6-14.不安なライブ前

 日付は十二月三〇日と変わり、今年も残すところあと二日となった。この一週間で人間関係が変わってしまい、バンド内の空気も危うかったが、何とか年末ライブに間に合わす事ができた。俺達五人は昼過ぎに桜ヶ丘駅前のライブハウス『Club BLOOM』に集合し、早めに衣裳に着替えた。初めてライブハウスの楽屋に入るが、やっぱり緊張してしまう。その緊張を誤魔化すために、控室で談笑をしながら、出番を待った。

 Unlucky Divaのライブはいつも慌ただしいなと思うが、これからもそうなるんだろうか。そして、その〝これから〟というのは、どの程度先まで続くのだろうか。ふと、昨日の伊織との会話を思い出して、そんな事を考えている自分に気づいた。

 信達がどう考えているかはわからないけれど、昨日の様子を鑑みる限り、『Unlucky Diva』がいつまでも続くとは思えなかった。伊織と彰吾、そして俺の三人がいるバンドで、上手く回るのだろうか。

 昨日はテンションが落ちていた伊織だが、今日はすっかり復活している。今は誰にも見られないように、少し離れてオリジナル曲の歌詞を確認していた。伊織は先日歌詞を書き直したいと言ったものの、新しい歌詞については俺にすら教えてくれなかった。本番に一回こっきりしか歌わないから、と言って練習時は俺が書いた歌詞で唄っていたのだ。

 歌詞は教えてくれなかったが、曲名だけは教えてくれた。『ライラック』というらしい。ライラック……確か花の名前、或は紫色という意味があった気がするけど、それ以上は知らない。

 信がこっそり後ろから覗こうとしていたが、途中でバレて怒られている。見られて恥ずかしい歌詞なんて本当に歌えるのか? というか、本番で自分の書いた歌詞と俺の歌詞が混ざったりしないのだろうか。


「やあ。調子はどう?」


 神崎君がコーラのペットボトルを差し出してくれた。「サンキュ」と礼を言い、フタを開けて飲む。喉に刺激を与えながら、コーラは胃へと流れて行った。


「調子……まぁ、やっぱり緊張気味かな」

「誰でも緊張するから気にしなくていいよ」

「神崎君でも?」

「もちろんだよ。プロの人でも緊張するって言うからね」

「マジ? それ聞いてちょっと安心した」


 俺だけ極度に緊張しているのかと思っていたが、そうでもないらしい。前回は学校の文化祭だからある意味気が楽だったが、今回は全く知らない人達の前で演るのだ。耳の肥えた客もいるかと思うと、どうしても緊張してしまう。

 伊織をちらっと見てみると、先ほどと変わらず一生懸命歌詞を見ながらぶつぶつ言っていた。緊張よりも歌詞の暗記の方が大変のようで、それどころではないらしい。


「演奏しながらでもちゃんと聴いてあげなよ?」

「え?」

「『ライラック』だよ。きっと麻生君向けに書いたんだと思うからさ」


 壁際で歌詞を口づさんでいる伊織を眺めて神崎君が言った。


「いや、彰吾宛かも知れねぇだろ。わかんねーよ、そんなの」


 頑張って聴いてみるけど、と俺はあまり期待した様子も見せずに答えた。伊織に叱られた信は、彰吾を連れて控え室前にいた女の子集団に話し掛けに行っていた。多分、同じ高校の人達だ。私服なので確信は無いが、顔に見覚えがあった。


「またそんな事言って。今更泉堂君宛に書くわけ無いでしょ。仮に泉堂君宛だったら、あんなに照れないよ」

「そうかな……」


 そうかもしれない、と思いつつも、信達と話している女の子が誰だったかを思い出そうとしていた。話した事は無いが、顔に見覚えがある。記憶の引き出しから情報を引っ張り出していると、その集団の中に知っている女の子がいた。あの中にいるおさげの可愛い女の子……あの子は、神崎君の彼女の双葉さんだ。双葉さんはキョロキョロと中を見渡し、人を捜していた。

 なるほど、信は双葉さんを連れてくるために、双葉さんの友達を何人かライブに誘っていたのだ。相変わらず、策が張り巡らされている。


「ここ数日、二人共無理して距離置いてるんでしょ? 打ち上げの前に二人で居られる時間作ってあげるから」


 どうやら神崎君にはバレてしまっていたようだ。彼も洞察力があるタイプなので、なかなか嘘が吐けない。


「いや、そんなに気を遣ってもらわなくていいけど……俺に構ってる暇あるんなら、カノジョさんの相手してやった方が良くね?」

「え?」


 俺は入口付近に向けて「ほら、王子様を捜してるみたいだし」と顎でしゃくった。

 ようやく神崎君を見つけた双葉さんは、こちらに向けて手を振った。


「な、何で明日香がいるんだ⁉ 今日だけは来るなって言ったのに!」

「今年最後の王子様の晴れ姿を見たいだけだろ? そんな事言ったら可哀相じゃねーか」


 神崎君は恨めしそうにこちらを一瞥し、人を陥れて楽しそうな顔をしている信達の元へ向かった。

 こういうところを見ると、早めに伊織と付き合ってる事を信に言っといて良かったと思うのであった。あいつに隠し事をするとろくな目に遭わない。

 ふと楽屋の時計を見ると、出番まで二時間を切っていた。出番の時刻が近づくにつれ、胃がキリキリと痛む。

 もしかしたら、文化祭の時のようなライブはもうできないのかもしれない。もっと時間を費やせば直るかもしれないが……まだ先の事だろう。とりあえず今はできる範囲で最高の仕上がりにするしかないのだ。

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