9-4.悪夢の予感
京都タワーの後は銀閣寺と金閣寺を回り、それから今日泊まる旅館へと移動した。京都での団体行動はそれだけで、残る観光地は自分達で行ってレポートを書く。割と自由度が高い修学旅行だ。
しかし、その道中に俺はまたしても不機嫌になり、そしてそれは今に至る。
散々な一日目を終えて、今は旅館の客室だ。夕飯は当に終えて今は風呂タイムであるが、俺達のクラスは順番が早かったので、消灯までの時間を部屋で寛いでいた。
風呂では定番のノゾキを信が試みていたが、隙間はやはり無かったそうだ。伊織の彼氏として無くて良かったと喜ぶべきなのか、男として残念に思えば良いのか微妙なとこである。
「ノゾキ穴が無かったのは残念だが……ま、今日は麻生が笑わせてくれたから良しとするか」
信がバンバンと俺の背中を叩いた。俺はムスッとした表情で彼を一瞥すると、ドライヤーで髪を乾かし続けた。
俺が本日何度目かの不機嫌状態に陥ったのは、あのバスの移動中である。事もあろうか、後ろの席のアホ女子が迷惑にも俺と伊織が手を繋いでいた事を発見してくれて、はたまたお節介にもそれをみなさんに報告してくれるというアホな事をぶちかましてくれたのである。御蔭様で車内は爆笑冷やかしムードに一転し、信以外の男子からは冷たい視線が向けられ、それ以来バスで伊織とは話せなくなった。
金閣寺に着けば変わると耐えたが、中を回る際は俺は男子グループから追い出され、伊織も女子グループから弾き出されて、二人で回る事を強制された。そしてそれを遠くからクラスの奴らに観察されていたので、もはや半イジメだ。自発的に二人で回るのなら楽しめたのだが、周りの冷やかしが常にあったのでは楽しめるはずが無い。
本当に散々な修学旅行だ。ドライヤーを元あった洗面所に戻して、溜息を吐いた。何度溜息を吐かせる気だと言いたい。しかし、まだ何かある。もっと面白くもない残酷な事が起こりそうな気がしてならない。何が起こるかわからないが、次は絶対にその事態から逃げてやる。洗面台の鏡に映る自分に、そう言い聞かせた。
部屋割は男子の方がお得だった。外国語科の男子は八人しかいないのだが、八人で二つの部屋に分けられたからだ。それに対して女子は三十二人を四つで分ける。要するに、一部屋八人というかなり狭苦しい思いをしなければならないのだが、修学旅行は多い方が楽しいと女子はあまり不満には思わなかったようだ。
俺の部屋は信と彰吾と、普段俺とはあまり話さない三島だ。三島は阪神タイガースのファンで、彰吾と仲が良い。それなりにナイスな部屋割だと思う。残り四人の外国語科男子は嫌いな奴ばかりだし、俺を嫌ってる連中だ。安心して眠れやしない。
信と彰吾も知らない間にどこかに行ってしまい、暇で仕方ない。三島とは話す事もないので、退屈凌ぎにロビーに降り立った。
ロビーでは何人かの生徒が旅館内のお土産屋か自販機前にちらほらいた。さすがに制服姿の奴はおらず、みんなジャージか旅館から配られた浴衣を着ていた。俺も今はジャージである。ロビーの談話室では、おそらく付き合っているだろうと思われる男女が話している姿も見受けられた。
「やれやれ……みなさん楽しそうな事で」
そんな皮肉を呟きながら自販機でジュースを買って一人で寂しく飲んでいると、肩をパンと叩かれた。振り返ると、旅館の浴衣を着た眞下詩乃がいた。
「なーに暗い顔してんのよ!」
「悪いかよ?」
「みんなから祝福してもらったんだから、もうちょっと幸せそうな顔しなさいよ」
「一回殺すぞお前」
あれのどこが祝福だと言いたい。全くもって楽しくない上に、有り難くも何とも無かった。祝福するつもりなら、どうかそっとしておいて欲しい。
「そんな事言って良いのかな~?」
「はぁ?」
急に得意気な顔を見せる眞下に、首を傾げた。こいつに弱みを握られた覚えはない。
「せっかくあたし等の部屋に案内してあげよーってのに、その態度は無いんじゃない?」
「別に行きたくないし」
「へぇ? あたしと伊織が同じ部屋っていうの忘れちゃった?」
伊織……そのキーワードに耳がぴくっと反応してしまった。行きたい。本心としては行きたい。
「今、ちょびっと行きたいって思ったんじゃない?」
ちょびっとじゃない。すごく、だ。
「思ってねーよ。信でも誘えよ。きっと尻尾振って行くぜ?」
「残念でした! 信も彰吾君も、そんでもって神崎君も来てるよ」
「は?」
通りでみんな部屋にいないはずだ。しかも俺に黙っていくとは……何かムカついてきたぞ。
しかも、彰吾は良くてなんで俺だけハブられてるんだ。納得がいかない。散々ネタにして遊んだ揚句、仲間外れにするってどうなんだ?
