10-14《オペレーション・リコンソリエーション》完遂
伊織の手を取って観覧車から降りた際、乗客の乗り降り補助係のお兄さんがウザそうに俺を見た。手を繋いでいたのが気に入らなかったのかと思ったが、どうやら違うらしい。その原因は、観覧車から降りてすぐにわかった。我々の同行者・眞下詩乃が少し年配の係の人にブチ切れていたのだ。
「ちょっとあんた、ほんとに解ってんの⁉ すっごく恐かったんだから!」
「詩乃ちゃん、落ち着いてってば!」
その暴走眞下を双葉さんが必死になだめようとし、とにかく頭を下げまくる係の人。俺と伊織はその光景を見るなり、苦笑を交わした。
男子諸君はどうしているかと言うと、距離を置いて俺達と同じような苦い笑みを漏らしてそれを見ていた。どうやら他人のフリをしているらしい。
「……伊織、任せた」
「え、ちょっと⁉」
困惑する伊織を置いて、俺も信達のところへと速足で逃げた。あんな強暴な女をなだめるなんて御免だ。絶対にやりたくない。
「あ、コイツも逃げてきやがった。麻宮困ってんぞ」
信が笑って言った。
「当たり前だ。八つ当たりされたら堪んねーだろ。つか、何であんなに怒ってんだよ?」
「恐かったんだろ? ジェットコースターに停まられるよりよっぽどマシだって言ったんだけどな」
信が近くにあったベンチに腰掛けていたので、俺はその場にヤンキー座りをした。神崎君はそのまま立っている。
「……で? 首尾はどうだったんでぃ神崎のアニキぃ」
俺が訊くと、神崎君は少し照れた表情を見せた。
「仲直りできたよ。何て言うか……眞下さんには悪いけど、この観覧車の故障には助けられたかな。今まで訊けなかった事とか、色々話せた」
もちろん麻生君が後押ししてくれたからだけど、と彼は付け足した。
「別に俺は何もしてねーよ。二人が仲直りしたいって思ったからできたんだろ? 礼なら遊園地代全部払ってくれた信に言えよ」
俺の言葉に信がウムウムと大袈裟に頷いて見せたので、神崎君は信に対して改めて礼を言った。彼にはそれ以上何も訊かなかった。二人が色々話せて、仲直りできたらそれで良い。詳細については何も知る必要なんて無かった。
「そっか……神崎君も故障に救われたか」
俺が何となしにそう口にしたら、早速神崎君が食いついてきた。
「って事は、麻生君も救われたんだ?」
少し悪戯そうに笑ってみせた。神崎君は普段落ち着いているのだが、こういった表情をするとやけに幼く見える。
「ああ、色々な。今までいくら考えても出なかった答えが出たり、伊織が何考えてたのか解ったり……うん、俺も本当に救われた。これが無かったらすっげーミスしてたかもしんねーな」
「そっか。良かったね」
「おう。あとわかった事と言えば、信が色々裏で愚策を練ってやがった事かな?」
俺が話してる最中、信は素知らぬ振りをしていたので、ちゃんと言ってあげた。
「ば、ばかやろ。これはお前らを思いやってだな……てか麻宮の奴、チクりやがったのか⁉ あんだけ黙ってろって言ったのに……」
早速あたふたし出す信。こいつは本当に……何も考えてないように見えて色々と考えてやってくれる。本当に良い奴だと思う。
「バカ、ちげーよ。俺が気付いたの。朝から疑問符だらけだったんだよ」
「ほう、鈍いなりに気付きやがったか。ま、ちっと白々しいくらいじゃねーと逆に気付かないかと思ったからな」
カッカッカッと笑って信は続けた。
「も一つ言っとくけど、麻宮を責めてやんなよ。お前には嘘吐きたくないって最後まで嫌がってたんだからな」
「わかってる。信を責めるよ」
「……おい」
「冗談だよ、冗談。迷惑かけたな」
「わかればヨロシイ!」
早速信はふんぞり返ってタバコを吸う仕草をした。俺も苦笑して伊織達に目を向けてみると、眞下がまだ怒っていた。他の乗客達は俺達同よう、そんな彼女に苦笑していた。彼等の中にも怒っている人はいたのだろうが、眞下のキレっぷりを見て文句を言うのをやめてしまったのだろう。
「……はぁ」
ふんぞり返っていたかと思えば、信はいきなり溜息を吐いた。
「ンだよ?」
「いんや、別に。麻宮みたいな良い娘にそこまで想われるなんて、幸せだなーってさ。俺も狙いにいけば良かったぜ」
「あ? お前、伊織は鑑賞用だって最初から言ってなかったっけか?」
