7-9.友達がいて助かった

 伊織と会話をしなくなって、更に三日が過ぎた。今日は木曜日で、俺にとって地獄の日である。ホームルームで、修学旅行でどこに行くかをグループで決めなければならないのだ。

 そのグループとは、以前集まった六人、則ち信と眞下、彰吾、中馬さん、そして伊織……。仲が良いメンバーで揃えたはずなのに、俺はこの中で三人と気まずい関係になってしまっている。その三人の中では中馬さんが一番マシなのだけれども、いずれにせよ厳しい状況である事には変わりが無い。

 今日は図書室組と、パソコン室組でグループを二つ分けて調べ物をする日だ。スマホで調べるでも良いと思うのだけれど、なにせみんな通信制限の恐怖と戦っている。学校の調べ物で通信量を使いたくないので、みんなパソコン室を用いるようだ。

 信が気を利かせてくれて、俺は眞下と中馬さんとで図書室で調べられるようグループを分けてくれた。本当に信には感謝してもし切れない。あいつがいてくれると、こういう時に本当に救われる。

 信はニカッと笑って見せ、そのまま伊織と彰吾を引き連れて、教室を出て行った。


 図書室に来るのは随分久しぶりだった。先月に期末テスト対策勉強会をして以来だろうか。あの頃はまだ伊織と付き合ってなかったが、中馬さんや彰吾とも気まずくなっておらず、毎日が楽しかった。

 せっかく念願の伊織と付き合える事になったのに、何でこうなるのだろう? おみくじでは大吉だったくせに……やっぱりあんなのインチキだ。


「麻生君、この本京都のお寺とか載っててイイ感じじゃない?」


 日本の歴史関連の本棚の前で、適当に本を取ってパラパラとめくっていると、眞下が訊いてきた。


「えっ? ああ、イイ感じイイ感じ」

「でしょでしょ~? んじゃ、借りてくるねー」


 眞下が開いたページなんて全く見ていなかったが、適当に答えたら喜んで受付までパタパタと走って行った。図書室内では静かにしましょう、という掛札が真横にあったが、見なかった事にした。


「……っていうか、いちいち調べるより京都のガイドブック買えば早いよね」

「な、中馬さん⁉」


 中馬さんがいきなり何と話し掛けてきたので、心臓麻痺を起こしそうになった。彼女とちゃんと話すのは、クリスマスの雪の日以来だった。伊織と付き合っている事を、信の次に知られた日。そして、中馬さんから気持ちを打ち明けられた日。あれ以来、中馬さんとはちゃんと話していない。どう接していいかわからなくて、どことなく俺が避けていたのかもしれない。


「あ、確かにそうだよな。その方が端的だし、楽だし……でも、学校側としてはちゃんと調べさせないといけなかったり」

「そっか。面倒だよね」

「まぁ、内緒で買うのも有りだろ?」


 言うと、中馬さんは微笑んだ。かなりびっくりしたので、必死で会話を繋げたのだが、どうやら成功したらしい。ただ、そこからの会話が続かなかった。気まずい沈黙が、俺達の間に流れていた。俺達は無言のまま、本のもくじを見て役に立ちそうな情報だけを探していた。京都関連の本が多い割に、中々有力な本がない。詳しい京都史の本があれば良いのだけれど、それもなさそうだ。中馬さんも分厚い本を開いていたが、あまりにも字が細かく沢山あるので、途中で読む気力がなくなったらしく、閉じて元に戻していた。


「……麻宮さんと喧嘩してるの?」


 中馬さんが不意に訊いてきたので、息が詰まりそうになった。

 彼女の視線は本棚に向けられたままだった。


「いや……喧嘩って言うのかな、これは。もう五日くらい口も利いてないのは事実だけど」


 伊織と不仲なのを見抜かれていたのには驚いたが、素直に答えた。久しぶりに話せたからかもしれない。とにかく苦しかったというのもある。


「原因は?」

「……わからない。わかってたらこんなに苦労しねぇよ」

「え? ポッキーじゃないの?」


 少し驚いた表情をして、俺の方を見た。


「ポッキー事件知ってんの?」

「うん。前に詩乃から相談された。どうすればいいかわからないって」


 眞下は眞下なりに責任を感じて、悩んでいるらしい。もしかしたら、眞下も俺と伊織が話していないのに気付いているのかもしれない。中馬さんも気付いていたのだから、それも有り得る。


