10-4.死んだ歌姫
柳氏の評価は、ベースの信から始まった。信は、なかなか良いセンスを持っているが、技術不足であるという指摘があった。そこをカバーできれば、数年後には良いベーシストになっているという。また、信が作ったYour Heartも良い曲だと言ってくれていた。予想を越えた評価を貰って、信は大喜びだった。確かに、信には才能があると思うし、こいつは音楽の事となると頑張り屋だ。
次は神崎君の評価に移ったのだが、信の評価とは一転して、少々厳しいものだった。柳氏が神崎君に言った最初の言葉が印象的だ。
『ギターを技術だけの楽器だと思ってないか?』
他には、確かに高校生にしては技術は高いが、個性が無くて音が荒い。技術だけのギタリストなら世の中腐る程いるので、替わりなんていくらでもいる、等とかなりキツい言葉を言われていた。また、神崎君はテクニックに意識が行き過ぎてリズムがブレているそうだ。基礎練とリズム練に取り組むようにとアドバイスも受けていた。むしろ、そこさえクリアすれば、もともと技術がある神崎君は、もっと伸びると評価されている。
神崎君でこの調子なら、俺はどれだけボロクソに言われるんだろう?
そんな風にビビりながら評価を待っていると、これまた予想外に、それ程悪いものではなかった。
ギターの方は初心者と大差無いからもっと練習しろ、それが苦しいなら新しいギターを入れろと言われてかなり傷ついたのだが、俺が褒められたのは意外にもシャウトと『恋想伽』の事だった。『恋想伽』の中にはいくつかシャウトを入れていたのだが、そのシャウトの迫力に魅力を感じたのだと言う。また、『恋想伽』についても、和の雰囲気と発想の組み合わせが面白いと言ってもらえた。もちろん、アレンジャーは神崎君なのだが、コンポーザーとして光るものがあると褒められた。これは、俺にとっては予想外の賞賛で、音楽を続けていく自信にも繋がった。
「さて、最後のドラムの君だが……」
彰吾の方を見た柳氏の表情が、とても険しくなった。
この瞬間、何か嫌な予感がした。俺達を評価していた時とは明らかに空気が違ったからだ。そして、案の定、その予感は外れなかった。
「……君がUnlucky Divaをダメにしてるみたいだな。このバンドで上に行きたいなら、ドラムは替えた方がいい。いや、替えるべきだろうな」
あまりにも冷酷で無慈悲な評価だった。彰吾は凍りついたように固まって、言葉を失っていた。
「ちょっと待って下さい! そんな言い方って……」
伊織が声を荒げて間に入った。
「ひどいとでも言うのか? 私はただ冷静にこのバンドを評価したまでだよ。『厳しい事も言う』と予め言っただろう?」
柳氏は伊織の言葉を遮って答えた。
「というより、君達全員がそれを感じているはずだ。演奏を見ていればわかるが、彼一人だけ波調が合っていない。君達四人はそれに合わせようと必死になっているが、彼一人が独走している。ハシってしまう事よりも、今はそれ以前の問題だ。というか、君、今ドラム叩いてても楽しくないだろう?」
彰吾はその言葉に、言葉を詰まらせた。何も言い返せず、ただ肩を震わせていた。
「音に出てるんだよ、全部。ドラムは打楽器なんだ。ギターやベースとは違う。楽しくないという感情が、音に全部出てしまっているんだよ」
それを言われては、伊織はもちろん、俺達も何も言えなかった。波調の不和を一番感じているのは、他ならぬ俺達だ。
以前神崎君が言った通り、見る人が見れば俺達の欠陥なんてすぐに見つけられてしまうのだ。周りがどれだけカバーしようとも、プロの目はごまかせなかった。いや、俺達だけではダメだったのだ。彰吾も歩み寄って、みんなでカバーしようとしていなければ、隠し切れなかったのだ。
「もし新しいドラムが見つからなかったなら私に連絡してくれ。サポートでも正規でも、何人か紹介できる」
