番外編

榊原春華のささやかな復讐

【前書き】

今回は番外編です、この修学旅行を引っ掻き回した榊原春華の視点のお話です。

話数で言うと、『9-10.仲裁』の直後、彼女が学校に着いた際でのお話。ちょっとシリアスでちょっとコメディ。久々の番外編をお楽しみください。最後にちょびっとだけ麻生くんと伊織ちゃんが出てきます。


※三人称視点

今回の番外編の主人公は春華ですが、本編との混同・混乱を避ける為、三人称とさせて頂いております。


※読み飛ばしOK

読み飛ばして頂いても、本編には差し支えありません。

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榊原春華さかきばらはるかは、京阪本線の枚方市駅に降り立った。時刻はお昼の十二時前。藤坂高校に着く頃には、昼休みになってしまっているだろう。

 彼女は先ほどまで、京都の清水寺にいた。そこで親友である麻宮伊織の修学旅行に乱入。その後、初めて彼女と大喧嘩をしてからの仲直りを経て、今に至る。

 春華は晴れ渡った気分だった。ずっともやもやしていたものが取れて、スッキリとしていた。

 彼女は駅前の大型レンタルショップTATSUYAに寄ってスタバのフラペチーノを購入してから、赤い京阪バスに乗った。さっきまで京都で旧友と喧嘩をしていたのが信じられないほど、いつもの光景だった。

 藤坂高校前でバスが停まると、そのままバスを降りて、目前に広がる高校を眺めてから、大きな溜め息を吐いた。


(うっわ……着いた途端めっちゃめんどなってきたな。サボったらよかった)


 春華はそう思ったものの、今更引き返すのも更に面倒だと思い、校舎に向かった。

 生徒玄関で上履きに履き替えると、担任が「何時に来とんねんお前」などと言ってきたが、「おはよぉ先生。今日は朝出席したら死ぬ病気にかかっててん」と返してやると、呆れ顔で「何回その病気にかかっとんねん」と言ってから立ち去った。

 入学以降、学年成績一位を死守し続けている彼女は、大抵のワガママを通せてしまう。勉強は努力が簡単に反映する上に、勉強ができるだけで大人は大抵のヤンチャにも目を瞑ってくれるので、これほど楽なゲームはないと春華は思っている。

 芸術でもスポーツでも、才能による個体差は大きい。しかし、高校程度の勉強であれば、中学時代からの積み重ねさえあれば、個体差などほとんどない。テストの成績は、実にフェアな評価制度だと思えた。

 既に昼休みになっており、廊下には生徒が溢れていた。すれ違う女子生徒が春華に向かって「春華おはよー」「今日も遅いなぁ」などと声をかけてくるが、誰も彼女の遅刻を咎めるものはいなかった。彼女の遅刻は日常茶飯事なので、むしろ朝からいる方が変だと思われるのだ。

 以前真面目なクラス委員長が遅刻について咎めてきたが、「うちにテストの点数で勝てたら言う事きいたるで」と二学期の中間テストで春華が勝負を持ち掛け、完膚なきまでに委員長を叩きのめして以降、彼女に意見するものはいなくなった(ちなみにその委員長はしばらく学校を休んだ)。教師も同じで、久々の京大・東大合格者が出るのでは、と春華には期待しているので、大抵の事は御咎めなしなのである。

 また、春華はワガママではあったが、ノリがよく面白いので、基本的に人気者であった。サバサバした性格から、女子からも好かれている。おまけに顔だけは良いものだから、下手に出る男子も多い。しかし、そうした下手に出てくる男子に対しては割と手厳しく扱うので、男に媚びていないという印象を同性に与えている。彼女は実に世渡り上手だったのだ。


「お、春華や」

「もう休むんかと思ってたわ」


 教室に入ると、菱田と宮下が昼食を食べていた。菱田はサッカー部、宮下は柔道部のそれぞれのエースだ。麻宮伊織と泉堂彰吾が藤坂高校にいた頃は、いつもこの五人でつるんでいた。今ではその約半数が東京に行ってしまい、ど事なく頭数が少なく思える。この二人の事が嫌いなわけではないが、春華にとって伊織のいない生活は、退屈以外のなにものでもなかったのだ。

