10-7.バカ話も時には大切だ
帰りの道中も話題は彰吾の話で持ち切りだった。あんな絵になるシュートはプロでも中々お目にかかれないし、興奮してしまうのもわからないではないが……俺は複雑な気持ちを抱えながら、黙って三人の言葉に耳を傾けていた。
「泉堂君ってどうして今までサッカー部に入らなかったの? あんなに上手いなら転校してきた時から入れば良かったのに」
眞下が伊織に訊いた。
「う~ん……本人に訊いたわけじゃないから詳しくは解らないけど、菱田君に悪いって思ってたんじゃないかな……とにかく部活はしないって言い張ってたよ?」
それでさっきはちょっぴり驚いちゃったの、と伊織は付け足した。彼女は先程の淋し気な表情等全くの嘘だったかのように普段通り話していた。それが俺には余計に蹟にわかった。
気になるなら気になるで、言えばいいのに。俺に気を遣っているのだろうか? それとも、言いたくないのだろうか。
気になった。いや、気になっているのは俺の方だった。それでも、それを尋ねる勇気が今の俺にはなかった。
「菱田?」
信と眞下が同時に首を傾げた。
「忘れちゃったの? 修学旅行の時に春華達と一緒に居たじゃない。柔道部じゃない方の人。彼、高校のサッカー部で彰吾とフォワードだったの」
伊織が溜息混じりに言うと、「あ、思い出した!」と異口同音で言った。こいつ等は記憶力の悪さといい、ノリといい本当によく似ている。さっさとくっつけば良いのに、とも思うのだが、どうもこの二人は自分の気持ちに素直になれないみたいだ。
「柔道部で思い出したけど、そういやその柔道部の奴って今度全国大会出るんじゃなかったっけ? 武道館なら応援行ってやっか?」
信がふと思い出したように言った。
やっと話題が変わったので内心ほっとしたが、これもあまり喜ばしくない。伊織と付き合ってる男として、宮下からも恨みを買ってるのはほぼ確実だ。
「あっ、その事だけどね……宮下君、練習中に怪我しちゃったから棄権するんだって」
伊織は少し言いづらそうだった。宮下が全国大会に出れると聞いた時は彼女も本当に喜んでいたから、その結果は残念だろう。
確か優勝候補が怪我で欠場したから全国に行けるようなものだと彼は言っていたが、今度は自分も怪我で棄権とは……この場合は一体どうなるんだ? やはり府大会準優勝者が繰上で出るんだろうか?
「マジ? 全国大会棄権って、一体どんな怪我したんだよ?」
「太腿の肉離れ。もう試合まで一週間切った時にやっちゃったから、仕方ないよ。まだ夏もあるんだし」
伊織が自分の太腿を指差して説明した。
伊織のいかにも柔らかそうで綺麗な太腿からはどうやっても宮下のごっつい太腿を連想できないのだが(というか、したくないし同じものだと思いたくない)、腿を肉離れしてしまったとなるとテーピングをしても歩く事すら困難だろう。
「たかが肉離れで……アイツ、体はゴツイが案外ヘタレと見えるな」
「バカ、肉離れはそこそこ重傷だっつの。筋肉の繊維が切れてるって事だからよ……完治するまで最低ひと月はかかるんじゃねーか?」
信が少し嘲笑気味に言ったので、俺は思わず口を挟んでいた。俺が口を開いたのはグラウンド以降初めてだったからか、三人の驚きの視線がこちらに向く。
どうやら俺がご機嫌斜めだと言う事は薄々気付いていたらしい。一言も発してなかったから当然と言えば当然なのだが。
「ほぉ、さすがは中学時代、よく怪我に泣かされていた空手家やってただけの事はあるな。詳しいこった」
信が遠回しに皮肉を言うと、当然俺が空手をやっていたなんて知らない伊織と眞下は驚きの声を上げた。
「え、真樹君も空手やってたの!?」
「うっそー⁉ 麻生君、空手っていうキャラじゃないし!」