そう言って名刺を信に渡して、柳氏は事務所を後にした。彼が去った後、俺達も無言で楽屋に戻った。そして、無言で着替えて、無言で帰り支度をする。
誰も彰吾に声を掛けれなかった。信や神崎と目配せしたが、彼等もバツの悪そうな顔をして首を横に振った。俺や神崎君もキツい事を言われはしたが、彰吾のそれとは次元が違った。俺達の場合はUnlucky Divaに必要だから、それに見合う力をつけろと言い換える事ができるのだ。しかし、彰吾への言葉は……あれは、ただの戦力外通告だ。
沈黙と息苦しさだけが続いたが、伊織がそれを破った。
「彰吾、あんなの気にしなくていいからね? 私達には彰吾以外のメンバーなんて考えられないし、今日はたまたま彰吾も調子が悪かっただけだって。だから……」
そう言って彼の肩に手をかけようとした時、彰吾は伊織の手を振り払って怒鳴った。
「変な気ぃ遣うなや! 俺は調子悪ぅない。いつも通りやった。あのオッサンも目利きのスカウトなんやろうから、多分間違いないんやろ。俺が抜けた方がええんやったら、それでええやないか。お前らかてそれは感じてたんちゃうんか⁉」
「彰吾……」
伊織は困惑した表情を浮かべたが、彰吾は気にしなかった。
「あのオッサンの言う通り、最近ドラム全然楽しめへんかった。俺だけ……どうやったらええのかわからんかった。お前らにどう接してええのかわからんかった。波長が合ってへんのもわかってた。全部あのオッサンの言う通りや!」
彼は手に持っていたドラムスティックを床に投げつけた。俺と伊織を一瞥した時の彼の表情は、とても悔しそうだった。彼は何か言おうとしたが、何も言わずに鞄だけ持って、駆け出した。
「彰吾、待って!」
伊織がそれを追い掛けようとしたが、信が彼女の腕を掴んで止めた。
「待て、麻宮。行くな……!」
「どうして⁉ あんな事言われたら誰だって傷つくに決まってるでしょ?」
伊織にしては珍しく、キツい口調で言い返した。
「バカ、だからだよ! 俺等が慰めたところで、余計傷つける事にしかならないんだ」
伊織はグッと唇を噛んで、悲痛な表情をこちらに向けた。俺はただ、信の言葉に頷くしかなかった。俺達は柳氏から評価を受けている。その俺達がどんな声をかけても、彼にとっては嫌味にしかならないのだ。
盛り上がったライブ後とは思えない、冷たくて静まり返った楽屋だった。他のバンドは、きっとまだフロアなのだろう。さっき何人かが楽屋に戻ってきたが、俺達の物々しい雰囲気から察してか、またフロアに戻っていったのが見えた。
とりあえず何か話し合うにしても、ここを出よう。そう提案しようとした時、伊織が言葉を漏らした。
「私のせいだよね……」
彼女は諦めたようにそう呟き、顔を伏せた。小さな呟きにも関わらず、彼女の声は妙に部屋に響いていた。
「私のせいで、また彰吾を傷つけちゃった……ほんと、私って最低」
彼女の頬に雫を伝った。俺はその震える肩に手を乗せ、「伊織のせいじゃない」と気休めの言葉を掛けてやる事しかできなかった。〝また〟という部分が強調されていたが、その〝また〟が彰吾を振った事を指しているのか、俺と付き合っている事を指しているのかはわからない。
だが、一つだけわかった事がある。Unlucky Divaはこの瞬間、死んだのだ。それだけは確実だった。
俺達はそのまま精算を済ませて、家路に着いた。ライブの高揚感も、余韻も何もなかった。
今日みたいにそこそこ良いライブができたら、もっと余韻があっても良いはずなのに……今はただ、どうしようもない現実に押しつぶされて、暗い顔をしている伊織に、かけてやれる言葉も見つけられなかった。
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