 菱田と宮下は運動部ゆえに、午前中に弁当を食べてしまうので、昼休みには購買のパンやおにぎりを食べている事が多い。今はパンとおにぎりをそれぞれ食べていた。それを見ていると、ついお腹が鳴ってしまう。


「あ、お昼買うの忘れてもうた。菱田パンちょーだい」


 京都に行っていたせいで、すっかりお昼の事を忘れていた。早速ダメ元で菱田にパンを強請る春華。運が良ければもらえるかもしれないと思ったというのもあるが、今から購買に行くのが面倒だったというのが彼女の本音だ。

 春華は、自分でも自覚があるほど、ワガママだった。そして、自分はワガママを通せるだけの事もやっているとも思っていた。まず、春華には顔立ちが整っている自覚がある。しかし、それだけではなく、ちゃんとメイクを研究し、整った顔立ちを際立たせる努力をしている。綺麗な女であれば、大抵のオトコはワガママを聞いてくれるという事を、彼女は短い人生で知っていたのだ。

 もちろん、好きな人や彼氏の前ではワガママは控えめにする。どうでもいい男にのみワガママを発揮するのだ。しかし、それだけではただの嫌な女である。そのため、彼女は憎まれない程度のワガママさを保つようにして、自分と一緒にいると楽しめるように笑いも提供するようにしていた。もちろん、笑いの提供は自然体でいるだけで可能なので、そこの努力はあまりしていない。春華自身が面白いと感じた事を言うと、みんな笑ってくれる。関西人はノリと笑いさえあれば大抵の事は許してくれるので、春華の性格には合っている人種だった。

 そして、麻宮伊織は、こんなワガママな自分が横にいるからこそ、その対極の存在として際立っていた事を、春華は知っていた。

 敢えて対極の存在になる事で、春華は伊織と競い合う事を避けた。同じ路線で戦って負けると、友達であっても腹が立つからだ。春華は超がつくほどの負けず嫌いでもある。それならば、全く違う存在で居た方が楽である――というのは今思いついた考えで、もともと伊織と春華は対極の存在だった。だからこそ、馬が合ったのかもしれない。


「なんでスタバのフラペチーノは買ってるくせに昼飯買うの忘れるねん」

「しゃーないやん、忘れててんもん。三つもパンあるなら一個くらいええやん。ほら、はよ! その焼きそばパンうちに貢いで!」

「よりによって俺が一番楽しみにしてる焼きそばパン取ろうとすな! コロッケパンくれたるから黙れや」

「えぇ……ケチぃ。それ、コロッケがパサパサしてるからあんまり好きちゃうねん」

「タダでもらっといてケチつけんな!」

「しゃあないなぁ……それで我慢したるわ」


 仕方なしに、春華はコロッケパンで手を打つ事にした。

 菱田にしては珍しいな、とふと春華は思った。彼は、いつもこうして強請ってもなかなかパンをくれなかったのだ。必殺駄々っ子を用いるまでもなく提供してくれるのは、有難かった。すると、宮下もおにぎりをすっと差し出した。


「これもやるわ。どうせ腹空かせてくると思ったから買っといたんじゃ」

「え、宮下もくれるん? ありがとー」


 これもまた、珍しい事だった。宮下も食い意地では菱田に勝るとも劣らない。わざわざ人の為に買う食い物があるなら、自分で食べてしまおうという奴なのだ。


「よぉ言うわ。食欲ないだけやろ」


 菱田が宮下に憎々しげに言った。


「やかましい。お前かて同じやろ」


 言いながら二人で取っ組みあってにらみ合ったかと思うと、お互い大きな溜め息をして、肩を落とした。それを見て、理由が思い当たる。


「なんやあんたら、伊織に彼氏できてたんがそんなショックやったんか?」


 いうと、宮下と菱田がそれぞれ口に含んでいたものを噴出し、それぞれ怒り出した。


「いちいち言うなや! 忘れようとしてたのに!」

「っちゅうか、なんやねん東京の男て! 死ね! まだ泉堂やったら許せたのに!」


 春華の予想は正しかったようだった。ちなみに、昨日の部活でこの二人の後輩への八つ当たりがひどすぎて、顧問に叱られていた事はグループLIMEで聞いた。

 伊織や彰吾とは中学からの知り合いだったが、菱田と宮下は高校に入ってからの付き合いだ。伊織は中学の頃から尋常じゃなくモテていたが、彰吾が近付く男を常にけん制していた。