昨年彼が言っていた言葉と矛盾を感じたので訊いてみた。彼は伊織達が転校してきてすぐの時、確かにそう言ったのだ。
「鑑賞用って……熱帯魚じゃないんだから」
神崎君が少し笑って小さな声でツッコみを入れた。
「ンなわけねーだろ。あんな可愛い子なんて滅多にお目にかかれないんだぜ? 俺だって一目惚れしかけたっつの」
「……じゃあ、何でだよ?」
「ばーか、お前に気遣ったに決まってんだろ」
「はぁ?」
また的外れな事を信が言った。確か信の鑑賞用発言はまだ伊織が転校してきたばかりの時で、俺が好きかどうかについて全く話に出ていなかったはずである。
「いや、気遣ったのとはちょっと違うか。確かに初めて見た時に『スゲー可愛い! 付き合いてぇ!』って思ったんだけどよ……同時に『あ、この子は麻生と付き合うのかもな』って何となく感じたんだよな」
信は天を仰いで息を吐き出した。
「不思議な感覚だったよ。可愛い子見て、『この娘は俺のモンだ!』ってな予感なら腐る程あったんだけど、誰かとお似合いだなんて思った事は無かったからなー」
彼自身へのアホみたいな予感は事如く外れていたのは言うまでも無いのだが、黙って彼の言葉に耳を傾けていた。
「そしたら、女と仲良くなんのはド下手なあの麻生クンが、麻宮とならすぐに仲良くなったわけだ。それでもう確信したよ」
確かに、俺も伊織とすぐ仲良くなれた事に関しては、自分でも驚いていた。彼女とは有り得ないくらいすんなり仲良くなれたのだ。
「ま、とにかくだ……本来お前なんかにくれてやるには勿体ないカノジョだぞ。大事にしやがれ」
「わかってるよ」
そんなの自分でも嫌と言う程解っている。だからこそ逆に色々悩んでしまうのだ。
再び伊織達に目を向けると、眞下の怒りはようやく沈んだようで、三人がこちらに歩いて来ていた。係のおじさんは何度もぺこぺこと眞下の後姿に頭を下げている。あのおじさんが悪いわけではないだろうに……気の毒だ。それとは関係無しに、彼女達が帰って来るまでに信に訊いておかなければならない事がある。
「俺の事はともかく……お前らはどうだったんだよ? まさか観覧車ん中でも眞下ってあんな感じだったの?」
「いや、乗った直後は『何でアンタなんかと』って文句ばっか言ってたけど、停まってからは静かだったな」
信はこちらに向かってくる眞下達に視線を向けて続けた。
「ま……あいつも結構可愛いとこあるよな。まさか本気で怖がるとは夢にも思わなかったぜ」
今からは想像もできないけどな、と信は苦笑した。
──お……? この信の感じはもしかして、ようやく自分の気持ちに正直になり始めたか?
神崎君の方を見てみると、彼も『これはもしかして?』という視線をこちらに向けていた。誘導尋問でもしてやろうかと思ったが、いざこれからという時に伊織達が戻って来てしまった。
「詩乃? 係のおじさんもあんなに謝ってたんだし、もう許してあげようよ」
「あんなの上っ面で謝ってるだけじゃない! 謝りゃ良いってもんじゃないわよ」
伊織が諌める口調で言ったが、眞下は全く聞く耳を持たなかった。恋人が困ったような笑みを俺に向けてくる。そんな表情ですら、愛しい。
「も~、詩乃ちゃんもいい加減落ち着いてよぉ。周りからすっごく見られて恥ずかしかったんだから」
今度は双葉さんまでぷりぷりと怒り出した。怒っていると言ってもさっき神崎君に対して怒っていたのとは全く違った。彼女もやっと仲直りできた嬉しさを隠しているのだろう。
「俺、眞下の機嫌直せる魔法の言葉知ってるんだけどさ」
俺は喉の奥で笑いながら言った。
「……何よ」
あからさまに不審そうに眞下がこちらを見た。
「言って欲しい?」
「本当に機嫌が良くなるならね」
「それは保障する」
「じゃあ、言ってみなさいよ」
信と双葉さんからは、何を言うんだろう? という興味の視線、伊織は怪訝そうにこちらを見ていた。だが、神崎君だけは俺の意図を読み取ったらしく、口元に笑みを見せている。
「さっき信が、眞下のこと可愛いって絶賛してたよ」
当然、みんなの視線が信に向けられる。俺はこの時、腹の中で大爆笑していた。
「え……」
眞下もあまりにも意外な言葉ですぐには反応できなかったみたいだ。
「なななななっ……麻生、テメー、いつ俺がそんな事を⁉」
