7-11.付き合って一か月記念日

 その後、信が突然駅前のゲーセンに行こうと言い出したので、それに付き合うため駅前へと向かった。家に帰るにしては少々遠回りだが、どうせ帰っても部屋で暗くなっているだけだ。それならゲーセンで暇潰しをする方がいい。


「今日、何日か知ってる?」


 何の脈絡もなく信に訊いてみた。彼は怪訝にこちらを見たものの、スマホを開いて日時を確認した。


「二十四日だけど、それが?」

「そう、二十四日。俺と伊織が付き合い始めて一か月」

「あっ……」


 俺達は先月のイブから付き合い始めた。だから、今日で丸一か月という事になる。本来なら、今日は交際一か月記念日としてデートでもする予定だった。しかし、伊織はもうそんな事も覚えてないのかもしれない。


「お前、さっき『このままじゃ振られる』って言ってたけど、これってもう自然消滅してるんじゃないか?」


 信は答えなかった。多分、これは的を得ているから言葉が見つからないのかもしれない。


「もう、あんま考え過ぎんなよ。考えたって解決の糸口が見つからない時もあるんだからよ……もうちょっと時間空ければまた変わるかもしれないだろ?」

「そうだな」


 そうは思えなかった。とてもではないが、これは時間が解決する問題ではなく、時間で悪化する問題だ。時間が経てば経つ程話辛くなるし、もうそれが自然になる。俺と白河梨緒が気まずい関係である事に慣れてしまうように。

 しかし、だからと言って今すぐ話せるというわけではない。あれほど露骨に俺を避けているのだから、電話は出てもらえないだろう。万が一電話に出てもらえても、逆に顔が見えない分ボロカスに言われてしまいそうなのが恐かった。

 本当に、イライラする。俺はそのイライラをゲーセンでぶちまけるように、格ゲーでは信に勝ちまくり、パンチングマシーンで本日の記録を叩き出してやった。一通りのジャンルのゲームをやって、最後にUFOキャッチャーを見て回っていると、俺の目に止まるぬいぐるみがあった。

 ――全国五〇〇体限定、全長六〇センチの巨大クマプー。一回二〇〇円。

 クマプーとは伊織の好きなクマのキャラクターで、俺がクマプーのキーホルダーをつけていた事から彼女とLIMEを交換するに至った。UFOキャッチャーの中にいるクマプーは二匹共マイクを持ってるからシンガー・クマプーだ。伊織が気に入ってる種類である。


「あ、クマプーじゃん。しかも限定品? よくこんな小さなゲーセンにあったな」


 全国でも五〇〇体限定だからなのか、巨大なUFOキャッチャーの中に二体しかなかった。


「でも、こんなでっかいの誰が取れんだよ。ぼったくりだ、ぼったくり。行こうぜ」


 信は他のぬいぐるみの所へ行こうとしたが、俺はおもむろに百円玉を二枚取り出し、入れた。


「おっ、やんの? 麻生ってUFOキャッチャー得意だっけ?」

「小さいぬいぐるみなら取った事あるけど、でかいのは一度も無いな」

「なら、何でだよ。お前って限定品とかに惹かれるタイプじゃ……」


 そこで信はハッとした様子で言葉を詰まらせた。彼も伊織とLIMEはしている。なら、もちろん彼女からクマプーのスタンプを受け取った事もあるだろう。


「お前って……健気だよなぁ」

「……うるせーよ」


 俺は信の方を見ずにそう応えると、クレーンの操作に集中した。横と奥行きを慎重に合わせ、クマプーの真上にクレーンを持っていくと、クレーンがカパッと開いてぬいぐるみの首を掴んだ。


「おっ、やったじゃん!」


 信が歓声を上げた──が、クレーンはぬいぐるみを掴まず、スルッと抜けて定位置に戻った。限定品だけあって、簡単に取らせる気は無いらしい。


「今のでダメなのかよ! やっぱぼったくりじゃねーか」


 信が横でぼやいているが、俺はもう二〇〇円入れて再トライした。今度は腕を狙ったが、結果は同じだった。現在ある小銭は五〇〇玉一枚と百円玉は残り三枚……次に取る自信は無いので、信に五〇〇円玉の両替をお願いし、もう一度チャレンジした。が、やはり失敗。


「糞……!」

「やっぱこれは取れない作りになってんだよ。麻宮の為と思うお前の気持ちも解るが、これは諦めろ。金の無駄だ」


 信は両替した百円玉五枚を渡して忠告したが、俺はそうは思わなかった。

 実際、以前に他のゲーセンで、今回のクレーン同様挟む力が弱くて少しも持ち上がらなかったぬいぐるみを、次にやった奴が獲っていたのを見た事がある。残念ながら、どうやって取ったかまでは見ていなかったが、方法はあるはずなのだ。でないとこれは詐欺になる。俺は信の文句を耳に入れず、ぬいぐるみを観察した。

 絶対に取ってやる。いや、これを取れば伊織と仲直りできるのではないかと、そんな何の保証も無い希望に縋りついてる自分がいた。UFOキャッチャーに張り付く事五分、俺は僅かな狙い目を見つけた。これで取れなかったらぼったくり間違い無しだ。俺は二〇〇円を入れて、クレーンの操作を再開した。狙い目はマイクの下の部分にある紐が輪となっている部分だ。そこにクレーンを通して引っ掛ければ、挟む力なんて関係無しに持ち上がるはずだ。そして……俺の予想は見事的中した。


「おぉー! 上がった上がった!」


 さっきまで文句ばかり言っていた信も、途端に声色を変えて目を輝かせていた。

 そのまま行けと俺は心の中で願う。そしてとうとう、全国五〇〇体限定の巨大クマプーは穴に放り込まれ、UFOキャッチャーの下から姿を見せた。


「うぉぉー、麻生スゲー! お前スゲー!」

「はっはー! 見たか、俺の頭脳プレーを!」


 俺は全長六十センチの巨大クマプーを抱き上げ、上に放り投げて歓喜に震えた。周りから見ればイタイくらいの喜びようだったが、彼等もチャレンジしてみた時に俺の喜びが解るだろう。

 ゲーセンの店長さんにぬいぐるみを入れる袋を貰いに行くと、このクマプーはどうやら今日仕入れたばかりらしく、僅か八〇〇円で取られたと知った時の落胆ぶりと言ったらなかった。もっとこれで稼ぐ気だったのだろうが、残念ながら俺の頭脳と愛の力には敵わなかったらしい。

 もちろん、これを取ったからと言って、伊織と仲直りできるわけではない。渡す事もできないかもしれない。

 だけど、運を惹き寄せる要素になったと思う。俺はクマプーの頭を撫で、幸運を願った。

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