。

 麻宮伊織のゴシップニュース、もしまだ藤阪高校に彼女がいたままであれば、きっと新聞部が一面で取り扱ったであろう。

 彼女はそれほど藤阪高校で人気が高く、さらに高嶺の花だった。ちなみに、伊織がピアノのコンクールで優勝すると、地元新聞が取り上げていた。


「タイプの男がおった、と?」

『タイプかどうかわからないんだけど⋯⋯』

「はっきりせんやっちゃなぁ。一体何があってん?」

『えっと、教室で自己紹介した時、目が合って⋯⋯そしたら吸い込まれそうになって、ドキドキして⋯⋯』

「ひ、一目惚れかー!?」


 春華は電話越しにも関わらず、大声をあげてしまった。あまりに意外すぎて、驚きを隠せなかったのだ。

 彼女も何度かこれまで一目惚れを経験した事があるが、伊織が言ったそれは、まさしく自分の経験と酷似していた。

 これまで春華が何人か紹介した男の中には、雑誌の読者モデルなどを勤めるイケメンもいたが、伊織は一切の興味を示さなかった。同様に、彰吾や菱田、宮下などのスポーツ系男子にも興味を示した事はない。

 男のタイプを聞いても、よくわからないのか、明確な答えが返ってこない。何人か付き合う寸前まで行っていた人もいたが、どちらかというと勢いに押されていただけで、伊織が好意を持っていた、というような感じでもなかった。

 麻宮伊織とは、そういう女の子で、恋愛を積極的にしたがるようにも思えなかったのだ。


(あの伊織が一目惚れやて⋯⋯? 一体どんな男やねん!)


 春華は、興味津々だった。単純に好奇心でもあるし、自分の親友がどういった男が好きなのか、気になったのだ。


『ひ、一目惚れ!? そ、そういうのではないと思うんだけど⋯⋯』

「まあええから、どんなんやってん」

『えっと⋯⋯なんか、懐かしいなぁっていう気持ちっていうか、やっと会えたっていう気持ちっていうか』

「会った事あるとか昔の誰かに似てたとかなんか?」

『うーん⋯⋯多分初対面だと思うんだけどなぁ』


 この奥手少女は、自分の心を理解できていないのだ。春華が察するに、おそらく一目惚れに近い感情を抱いているのだが、心がそれに追っ付いていないのだろう。

 ここで背中を押してやらないで、何が親友かと思う。多少のデマカセでも良いので、伊織にはその気持ちに前向きに向き合わせる必要がある。


「それはあれやな、ソウルメイトやな」

『ソウルメイト?』

「言うたら前世からの繋がりみたいなもんや。前世で深い関係にあったからこそ、現世で会ったらすぐにわかるそうやで」

『そうなんだ! 初めて聞いた⋯⋯私も調べてみようかな』


 さっきテレビで見た事をそのまま話してみると、伊織は納得したように頷いている様子だった。実際にソウルメイトという考えがあるらしいが、リアリストの春華はそんなもの信じていない。ただ、その気持ちが思い過ごしでなく、特別なものだと伊織に理解させる必要があったのだ。


