10-2.歪んだ演奏

 登場S.E.とともに、入場した。S.E.とは、サウンドエフェクトのことで、登場ミュージックのことだ。

 客入りはまあまあ。高校生バンドがトリにも拘わらず、結構お客さんは残ってくれていて、目視でも六〇人ほどがいた。『神楽』はそれほど広いライブハウスではない。六十人もいれば、そこそこ埋まっているように見える。

 彰吾がハイハットでカウントを四発叩いて、一曲目の『恋想伽』に入った。

 この曲は、和風Vロックの曲調になっていて、今までのUnlucky Divaの曲とは全くジャンルが異なる。少々テンポは速めだが、不気味さと妖しさ、そして激しさを秘めたメロディに仕上がっていて、伊織にも『この曲はちょっと妖艶に唄って』とお願いした。

 伊織は「よ、ようえん~?」と声を一オクターブくらい高くして困惑していたが、そこは彼女なりに工夫して唄ってもらうしかなかった。

 実はこの曲、声の高さのアップダウンが激しく、ボーカルにとって結構難しい。『恋想伽』は、暇を持て余した正月に作ったのだが、和をロックと調合できないかと考えたのがこれの出発点だった。

 リズム隊である彰吾と信が編曲してるうちは元曲にそれほど差は無かったのだが、神崎君がアレンジしたいと言ったので、一度は曲調がガラッと替わった。ただ、神崎君も自分勝手に変えるのではなく、ちゃんと俺の音をベースにして仕上げた曲と自分がアレンジした曲を別々に作ってくれて、それから「どっちがいいかな?」と俺に選ばせてくれたのだ。

 神崎君が作った曲は一変してハードロック調で、カッコ良かったのは事実だ。しかし、彼が手を加えて更に妖しく仕上がった和風ロックの『恋想伽』はまさしく俺の理想だった。彼には申し訳ないながらも和の方を選ばせてもらった。

 暗い洞窟の奥にある鳥居が淡い光を漂わせているような、妖しく且静かな和音階のアルペジオフレーズの出たしから、普段より重いベースの音が合わさっていく。その後にサイドギターのリフが入って、曲調がガラッとラウド調になり、伊織がAメロを歌い出す。


『人知れず 今宵も恋想の伽を語る


 届かぬ想いを抱いてしまったとある夜 虚しさと愛しさが混ざり合い 微笑み掛けるあなたを見た


 少な過ぎる時 あなたの事など何も知らぬ私 されど不思議 遥か彼方から互いを既知としているの


 清き想いがこの躯を翔け巡った


 運命は 二人を引き逢わせる

 螺旋描き 何度でも


 溢れ出す 想いを共に綴ろう

 螺旋描き 何度でも


 二人の想い 幾千の時を越えて


 あなたの声が聞けぬ日々 まるで奈落の底にいるかのよう 袖を濡らし 唯ひたすら天翔ける星に願う


 あなたのその長い髪 細い指先に唯触れたくて されどこの声は届かず 恐怖が私を襲う


 また幾千の時を待つの?


 あなたの居らぬ淋しき時を過ごし また会える事を唯願うだけの日々を過ごすのか


 否


 その様な苦痛を与えるならば 天照大神にでも刃を向けよう


 我等の想いの強さで……


 運命は 二人を引き逢わせる

 螺旋描き 何度でも


 この絆は 天翔ける星さえも

 断ち切れ無い 切れさせない


 二人の想い 幾千の時を待たずして……』


 結局、伊織は妖艶な歌い方がどんなものなのかわからなかったようだが(そもそも俺もわかっていない)、彼女なりに工夫して歌ってくれていた。


「何しにきたの? 後ろ。つまんなそう。アハハッ」


 伊織が曲の間奏部分で、後ろで棒立ちしていた男性客をいきなり指差して煽って、やや狂気じみた笑い声を交えている。これもおそらく伊織なりの工夫で、妖艶さを表現できなかった彼女は、この曲に狂気さを組み込んだのだ。

 すると、お客さんもまさかこんな可愛い子に指を差されて煽られると思わなかったのだろう。男性客が前の方に進んでノってくれるようになった。


「そう、それ!」


 言って、伊織が煽った男性客に笑顔を向けていた。ちょっとそれには苛っとくるが、こうして伊織が笑顔を向けた男性客は漏れなく次回のライブに通ってくれるようになる。伊織はメデューサか何かか?


「この曲、よくわかんないでしょ? 大丈夫、私もわかんないから」


 伊織が短い間奏部分でそう言うと、お客さんの笑いを誘っていた。こうしたステージ上からのコミュニケーションが彼女は各段に上手くなっている。伊達に何本かライブをやっているわけではない。徐々にステージ度胸というものがついてきたようだった。

 恋想伽の歌詞についてはよく意味が解らないという意見を信からも受けた。しかし、この歌詞は俺が最も精神的に不安定だった時に書き連ねたものなので、それも仕方ない。これは伊織と話せなかったあの忌まわしい事件の時に書いたのだ。もし俺と伊織が出逢うべくして出逢ったなら、簡単に断ち切れるはずが無い……そう自分に言い聞かせる様に書いていた。

 確かに読んでみると、いまいち内容が纏まっていない。しかし、意外にも伊織が今のままが良いと言ってくれて、この歌詞のまま歌う事になった。

 彼女がこの歌詞の真意に気付いたからなのか、ただ単に覚え直すのが嫌だったのかはわからないが、何だか救われた気がした。例え上手く纏まっていなくても、俺の気持ちがそのまま形になっている。作詞者として、そこを変えたくなかった。