「で、中馬さんはどう思う?」


 彼女は首を傾げ、暫く考えてから、わかんない、と困った笑みを見せた。


「あたしの場合だったら、ゲームやりたくなかったら帰るし……麻宮さんとは性格が違うから、やっぱりわかんないよ」


 そうだ……中馬さんなら嫌な事は嫌とはっきり言い、例え場の空気が悪くなろうが帰るだろう。そのマイペースさが彼女の強さであり、魅力だ。中馬さんは少し考え込み、あんまり関係無いかもしれないけど、と先に言ってから続けた。


「一つだけ言えるとしたら……今の麻生君、昔みたいになってるよ」

「昔?」

「麻宮さんが転校してくる前。自分の殻に閉じ篭ろうとしてる感じがする。何て言うか……らしくないよ」


 言われてから気付いた。確かにそうかもしれない。この暗い気分、一人になりたくて堪らない気分、少し排他的になってしまう気分、そしてそんな自分へのイライラ……これは俺が白河梨緒にフラれてからの、希望を失って生きる事が惰性となっていたあの頃に近い感覚かもしれない。


「なるほど……確かに。教えてくれてサンキュ」


 素直に礼を言うと、中馬さんは微笑んでくれた。

 危ないところだった。またあの時みたいになってしまっていたら、多分伊織との事も諦めてしまっていたかもしれない。

 そうなる前に気付けて良かった。少し元気になった気がする。

 ふと、中馬さんが以前と少し変わっている気がした。最近よく見ていなかったからかもしれないけど、何かが違う。いつもはキツい感じなのに、妙に優しく見える。

 髪の色は前と同じ茶髪で、眼鏡も茶色いフレーム……メイクをしているのだろうか。


「な、なに?」


 俺がいきなりジロジロ見てしまったので、少し困惑させてしまっているようだ。


「あ、悪い。何か前と違うなって…………」


 そこで気付いた。前髪だ。いつも前髪クリップで止めているのだが、今日は降ろしている。だから優しく見えるのだ。


「あ、解った。前髪降ろしたんだな。正解だろ?」

「降ろしてるっていうか、クリップ忘れただけなんだけど……」

「偶然か。でも、雰囲気違って優しい感じがする」

「そう? 前髪邪魔なんだけどね……」


 少し照れているようだが、嬉しそうだ。クールビューティーにそんな顔をされては俺も恥ずかしくなってしまって、再び本棚に視線を戻した。


「あのぉ~……お楽しみのとこ悪いんですけど、資料ちゃんと探してる?」


 気が付くと、顔を引き吊らした眞下が後に立っていた。


「ああ、任せろよ。バッチリだから。今から二回目の読み込みに入るんだよな?」


 中馬さんに同意を求めると、彼女もこくりと頷いた。


「嘘吐くなー!」

「バカ、うるせーよ。ここ図書室だぞ?

「みんな喋りながらやってるからいいでしょ!」

「いや、他の子は良いけどお前は煩いんだよ。口チャックしとけ。そしたら信にもきっと惚れられ──」


 俺の言葉は、眞下の持っていたでかい本が俺の頭蓋骨にクリーンヒットした事によって、遮られた。俺はあまりの痛みに頭を抱え込んだ。


「お前な、加減しろ! 首がおかしくなったじゃねーか! また下敷きチョップ食らいたいのか⁉」

「ふん、今の私にはこいつがあんのよ、返り討ちにしてやるわ!」


 眞下は本を構えて、もう一度攻撃をしかけてきた。そんな騒ぎを起こしてると、もちろん担任が怒って駆け付け、俺達三人(中馬さんはほぼ巻き添え)は説教を食らう羽目となった。

 だが、何だか気分はスカッとして気持ち良かった。自分を見失わずに済んだからかもしれない。巻き添えを食った中馬さんは非難の目をこちらに向けたが、俺は心の中で礼を言った。

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