「ほいで、そのソウルメイトとはなんか話したんか?」

『ちょっとだけ⋯⋯』

「お! 伊織にしては手が早いやん! 何話したんや?」

『ほんとにちょっとだけだよ? えっとね⋯⋯』


 そこから、ソウルメイト(仮)とのファーストコンタクトについて伊織は教えてくれた。伊織の話を聞く限り、好感触だと思えた。相手の男も悪いようには捉えていない。

 というより、伊織に興味津々という感じだ。美少女転校生に興味を示さない男子もいないだろうとは思うが、初手は上々。伊織にしてはよくやった、と春華は感心した。


「まあ、最初やしそんなもんちゃうか。名前もわかってお互い認知できたんやったら、上々やん」

『そうだけど⋯⋯ねえ、春華。どうすればいいと思う?』

「何が?」

『その⋯⋯どうやって話せばいいのかなって。私、こういうの初めてで、どうすればいいかわからなくて』


 春華は、親友のその言葉に耳を疑った。どうやら伊織の方からその男子と仲良くなりたいそうなのだ。これもまた、春華の知らない伊織だった。


「せやなぁ⋯⋯まずは明日会ったら挨拶やな! 席近いんやろ?」

『うん、私の後ろだよ』

「せやったら、まず朝イチで挨拶して、それで今日のお礼とか彰吾のことのお礼やな」


 どうやら、編入に必要な提出書類を提出せずにクラスメイトと遊びに行ってしまった彰吾に、提出するよう伝えたのはそのソウルメイト(仮)だそうなのだ。


『挨拶と、お礼⋯⋯』


 健気に復唱している伊織が可愛らしいなと思ってしまう。この子は今、初めて恋に前向きになっているのだ。ここは背中の押しどころだろう、と春華は踏んだ。


「できれば明日も放課後は狙いたいなぁ⋯⋯あ、あんた本好きやったっけ?」

『本? 最近あんまり読んでないけど、好きだよ』

「せやったら、しれっと図書室に案内してもらうんや! 場所わからへんねんけど教えてー? って感じで」

『そ、それハードル高くない? 女子に教えてもらえよってならないかな』

「ならへんならへん! 伊織が訊いたら絶対に懇切丁寧に教えてくれるて」

『私が訊いたら⋯⋯?』

「せやせや、伊織みたいに可愛い女の子に訊かれたら無下にでけんのが男や」

『もう、そんなことないって』


 そんなことあるねんで、と春華は心の中で返事した。こんな可愛い女の子にあれやこれや頼られて、心が動かない男は男ではない。或いは、同性愛者としか思えない。


「まあ、それでそのまま向こうに予定なかったら図書室見て回って、一緒に帰ったらええんちゃう?」

『え、一緒に帰るの? 大丈夫かな⋯⋯』

「いけるいける! ソウルメイトやねんから話すことなんか勝手に浮かぶて!」

『そっか⋯⋯うん、頑張ってみる』


 それからいくつか話題にできそうなことを伊織に教えてから、電話を切った。通話時間は二時間近くに及んでおり、そのうちの大半はソウルメイト(仮)との対策を講じていたように思う。


「はー⋯⋯東京、恐るべしやなぁ」


 春華は切ったスマホを眺めて、たった数日で変化を見せた親友に、やはり驚きを隠せなかった。ただ、そうしたキッカケが何にせよ、親友が前向きになれている事を嬉しく思った。こっちにいては、今の伊織はなかったのだから。

 明日の同じ時間に、《オペレーション・ソウルメイト》の結果報告がされる事になっている。もし、少しでも話せたなら、彼女の中の感情ももう少し明るみに出るだろう。そんな事を楽しみに思いながら、春華は眠りについた。


 ◇◇◇


 翌日の夜も、春華は《オペレーション・ソウルメイト》の報告を心待ちにしながら、ベッドの上で電話を待っていた。二十二時を過ぎた頃、昨日と同じように電話がかかってたので、ワンコールで取る。


『あ、春華⋯⋯』

「どやった!?」


 伊織の言葉を待てず、前のめりに言葉を遮ってしまう。


『え、いきなりどうしたの?』

「《オペレーション・ソウルメイト》や!」

『オペレー⋯⋯? なにそれ?』

「なんもない、こっちの話や」


 しまった。作戦名は春華の心の中だけで決めていたのを忘れていた。


「それより、ソウルメイトくんとはどないなってん?」

『あ、えっと⋯⋯一緒に図書室行って、一緒に帰れたんだけど』

「おお、大成功やん! どないやった?」

『それが⋯⋯ちょっとだけ喧嘩っていうか、口論しちゃって』

「け、喧嘩ぁ!? あんたがか?」


 あの温厚な伊織が喧嘩とは、珍しい。どれだけ失礼な事を言えば、あの伊織を怒らせられるのだろう? それはそれで興味深い話だった。伊織を泣かせる事はあっても、怒らせる人間を春華は知らなかったからだ。