というか、何故神崎君もいるんだ? 他のクラスの女子のとこに遊びに来たりすると、双葉さんとの関係がおかしくなりそうな気がしてならないのだけども。
「来るでしょ?」
「まぁ……ちょっとだけなら」
「そう来なくっちゃ!」
この数時間後、俺はこの決断を死ぬ程後悔する事になる。いや、これからすぐ後にも後悔した。ちゃんと眞下の部屋割を確認してから行くべきだったのだ。
◇◇◇
「伊織ぃ、麻生君も連れて来たよ~!」
眞下が部屋に入るなりそう言った途端また冷やかしの声が上がり、俺は来て早々に後悔した。後悔した理由は、それだけではない。トランプをしていた信がバツの悪い顔をこちらに向け、顎で俺の右に座っていた子の方をしゃくった。何で仲間外れにされた揚句にそんな顔されなきゃいけないんだと思いながらそちらを見てみると、信が俺を誘わなかった理由がわかった。
――白河梨緒。昨年六月に俺を見事なまでに振ってくれた女だった。それだけではない。俺を振っただけには飽き足らず、その半年後には俺が告った事をいきなり言い触らしたり、調子に乗るなと喧嘩売ってきたりと、とにかく俺の事が大嫌いな女だ。
俺と目が合うと、当然彼女は目を逸らした。伊織も恥ずかしがって俺と目を合わせてくれない。なんだこの状況? 地獄か? というか眞下、俺と白河莉緒の事知ってるのになんで連れてきたんだ? それとも、頭が悪すぎてもう忘れたか?
「……あ、悪い。やっぱ帰るわ」
その選択以外、何が残されているのだろうか。それが一番何の音沙汰も起こらず、一番安全なのだ。俺がそう言うと、伊織が少し意外そうな、ちょっと残念そうな顔をした気がした。
「ほらほらー、そんなノリ悪い事言うから伊織ちゃんが寂しそうにしてるじゃない! ずぅっと麻生君を心待ちにしてたんだから」
「し、してないから!」
そんな伊織の表情を目ざとく見つけたクラスの女子が騒ぎ立てる。伊織は毎度の如く慌てて否定してるが、冷やかし熱は加熱するばかりだった。
「ほら、そういう事だから早く麻生君も入りなさいよ」
眞下が俺の背中をぐぃぐぃ押して、無理矢理伊織の横に座らせる。当然、伊織は恥ずかしがって顔を伏せているので、話せるわけがない。
ひたすら気まずい。周りは楽しいのかもしれないが、当事者達は大迷惑だ。何か話さなくては。
「……よっ。元気?」
「う、うん。元気」
苦し紛れでそんな会話をしたのが、余計に周りに笑いの種を与える事になってしまった。
「ちょっとこの二人超面白いんだけどー! 可愛過ぎ!」
「初々しいねー。あたしも肖りたいわ」
何処が面白いのだ。ちっとも面白く無い。何が初々しいだ。言っておくけどな、やることやってんだぞ、こっちは。とてもここでは言えないけれど。
その後も、からかいは続いた。そうやってからかうのは構わないのだが、近くに彰吾がいる事を忘れないでほしい。
彼の不機嫌そうな顔を誰か察しろ。頼むから。あと白河の無表情なのに人を殺しかねない表情も察しろ。お前らは楽しいかもしれないけれど、こっちは色んな意味で胃がヒリヒリしてるんだよ!
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