6-2.クリスマスイブデート

 レストランでは、上品なクラシック音楽が流れていた。うっすらと暗い室内ではキャンドルに燈された炎がゆらめいていて、どこか夢の中にいる様な気分になる。

 伊織もその炎をぼんやり眺めて前菜を待っていた。そして、キャンドル越しに目が合うと、彼女は照れ笑いをして視線をずらした。


「何で照れるんだよ」

「だって、こんな風に二人っきりの食事って初めてでしょ?」

「まぁ……カフェではよく一緒に食べるけど、マスターいるしな」


 彼がいるとどうも監視されている気分になるのだった。俺も照れてないと言えば嘘になる。予約の電話の時なんて緊張しまくったくらいだ。


「ところで、ほんとに大丈夫なの?」


 伊織が店員に聞こえない様注意しながら小声で言った。


「何が?」

「凄く高そうなお店だけど……」

「ああ、大丈夫。今日はクリスマス価格で大分安くなってるから、ちゃんと俺が払うよ」

「え? そんなの悪いよ、割り勘にしよ?」

「バカ、俺にもかっこつけさせろって。初めてのクリスマスで、初めてのデートなんだからさ……オトコの立場ってもんがあるだろ?」

「うーん……そんなの気にしなくていいのになぁ」


 伊織は俺の言葉に納得はしていない様子だったが、難しい顔をしたまま食前酒を口にした。本格フレンチと聞いていたから、テーブルマナーも厳守しなければならないと思っていたのだが、周りを見る限りそこまで固くはない。クリスマス記念で値段も手頃な事もあり、客層も若い連中が多いせいだろう。皆さん普通にぺちゃくちゃ喋ってらっしゃるし、マナーを守れてない奴も多い。

 テーブルマナーは覚えてはいるけど自信は無いと言っていた伊織も、その点は安心していた。実は俺も、先日一般常識だか何だかの本を引っ張り出してきて復習していたのだった。それに、あまり堅苦しくても困る。いずれにせよ、高校生でこんなませたデートをしてる奴なんてごく少数だろう。

 本当はイタリアンにしようかと思ったのだが、イタリアンを食べるならSカフェで食べた方がいい事は解っている。あそこ程安くて旨いイタリアンは無いのだ。おまけにコーヒーも美味しくて、文句が無い。せっかくのデートなのに自分のバイト先の料理と比較してしまうのもちょっとナンセンスだ。それならいっその事、全く経験のないフレンチにしようと思い至ったのだった。

 食前酒を飲み切ったところで、前菜が運ばれてきた。『うに風味のクレープ包み 海の幸サラダ』というらしい。さすがにウニがクレープに包まれてるのは俺達も初めて見たので、少々驚いた。


「……さすが本格フレンチ」

「いや、フランスにウニってあんのか?」


 フランス料理に疎いせいか、あまりピンと来ない。しかし、味は美味かった。それからも色々な料理を食して、最後にデザートのクリスマス特製のケーキを平らげた。


「そういえばプレゼント、ロッカーに入れたままだね」


 食後のコーヒーを飲んでいる際に伊織が言った。ちなみに、コーヒーはマスターが入れたやつの方がやはり美味しい。


「そうだった。今渡せれば良かったのにな」


 この後だったら渡すタイミングが難しくなる。ちょっとミスったかもしれない。後はツリーを見るだけだ。いや、正確には俺の今日一番の頑張り所がある。

 ――告白。

 本当にOKしてもらえるのだろうか。今更自信が無くなってきた。それでも、逃げるわけにはいかない。ライバルの彰吾だって、正面からぶつかったのだ。俺だってあいつに負けない。負けたくない。


◇◇◇


「ごちそうさまでした」


 店を出ると、伊織は笑顔で手を合わせてお礼を言ってくれた。


「ちゃんとしたフランス料理食べたのって初めてだったけど、すっごく美味しかった」

「満足してもらえて何より。ただ、毎回こんなもん奢れないからな。次どっか遊びに行く時にマックだったりファミレスだったりしても怒るなよ」


 昨日では三万以上あった所持金が、プレゼントとディナーで大半飛んでしまった。まぁ、今日の為に稼いだ様なものだ。悔いは無い。


「怒らないよ。確かに今のフレンチはとっても美味しかったけど、私は真樹君と一緒だったら、何だって──」


 美味しいんだから、と彼女は消えかかりそうな声で言った。言った途端彼女は顔を真っ赤にしていたが、俺だってそれは同じだ。

 恥ずかしさを隠す様に、彼女の手を取って少し早く歩いた。ツリーはイルミネーションで包まれており、確かに綺麗だった。しかし、問題点がある。それは、人が多過ぎる事だった。幻想性ってものが全く無い。恋人達はくっつきながらツリーを眺めているのだが、あまりにも密度が高い。それに、ツリーの前で記念撮影イベントまでやっている。これではムードもへったくれもなかった。


「……人、多いね」


 伊織も同じ事を思ったようだ。


「ごめんね。私が食べるの遅いばっかりに……」

「いや、別にいいけど。それに、この人だかりじゃあんまり変わらねーよ……」


 俺は考えに考えた。情報誌の内容を必死になって思い出して頭の中を検索してみると、一つだけ良い場所があった。


「そういえば、ここから歩いて十分ちょいのところの教会にもツリーがあったと思うけど……行く?」

「うん、行きたい!」


 伊織は嬉しそうに頷いた。今日に備えて何回もデート情報誌を読み直しておいて良かった。今から行く教会は、雑誌で小さく取り上げられていた程度だったので、おそらくここより人は少ないはずだ。よくよく考えれば、そっちの方が穴場チックで良かったかもしれない。

 俺達は荷物をロッカーから出して、その足で教会へ向かった。

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