『だってね!? 聞いてよ! 麻生君ってばさ』

「お、おお? 誰や、それ。ちょっと、順序よく話してくれへん?」


 いきなりの伊織の勢いに思わず気圧される春華。伊織が男の子との会話でこんなに感情をあらわにした事はなかった。一体どんな内容が聞けるのやらと楽しみにしていると、内容はこうだ。

 どうやらソウルメイト(仮)こと麻生君とは楽しく過ごせたものの、帰りに一緒に歩いているところを見られた際に、野球部からこそこそ話をされた。そこで、麻生君とやらは、自分が学校では嫌われている方の部類なので、伊織の為にも自分とは関わらない方が良い、と言った事に対して、伊織は怒ったのだという。


「それで、あんたはなんて言うてん?」

『えっと⋯⋯どうして私が周りの目で友達を決めなくちゃいけないの? って事と、人を噂で判断するような人とよりも、麻生君と仲良くなりたいって』

「な、なんやて⋯⋯」


 それを聞いて、するりとスマホが手から滑り落ちた。あの伊織が積極的に怒ったり、人と仲良くなりたがっている場面を初めて見たのだ。

 春華の知っている麻宮伊織とは、基本的に流されやすく、自分の意思よりも他者の意思を優先する女の子だった。今いる彰吾も、春華も、菱田も、宮下も、みんな伊織と仲良くなりたくて伊織に寄って行った人間だ。

 決して、彼女の方から歩み寄ってきたわけではない。それを、自分から相手の懐に潜り込むような事を言う姿を、想像できなかったのだ。


『ちょ、ちょっと、春華? どうしたの? 大丈夫?』

「い、いや、なんでもあらへん⋯⋯それで、相手は?」

『あ、うん⋯⋯私のこと、物好きだって。私って物好きなのかな?」

「うーん、どやろなぁ」


 いろいろ物好きではある気がする、と春華は思った。多分、ちょっとだけそのソウルメイト(仮)は扱いにくい。どういった過程で嫌われるようになったのかも気になるところだった。ただ、伊織を気遣える程度には優しい男なのではないかと思える。


「そんで、そのあとは?」

『えっと、たこ焼き奢ってもらった』

「なんでやねん」


 春華はもう一度スマホを落としそうになった。なんでそこでたこ焼きなのだろうか。脈絡がなさすぎた。


「あ、わかった! そのまま〝あーん〟したったんやろ? ラブラブやん! 彼氏彼女みたいやなー」

『⋯⋯⋯⋯』


 これまた冗談で「そんなことしないってばー」というような返答を期待していれば、いきなり黙り込んでしまった。


「⋯⋯え? ほんまにしたん?」

『そ、そういうつもりじゃなかったんだってば! ただ、私だけ食べるのもあれだし、美味しいからどうぞって⋯⋯今思い出したら、私すごく恥ずかしい事してた⋯⋯』


 この天然小悪魔がぁ! と春華は心の中で叫んだ。

 これだ。この子はこういった事を平気でやるから、これに勘違いして男は脈ありと踏んで特攻し、太平洋に撃墜されるのだ。ただ、今回の場合はそれが功を奏したように思う。


「まあ、でもええんちゃう? 印象は悪くないやろうし、きっと相手も嬉しかったんちゃうかなぁ」

『そうなのかな⋯⋯だといいけど』

「その人、話しやすかったんやろ?」

『うん! 春華の言ってた通り、ソウルメイト? なのかもしれないって思うくらい自然に話せるの。こんな人初めてかも』


 電話越しで見えないが、きっと今伊織は目を輝かせているのだろう。なんとなく声のトーンで彼女の表情が想像できた。


(ソウルメイトはネタやってんけどなぁ⋯⋯まあ、でもそれが良い風に働いてるならええか)


 それが彼女にとっての根拠のない自信になっているのかもしれない。根拠のない自信も、時には必要なのだと春華は思う。特に、伊織のように自分に自信を持てない人にとっては。