 彰吾の牽制を掻い潜って告白した者もいるが、彰吾に邪魔されない為には、親しくなる前に告白するしかなく、結局は無惨な結果しかない。また、伊織は一体どんな男になら興味を示すのかと思い、春華は何人か他校のイケメンを紹介した事もあるが、全く興味を示さず、イケメン達も玉砕。

 そんな伊織についた通り名は、〝ごめんなさいの申し子〟だった。どんなイケメンや高スペック男子でも、「ごめんなさい」の一言で一刀両断に斬り捨てる事から、その通り名で、恐れ崇められていた。

 この〝ごめんなさいの申し子〟事麻宮伊織、どれだけ理想が高いのかと疑問に思って、春華は過去に好みについてヒアリングしてみた事がある。しかし、理想云々ではなく、彼女は男性や恋愛そのものに興味がなかった。そんな時間があるならピアノの練習を頑張りたいという気持ちが強かったのだ。

 押しに弱いはずの伊織だが、恋愛関係だけはしっかりと断っていた。理由を聞いてみたところ、単純に興味がない事と、好きでもないのに付き合うのは相手にも悪い、という理由らしい。とりあえず面白そうなら一回付き合ってみてから判断すれば良いと思っている春華からすると、やはり性格が正反対だなぁと実感する瞬間だった。ちなみに、春華の最短の交際期間は三時間だ。「彼氏できたー」の三時間後に「やっぱ別れたー」を伝えた時の伊織の呆れ顔だけは今でも忘れられない。あれだけ彼女を呆れさせられるのは自分だけだと自負しているほどだった。

 それはさておき、そうして生まれたのが、伊織・春華・彰吾・菱田・宮下の五人組である。彰吾・菱田・宮下の男子三人組は、伊織の近くにいたいけども、振られるのが怖くて告白できない男達の集まりだったのだ。

 〝ごめんなさいの申し子〟に斬り捨てられるくらいならば、従者となる、という男らしさの欠片もない連中だが、あれだけ高スペック男子を斬り捨ててきた伊織を見ていると、彼らが臆病になってしまうのも、無理はない。いつかチャンスを待つ彼らの作戦も、悪くはないと思っていた。

 そうして、伊織に男を近づけさせないナイトが彰吾ひとりから三人に増えた。サッカー部のエース二人と、柔道部のエースがナイトとなると、なかなか普通の男は割って入ってこれない。この五人グループができてから、伊織は告白される回数が極端に減り、しかもこのチキンナイツは告白する勇気がないので、春華達五人の関係性が変わる事もなかった。春華としても、非常に居心地が良いグループだったのだ。

 そして、おそらく伊織も──これは春華が勝手に想像している事ではあるが──このグループにいる事で告白されなくて済むのは、内心助かっていたのではないかと思う。彼女は、告白される事を億劫に感じていたからだ。


『断った時の傷付いた表情を見るのがつらい』


 伊織は、一度だけそう泣き言を言った事がある。春華からすれば、呼び出しや告白など応じずに無視すれば良いと思うのだが、伊織の性格上、ちゃんと応えるのが礼儀だと思っているようだった。そんな伊織の本音が見え隠れしていたから、チキンナイツは余計に告白できなかったのだ。もちろん、彼らに告白させない為に、それとなくその事を伝えていたのは春華なのだが。

 しかし、そんな平穏で楽しい時間は、いとも簡単に崩れ去った。

 昨年の初夏──伊織の父の死。あれが彼女達の転機だった。伊織は、父の死後、感情を失った。もちろん完全に失っていたわけではないが、明らかに喜怒哀楽が減った。というより、頑張って喜怒哀楽の表情を作ってる、という状況だった。彼女は、春華達に心配をかけないように、表情を作っていたのだ。