「だから、ついさっき」
狼狽しきっている信に、俺は冷たく言い返してやった。ちなみに言うと、絶賛というのは誇張表現だ。
「そんな事言ってねー! だ、誰がこんな女を可愛いと思うんだよ⁉」
「何照れてんだよ……お前が言ったんだろ? な、神崎君」
掴みかかって来そうな信を適当にあしらいながら神崎君に同意を求めると、彼も笑いながら頷いた
。
「言ってたよ。今気付いたような言い方だったけど、本当はもっと前からそう思ってたんじゃないかなぁ」
ナイスアシストだ、神崎君! と、心の中で彼にVサインを送った。見事に無駄な言葉を着色してくれた。彼も普段は信にからかわれているから、きっとその仕返しのつもりだろう。
「あ、やっぱり信君って詩乃が好きだったんだ?」
「前からそうじゃないかって伊織ちゃんと話してたんだよね!」
伊織と双葉さんは『ね?』と互いに同意を求め合っていた。彼女達も俺達と同じ読みをしていたようだ。
「ば、バカ、お前等も騙されるな! こいつ等は俺をハメようとしてるだけなんだ!」
信は必死で弁解しているが、伊織達はからかいの表情を崩そうとはしない。
「良かったねー、詩乃ちゃん?」
当の眞下はまだポカンとしていたが、双葉さんに肩を叩かれてハッと我に返ったようだった。
「は、ハァ? 何であたしが喜ばなきゃいけないのよ! あたしはどっちかって言うと麻生君とか神崎君とか泉堂君の方がタイプなんだから」
「……俺も神崎君も彰吾も丸っきりタイプ違うぞ」
焦りまくってるのが丸だしだ。他に名前が思い浮かばなかったのだろう。というかそれ、暗に信が特別だと言っているようなものだ。
「だからッ、信よりマシだって言ってんのよ!」
「なにぃ~⁉ 何でそこまで言われなきゃならねーんだよ!」
眞下の照れ隠しに今度は信がキレた。全く……何でこの場で二人共自分の気持ちに正直になって告白できないんだか。この二人の恋が叶うのは随分先になりそうだ。今日はとりあえず神崎君達を仲直りさせられたし、俺達の不和も解消されたし……もう充分だ。信達の事はまた今度で良いだろう。
「あの二人はほっといて四人で楽しもうぜ。アレはアレで二人だけの世界を楽しんでんだよ」
俺は不意に伊織の手を取って、信達に聞こえないように小さな声で言った。伊織はいきなり手を繋がれてびっくりしていたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ行こうぜ。あ、せっかく俺等が手ぇ繋いでんだから、双葉さん達も繋いだら?」
「麻生君……うん!」
双葉さんは俺の言葉に満面の笑みで頷き、半ば無理矢理神崎君の手を握った。双葉さんは以前から、ダブルデートを利用して堂々と神崎君と手を繋ぎたいと言っていたのを思い出したのだ。神崎君も観念したようで、溜息ながらではあるが、しっかりと双葉さんの手を握り返していた。
「ね、勇ちゃんアレ乗ろうよー」
「え、えぇ⁉ あんな恐そうなやつ? 僕嫌だなぁ……」
双葉さんがフリーウォールを指差し、神崎君が困惑する。何とも微笑ましい光景で、ついさっきまで喧嘩していたとは思えなかった。
俺と伊織は微笑みを交わし、少し距離を空けて二人の後に続いた。遊園地の中に咲いていた桜の木が花を散らせていて、桜の花びらが俺たちの目の前で舞った。
「今度さ、桜見に行かない?」
その桜の花びらを見たからか、伊織が小さな声で訊いてきた。
「みんなで?」
そう訊き返すと、伊織は言い難そうに答えた。
「えっと……みんなでいくのも楽しそうだけど、今度は二人で行きたいな……?」
少し照れながら言うのが可愛い。俺に断る理由なんてあるはずが無かった。
「俺もそっちの方がいいな」
言うと伊織は嬉しそうに微笑み、ぎゅっと強く俺の手を握った。
「麻生君、伊織ちゃん! 早く早くー」
ふと前を見ると、フリーウォールの前で双葉さんが手を振って待っていたので、俺達は慌てて駆け寄った。余談だが、信達と合流したのは三十分後である。そのあとは、みんなで楽しく遊園地で過ごして、最後に夜のパレードを見て帰った。
結果的に、仲直り
信には、心から感謝した。
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