「そしたら、明日はお昼ご飯誘ってみるとかどうやろ?」

『そ、それもハードル高いって』

「いけるいける。そっちの高校、食堂はあるん?」

『ううん、購買だけ』

「せやったら⋯⋯」


 こうして、今日も次の《オペレーション・ソウルメイト》の作戦会議で夜が更けるのであった。

 その麻生君というソウルメイト(仮)がどういった人なのか、春華は知らない。ただ、伊織がこうまで反応するのだから、悪い人ではあるまい。むしろ、今の彼女にとっては必要な人なのだろう、と春華は直感的に思っている。

 自分たちが大阪の地で、どれだけ元気付けようと思っても、伊織を元気つけられなかった。それが、転校して二日で恋バナができるようになっているのだ。大した回復っぷりである。

 そう考えるなら、きっとそのソウルメイト(仮)は伊織にとって特別なのだと思うのだ。それに、もしその男に問題があったとしても、彰吾がなんとかするだろう。

 彰吾が、過去に何度か伊織と恋仲に発展しそうになった男子との仲を妨害していたのを、春華は知っていた。そして、伊織もまた、それに気付いていたのではないか、と思っている。しかし、彼女たちはそれについてそこまで気にしていた様子もなかった。おそらく伊織にとっても、その人はその程度の人間であったのだろう。

 もしも、本当に大切なのであれば、彰吾を批難するなり、何なり行動に出たはずだ。それをしなかったという事は、伊織はその人に特別な感情を抱いてなかったのだと春華は解釈している。


(つくづく損な役回りしとるなぁ、彰吾は)


 おそらく、このままでは彰吾は失恋する事になるだろう。少なくとも、今彼女が見せている熱意を、彰吾に向けたことがあるとは思えなかった。


「伊織、ちょぉ待って」


 《オペレーション・ソウルメイト》の作戦会議が終わり、電話を切ろうとした時、思わず彼女を呼び止めた。


『ん? なに?』

「⋯⋯頑張りや」

『うん。いつもありがとう、春華』

「当たり前やん、うちら親友やろ」

『春華も、私で力になれる事があれば、相談してね』

「頼りにしてんで! ほな、おやすみ」

『うん、おやすみー』


 そして、長い電話を切った。時計はもう夜中の一時を回ろうとしていた。

 春華は、ふと勉強机の上に置いてあった写真を手にとった。伊織と春華、そして彰吾、菱田、宮下の五人で、海遊館に行った時に撮った写真だ。おそらく、もうこの五人だけで遊ぶ機会は、もうない。今の伊織を見ていて、春華はなんとなくそう感じた。


(ちょっと寂しいなぁ)


 バタンとベッドに倒れ込みつつ、ため息を吐いた。親友が変化していく様を見て、ほんの少しだけ寂しさを感じた。それでも、今彼女にとって一番大切なのは、未来であり、幸せだ。そのソウルメイト(仮)が伊織にとって本当に運命の人であるなら、それに越した事はない。

 今度はどんな作戦を練ろうか。ぼんやりと、新たな《オペレーション・ソウルメイト》を思案しながら、春華は眠りについた。



 番外編・春華と伊織の《オペレーション・ソウルメイト》完


 ───────────────────────────


【後書き】

 こんにちは。九条です。

 最後までご精読いただきありがとうございました。


 久々の番外編、お楽しみ頂けたでしょうか?

 今回も春華編でしたね。

 実は、前回の番外編は、こちらの番外編を執筆した後に思いついて書いたものでした。少し内容が被っているのは、その為です。


 春華は登場の仕方がアレだったので、印象が良くないと感じている人も多いのですけども、彼女は割とこの物語のキーパーソンです。なにせ、彰吾と話せない今、伊織の過去について話せるのは、彼女だけですからね。大阪在住のため、登場回数こそ少なめですが、今後も出てくる予定です。

 どうか、嫌いにならないであげてくださいね。笑


 それでは、番外編『面白かった』と思って頂けたら、ぜひとも作品フォロー、☆評価などいただければ嬉しいです。

 何卒宜しくお願い致します!

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