悪かったな、キャラじゃなくて。小学生の頃から護身代わりにフルコンタクト空手をやっていただけで、決してプロになるとかそういうつもりでやっていたわけではない。ある程度武力があると、身を守れる。それは、高校入学時に先輩から絡まれたり、それこそ祭りでチンピラに絡まれたりしとした際に証明されている。
「うるさいな……俺の話は良いんだよ」
言わなきゃ良かった、とすぐに後悔した。
俺も過去、試合前に怪我をしてしまい、試合を棄権したことがある。宮下の悔しさはよくわかるので、それでつい弁護してしまったのだ。
「ねえ、真樹君って強かったの?」
早速伊織が興味津々で訊いてくる。今更昔のことを話したくないのだけども……ここはシラを切るしかない。
「知らねー」
「えー? 教えてよ」
「嫌だ」
「むむ……あ、わかった。真樹君、実は補欠だったから話すの恥ずかしいんでしょ?」
「ンだと? お前な、こう見えても俺は……」
振り向いて俺の実績を語ってやろうと思ったが、寸前のところで口の中に押し戻した。伊織が悪戯な笑みを見せて、俺が口を滑らせるのを待ってやがったのだ。
「こう見えても、なぁに?」
そうやって首をかしげて訊いてくる表情も可愛かった。この小悪魔め……何て罪深い笑顔を持ってるんだ。危うく策に引っ掛かるところだった。
「……ほ、補欠だったんだよ」
言うと、伊織はぷくっと頬を膨らませた。
「もう……真樹君の意地っ張り」
「いや、お前がしつこいだけだろ」
「ふーんだ。いいよ、信君に訊いちゃうから。ねえ信君、真樹君って──」
と、伊織が信の方を向いた時である……彼女の頭にパコンッという良い音と共に衝撃が加わった。信の持っていた空ペットボトルが振り降ろされたのだ。
「痛った~い!」
「うるせぇ! 人前でイチャつきやがった罪だ!」
「イチャついてなんかないでしょー⁉ 詩乃も何とか言ってよ!」
伊織は目に涙を溜めて眞下に訴えたが、その眞下がさっき居た場所にいない。
あれ? と思って辺りを見回そうとしたら、今度はガツッという鈍い衝撃と激痛が俺の頭に走った。
「痛っ……ッ!」
声が出ない程の痛みだった。コブができたのは間違いない。ダメージを一線に集中させてここまでの威力を放つこの痛みは……小学生の時からご無沙汰していた下敷きチョップ以外に無い。
「ふっふ~ん。見たか、下敷きチョップ返し! いつかの仕返しよ!」
眞下は勝ち誇った笑みを向けて言った。
「だ、大丈夫?」
うずくまっている俺に、伊織が心配そうに駆け寄る。とてもではないが、大丈夫だと言えるレベルではなかった。
「て、テメーら……ぜってー許さねえ」
痛みに耐えて顔を上げると、アホなコンビは逃げるように俺達から距離を置いていた。
「けっ、やってみやがれバカップル!」
「やーい、バーカバーカ♪」
楽しそうに踊りながら俺達を挑発するアホ二人。こいつ等にバカと言われたら俺達の人生お先真っ暗なのだが、痛みもあって頭に血が上ってしまった。
「ブッ殺す!」
鞄を投げ捨て、俺は猛烈にアホ二人目掛けて走った。
「えっ、真樹君⁉ ちょ、ちょっと待ってよ!」
伊織のそんな声がわずかに聞こえた気がするが、信と眞下がキャーキャーワーワー言いながら逃げるのでお構いなしに追い掛けた。
さっき感じていた不安なんて、完全に忘れていた。もしかすると、信は俺たちが暗い気持ちになっていたのに気づいていたのかもしれない。だから、こうして面白おかしく盛り上げているのだ。
それを察しつつも、俺は態度を変えない。素直に信の厚意を受け入れることにしたのだ。
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