9-9.亀裂

 清水寺に至る道で、二年坂という坂がある。

 京都の風情を感じるには持ってこいの場所であるのだが、中々キツい坂だ。お土産屋さんが並んでいるが、そこにはうちの高校(桜高)の生徒もよく見掛ける。五人グループで行動してる奴等なんてごく一部で、皆二人から三人一組で動いてるみたいだ。それを見てちょっと安心した。大体二人か三人ぐらいの方が動きやすいのだから、その方が良いに決まっている。

 人間皆違うので、例えば一つのお寺に居座ってゆっくり眺めるのが好きな奴もいれば、沢山のお寺を巡りたいという奴もいる。社会人ならばそのどちらかに合わせるのだろうが、生憎だが俺達高校生はそれができる奴とできない奴とが分かれてしまい、そこに不満や軋轢が生じる。気心が知れた奴とならそんな不満も感じないだろうが、大して仲の良くない奴がグループに混じっていた場合は何らかのイライラが生じる可能性が高いのだ。おそらく学校側は仲間外れを防ぐ事を重点したのだろうが、それ等を考慮した場合は少人数での方がいい。

 俺達はお土産屋巡りは帰りにする事にして、清水寺の本堂に先に行く事にした。何故俺達が清水寺を行く事にしたかと言うと(正確には行く様に命じられたのだが)、それは本堂の中に地主神社と言う縁結びで有名な神社があるからだ。

 付き合ってるんだから今更縁結びも糞も無いと思うのだが、眞下と信の言うがままに決定されてしまった。彼氏彼女の組合せで行く方がいいのも確かだし、良い思い出になるとも思ったので承諾させて頂いた。

 そして、その清水寺を前にした時は、色んな意味で圧巻だった。俺達と同じ学校の生徒と外人が多数を占めたのである。さっき二年坂を上っている最中にももちろん思ったが、町並みや風景は純和風なのに外人が沢山いるという、何とも奇妙な光景であった。さすがは京都内でも屈指の外人出現ポイントだ。

 よくテレビとかで見る三重塔や仁王門は凄いと思ったが、何だか綺麗過ぎて違和感がある。新品みたいで、逆に安っぽい。それ等の前で伊織と写真を撮りつつ、いざ本堂への入場券を買おうとした時である。

 見覚えがある関西弁のセーラー少女にでかい声で呼び止められた。


「あっ、伊織ー! やっぱり清水におったんや♪」


 昨日会ったばかりなのに忘れるわけがない。伊織の親友である、榊原春華だった。


「⋯⋯断ったんだよな?」


 伊織にだけ聞こえる様に言った。


「う、うん⋯⋯そのはずなんだけど」


 彼女は気まずそうに答えた。俺達があまり歓迎した気持ちでない事等全く気付いた様子もなく、榊原春華はこっちに駆けてきた。


「やっぱ清水やったんやぁ。なかなか泉堂も使えるやん」


 どうやら情報提供者は彰吾らしい。おのれ⋯⋯こんな形で俺に仕返しをしてくるとは思わなかった。


「春華、学校はどうしたの?」


 伊織は詰問するように、少し口調を強めて訊いた。


「サボりに決まってるやん。成績良い奴にはうちの学校甘いのは伊織も知ってるやろ?」

「それはそうだけど⋯⋯」

「伊織もそんな堅い事言わんといてや~。早起きしてわざわざ京阪乗り継いできたんやから。な、彼氏さんも良いやろ?」


 ここで嫌とは言えるほど、俺は度胸がある人間ではない。というか、断れる奴なんていないだろう。

 伊織によると、この榊原春華という子は、校内トップの成績保持者だそうだ。藤坂高校とは京都方面の大阪の学校では、そこそこの進学校で、決して周りが馬鹿というわけではない。偏差値で言うなら桜ヶ丘高校より上である。人は見掛けによらないと言うが、これは意外過ぎだ。

 予想外の参戦者が現れた御蔭で、俺たちは三人で清水寺本堂と地主神社を観る事になった。鳥居を潜り、石段を上ったところにそれはあった。「えんむすび」と書かれている提灯が沢山あり、神社全体が赤くて妙に明るい。そして、神社の中心には恋占いの石があった。十メートル程離れた二つの石で、目を閉じて石から石へたどり着けると恋が叶うと言われているらしい。うちの生徒達も何人か面白がってその占いをやっていたが、俺達の恋は叶っているから、別に無理してする必要はない。下手して失敗したら、逆に嫌な記憶として残るだろうし。

 案の定榊原は伊織につきっきりで騒いでいるので、どうしても俺一人浮いていた。その光景が何だかやけにムカついて、俺は一人で神社の奥の方へ行った。奥には絵馬が沢山あり、時期が時期だけに縁結び神社にも関わらず受験祈願もよく見掛けた。

 あまり良い趣味とは言えないが、人が願を込めた絵馬を見るのは結構好きだ。思わず「頑張れよ。願い叶うといいな」って言いたくなるくらい字が光と希望のエネルギーを放っているからだ。しかし、ここの絵馬はそんな気持ちにならなかった。大半が『ダーリンと一生一緒に居れますように!』とか見てるだけで恥ずかしくなるものばかりだ。