 春華達は彼女を元気付けようと頑張ったが、結局それは実を結ばなかった。彼らが気を遣えば遣うほど、彼女も彼らに気遣い、更には申し訳ないという気持ちを増幅させていただけだったのだ。今にして思えば、伊織は放っておいて欲しかったのかもしれない。

 そして、伊織は春華達に何の相談もなく、東京の高校への転校を決めてしまった。唯一、彰吾の両親にだけは相談していたそうで(と言っても事後報告だったようだが)、それから彰吾の父も、東京へ異動願を出して、そこに彰吾もついていく形で、同じ学校に転校した。


(うち、ほんまに親友やったんやろかなぁ……)


 先程、そんな〝ごめんなさいの申し子〟事麻宮伊織を陥落させた唯一のオトコ・麻生真樹と話した際に、彼から言われた言葉をふと思い出した。


『お前さ……本当に伊織の親友なわけ?』


 これを言われた時、春華は怒りよりも先に怯えを感じた。あの時は怒りの言葉を並べたが、ぎくりとしていたのは事実だった。


(きっつい事言いよるわ、ほんま)


 春華は、自信が持てていなかったのだ。本当に自分は伊織の親友なのか、伊織も自分と同じように思ってくれているのか、自信が持てなかった。だからこそ、彼女にその気持ちを聞きたかったのだ。

 少なくとも、春華の知っている伊織は、あそこで一緒に来ないでほしいと明確にこちらの申し出を拒否する性格ではなかった。

 春華の知る伊織は、押しに弱い。いつも春華が駄々をこねれば、仕方ないなぁと笑って、受け入れてくれる。そんな伊織に、初めて拒絶されたように感じたのだ。だから彼女は、悲しかった。寂しかったのである。

 春華は、それが勘違いだと思いたかった。彼氏に気を遣っているだけだと、男のせいだと思いたかった。しかし、そうではなかった。彼女は自らの意思で変わり、彼女を変えたのは、他ならぬ彼氏の存在だったのだ。

 麻宮伊織は、もうここで仲良く五人で遊んでいた時の麻宮伊織ではない。そう実感させられてしまった。

 そして、あれほどひどく落ち込んでいて、心を閉ざそうとしていた伊織を救ったのも、間違いなくその彼氏なのだ。彼女に笑顔を取り戻したのは親友の春華ではなく、彼氏・麻生真樹のお陰だった。そして、それを誰よりも知っているのは、春華自身だったのだ。


『図書室に誘え、一緒に帰れ』


 伊織が桜ヶ丘高校に転校した日の夜、こう電話で麻生真樹と仲良くなるよう伊織に助言を送ったのは、他ならぬ春華だ。転校初日、初めて男性に興味を持っていると見受けられる相談を伊織から受けて、テンションが上がって色々アドバイスしてしまった。そして、その男と仲良くなる過程で、彼女は見事に復活を遂げていたのだ。

 惨敗だった。親友の面目も糞もない。いや、伊織はどちらも大切だと言ってくれていたから、惨敗ではないのかもしれないし、彼氏と競い合う事自体が間違っているのかもしれない。

 しかし、春華は確かに、惨敗だと感じた。そして、なぜ伊織があれほどあの彼氏を愛して、電話でさんざん惚気るのか、その理由がわかった。

 事麻宮伊織に関して、きっと、彼と争っても、誰も勝てないのだ。少なくとも、告白する事すらできなかったチキンナイツでは足元にも及ばない……春華は、肩を落とす菱田と宮下を見て、そう思った。


「はあ……にしても、伊織は相変わらず可愛かったなぁ」


 宮下が、巨躯に似合わず恋する乙女のようにうるうるした瞳で教室の天井を見上げた。


「いや、可愛いだけちゃうで。半年前にはなかった色気があった!」


 菱田が、チッチッと指を左右に振りながら言った。まるでアイドルのコンサートの帰り道、推しについて語り合う感覚で伊織への思いを二人で馳せている。

 きっと、彼らにとって伊織は、付き合う対象ではなく、アイドルのような存在だったのかもしれない。彼らは、推しを守る親衛隊の立ち位置で満足してしまっていたのだ。


「なんで伊織から色気出てるか気付かへんの?」


 だから春華は、思わず意地悪がしたくなって、こんな事を話しだしてしまう。素っ頓狂な表情を作っているが、腹の底では大爆笑している。彼女は、この二人を傷つける事実に気付いているからだ。