 結果として、その想いの強さなのか運命なのかは解らないが、俺たちは別れずに済んだ。そのどちらもを『恋想伽』が肯定してくれている様にも思えた。初めて自分で全部作った曲なので、それを伊織に歌って貰えるのは嬉しかった。

 ちょっと変わったスタート曲ではあったが、会場は盛り上がっていた。それからコピー曲を2曲やっている間、お客さんも楽しんでくれていた。

 昨年末のライブまではいおりんFCやクラスの連中が動員の主体だったUnlucky Divaだったが、先月のライブぐらいから、一般客(年末のライブで知って通ってくれるようになった)がどっと増えて、動員が二十人ほどに増えていた(その代わりクラスの連中といおりんFCの連中がほとんど来なくなった)。たった二十人と思うかもしれないが、ライブハウスレベルのバンドで二十人呼べるのは凄いことなのだ。これもボーカルの華のお陰なのである。

 何が凄いというと、伊織自身は特に営業活動も宣伝もしていないのに、勝手に客が集まってくるのだ。これはもう持っている才能としか思えない。


「もっと声欲しいなぁ」


 伊織が曲の間奏でこう言うと、「うぉー!」と野太い男性ファンからの声が上がる。


「足りないー!」


 彼女の要望に、男性客が「うぉー!」ともっと声を張り上げる。見事に調教されている。


「うん、良い感じ! ありがとっ」


 彼女が笑顔でそう応えると、男性客が泣いて喜ぶ。なんだ、この宗教染みた連中は。こいつら、伊織に死ねと言われたら死ぬんじゃないか。

 二月のライブから、伊織は客席をよく煽るようになっていた。信がもうちょっと煽って、と指示したそうだ。ただ、伊織らしくない強気な煽り方に驚いてしまったのは、俺だけではなく信も同じだった。

 彼女曰く、強くてかっこいい女になりたくて、せめてステージの上でくらいはそれを演じてみたかったというのもあるそうだ。それに加えて「ちょっと自分に自信が持てるようになったから」というのが大きいようだった。「なんで?」と訊いたら、「ないしょ」だそうだ。そのやり取りを聞いていた信が「野暮な事訊くなよ」と言ってきたのだが、さっぱり意味がわからなかった。

 ライブは順調に進んで、そのまま今やUnlucky Divaの定番となりつつある『Your heart』『ライラック』へと続いて、無事ライブは終わった。

 ライブ全体の出来栄えとしては、正直なところ、あまり良くはなかった。伊織が上手く煽ってお客さんとコミュニケーションを取ってくれているので、外から見ればそれなりに上手くいっているように見えるだろう。しかし、内側というか、演奏面はグダグダだった。メンバーの波調は相変わらず悪く、彰吾も得意のハシリ(勝手にリズムを早くしてしまう悪い癖)を披露してくれた。大目に見まくれば、一応トリらしく演奏はできたとは思う。ただ、完成度というか、満足度としてはまだまだだった。

 いや、大目に見るんじゃない。多分、Unlucky Divaはもうこんな感じの演奏しかできないのだ。だから、『まだ今より上の演奏が可能なのに、コンディション等によりそれができないから大目に見る』という表現は相応しくない。皮肉にも、一番良い演奏ができたのは、一番慣れてなくて技術も無かった初ライブの時なのだ。

 原因は、俺と伊織が付き合っているからの他ならない。厳密に言うと、付き合った事によって俺たちと彰吾の関係が変わってしまったから。

 信と神崎君も、その事はもちろん知っている。最高の演奏ができなくなって、内心俺に対して怒っているかもしれない。そんな事を考えながら、相も変わらずライブ後に残る不完全燃焼感を持て余して控室に戻った。

 ほかのバンドの人が何人か「お疲れー」「よかったよー」と声をかけてくれたので、俺たちはぺこりと頭を下げた。ただ、評価されるのはボーカルの伊織だけである。それ以外のパートを誉める声は聞こえない。ボーカルの良さを殺している楽器隊であることには変わりないだろう。

 控室に戻るなり、対バンの人たちが信・神崎君・伊織に対して何かアドバイスを話していた。俺はあまりその話に興味がなかったので、自販機で飲料水を買って飲んでいた。彰吾も同じように汗を拭きながら、横でポカリを飲んでいる。しかし、もちろん俺達の間に言葉は無い。こんな状態では、良い演奏ができるはずがない。

 正直に言うと、早く帰りたかった。同じバンドのメンバーなのに、彰吾がいる場所から離れたいと無意識のうちに思っている。しかし、彰吾が嫌いなのではない。気まずくてもこのメンバーで音を奏でるのは最高だと思っている。

 仮に彰吾以外の誰かがドラムをしたとしたら、それはUnlucky Divaではない。理想は文化祭時のUnlucky Divaを取り戻す事だけれど、今となってはもうそれも難しい。

 一体どうすれば良いのだろうか。

 そんな事を考えていたら、ライブハウス〝神楽〟の店長が楽屋に入ってきて、「Unlucky Divaのみんな、ちょっと事務所きてくれる?」と俺たちを呼び出した。


「清算かな?」

「清算にしてはまだ早いんじゃない?」


 俺達はそんな事を話ながら、楽屋の奥にある事務所に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る