 縁結びの神社に来ているのに相手の親友に邪魔されてる俺がここにいるのに、御利益なんてあるわけない。

 結局さい銭も絵馬も書かず先程の恋占いの石のところに戻ると、榊原が見事もう片方の石にたどり着き、占いを成功させて喜んでいた。彼女の恋が叶おうとどうなろうと、俺には何の興味もなかった。俺が気になっているのは、まさか今日一日中着いて来る気じゃないだろうな? という疑問のみだ。こんなイライラしたまま一日過ごすだなんて、思い出作りどころではない。

 だが、結局空気は変わる事なく清水寺の本堂も回り終えた。伊織もこちらを気にして全く楽しめてなさそうだったが、この榊原という女は気付いていないらしく、常にハイテンションだ。写真も三枚程撮ったが、さぞ不機嫌な俺が写っているだろう。


「彼氏さん、次は何処行く予定なん?」


 丹塗りの桜門〝赤門〟とも呼ばれる仁王門の前で、榊原はこちらを向いて訊いた。


「二条城。その後は新京極かな」


 彼女はさっきから俺を呼ぶ時に『彼氏さん』と言う。俺には一応麻生真樹という名があるのだからその呼び方はやめてくれと言おうかと思ったが、止めた。もうそんなツッコミを入れる気力もなかった。


「二条城⋯⋯バスで行った方が良かったんちゃうかな?」


 こっちの気分も考えず、ついて来て当然という感じで唸っている彼女を見て、俺も色んな意味で唸りたくなった。


「ねえ、春華⋯⋯」


 そんな俺を見たからか、伊織はおずおずと親友に話し掛けた。


「せっかく来てもらったのにこんな事言うの何だけど⋯⋯やっぱり私、真樹君と回りたい。昨日も言った通り、もう藤高の修学旅行は行ったんだから⋯⋯」


 凄く躊躇してる言い方だった。まるでパンドラの箱を開こうとしてるかの様にだ。お願いだから解って、と祈りながら話している様で、見ていて痛々しかった。しかし、彼女の祈りは通じず、榊原の方も傷ついた表情を見せた。


「な、何や⋯⋯あんたもそうなん? 男できたらそっち中心になる様な奴やったん?」


 そして、それは徐々に怒りに変わっていく。


「そんな⋯⋯春華、誤解しないで。そうじゃなくて、」

「何が違うんよ? うちより彼氏の方が大事なんやろ!」


 伊織の声を遮って、榊原は声を荒げて言った。周りの観光客の視線が一瞬こちらに集まり、またすぐに気まずそうに視線を逸らした。


「そらな? 確かに今年のお正月に用事できて会われへんかったのはうちが悪いよ? でも、ずっと会うの楽しみにしてたのに⋯⋯うちかてあんたと一緒に居たいんやで?」


 その言葉で正月の伊織とのLIMEのやり取りを思い出した。『友達と会えなかった』と伊織から連絡が来ていた記憶がある。あれは榊原春華の事だったのだ。


「春華、ごめん⋯⋯でも、」

「もぉええって。要するに、今は新しい学校の修学旅行やから昔の友達は邪魔やって言いたいんやろ? そら今の方が大事やもんな」


 その言葉に伊織は心底傷ついた表情を見せた。彼女としてはそう思われるのが一番恐かったのだ。ただ、傷ついてるのは伊織だけじゃない。榊原も同じだ。

 俺が悪かったのだろうか。

 その光景を見て、思った。どうして親友同士が傷つけ合う結果になってるんだ? 俺が我慢してれば、昨日から不機嫌さを表情に出していなければ、こんな事にはならなかったんじゃないか? 信みたいに調子合わせてれば三人仲良く楽しめたんじゃないか? 彼女と一緒に居たいと思った俺がガキ過ぎるのか?

 いやいや、違うだろ。

 確かに俺がガキなのもある。だが、例え俺が合わしていたとしても、伊織だって榊原が来る事は望んでいなかったのだ。藤高と桜高を区別していたから。だから、結局同じ事になっていたのかもしれない。

 しかし、伊織は今後悔している。できる事ならやり直したいぐらいに思っているだろう。だが、榊原はそんな伊織に更に追い撃ちをかけた。


「人って半年経たへんうちにそんな変わるんやな。あんただけはいつまで経っても親友やと思てたのに⋯⋯」

「春華⋯⋯」


 その絶交宣言とも取れる言葉に、伊織は顔を伏せた。伏せる寸前、伊織の瞳がじわっと涙が浮かんだのが見えた。

 何だか無性にこの榊原春華に腹が立ってきた。確かに伊織は、彼女を傷つける事を言ったかもしれない。しかし、自分勝手な行動をとり続けてきたのは誰だ? 昨日彼女はちゃんと断ったのに、それでもついてきたのは誰だ? それが無ければ今日誰も嫌な思いなんてしなかったのだ。

 それに、このままでは伊織があまりに可哀想だ。このままこいつを帰らせてはいけない。俺はそう思い、意を決しては榊原に声をかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る