「そんなん〝〟に決まってるやん!」


 少し大きめの声で、言ってやる。菱田と宮下の目が点になって、沈黙した。きっと頭の処理が追い付いていないのだろう。

 ついでに、少し大きめの声で言ってやったのは、このクラスには、伊織に憧れながらも仲良くなれなかった男が他に何人かいる事に、春華は気付いていたからだ。菱田と宮下以外にも絶望をプレゼントできるとなると、春華にとっては完全な愉悦だ。

 教室が静まり返って、しばらくの沈黙の後──


「嘘やああああああ! 春華、嘘やと言ってくれえええええ!」

「あの伊織が、そんな事するわけないやん! なあ、そうやろ⁉ 伊織はそんな事したらあかんねん! 天使やねんで⁉」

「本人が言うてたんちゃうんやろ⁉ じゃあ春華の思い込みやんな⁉」

「お前嘘言うのも大概にせえよ⁉」


 教室にいた、菱田と宮下以外の男子からも、阿鼻叫喚の声が上がった。麻宮伊織とは、ここ藤坂高校では、それだけみんなから憧れられる存在だったのだ。


「本人に確認取ったから間違いないで」


 春華は嘘を吐いた。まだ確認は取っていない。

 ただ、確認を取らなくても、それは伊織を見ていればわかる事だった。女がこんなに短期間で大人になって綺麗になって色気を出すには、アレを経験する以外ないのだ。自分にも身に覚えがあった事なので、それは確信に近かった。

 伊織は、もう〝女〟になっている。どうしても本人の確認が必要であるなら、来月会った時に白状させてしまえばいい。春華はそのように考えていた。


「多分昨日も旅館でヤッてるんちゃう? 修学旅行の思い出作りで」


 これは完全な嘘だ。ただ、面白いので言ってみただけである。


「嘘やぁぁぁぁぁ!」

「俺らの麻宮が……汚された……」

「あの男……絶対次見かけたら殺す!」

「もう柔道の全国大会とかどうでもええわ……東京行ったらあいつ探してコンクリ目掛けてヴァンデヴァル投げやった後十字固めで腕へし折ったる……」


 男達の阿鼻叫喚はその日いっぱいまで続いて、五限以降は授業にならなかった。そんな男子達を見て教師は困惑し、女子は「男子キショい」とドン引いていた。


(どや、彼氏! うちに喧嘩売るからこうなるねん!)


 春華は、腹の中で大爆笑しながら、負けっぱなしだった麻生真樹に対して、ささやかな復讐を果たしていたのだった。


 ◇◇◇


 ――京都、新京極。


「くしゅん、くしゅん、くしゅん!」

「ぶぇっくし! ぶぇっくし!」


 ちょうど新京極通りを観光がてらに歩いていた麻宮伊織と麻生真樹は、同時にくしゃみをして、顔を見合わせた。滅多にくしゃみをしない二人だからこそ、首を傾げ合う。


「……大丈夫か?」

「真樹君こそ」


 お互いに鼻を啜りながら、笑みを交わして、新京極を歩き出す。新京極は東京にはない雰囲気の商店街で、真樹からすれば、新鮮な場所だった。


「風邪かなぁ。昨日、冷えちゃったしね」

「なんか悪寒もしたし……風邪引きかけてるかもな。今日は早めに寝るか」

「それか誰かが私達の噂してるのかも」

「あー……どうせ榊原が俺の事学校でボロクソ言ってんだろ」

「もう。春華はそんな事しないってー」

「いや、あいつだけは信用できん。あいつからは信と同じ臭いがする」


 そんな事を言い合って、またお互い顔を見合わせて笑った。

 そして、二人は京の街で、手を繋ぐ。もちろん彼らは、藤坂高校でどんな事が起こっているか、知る由もなかった。


(了)

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