4-9.【Unlucky Diva】初ライブ

 ステージに上がると、歓声があがった。というか、明らかに俺達の時だけ観客が多い。信の客引き効果もあるが、ボーカルがあの麻宮伊織というのが話題性抜群で、集客効果も絶大だったらしい。あの子がボーカルやるなら見てみたい、という連中で一杯なのだ。

 俺はアンプとエフェクターにコードを繋いでいると、セッティングを終えた彰吾がこちらに話しかけてきた。


「麻生、神崎、アレやるで」

「アレ? まじでやんの?」

「いいね。信君怒りそうだけど」


 あまり乗り気でない俺とは対照的に、神崎君がやる気満々だった。

 アレなぁ……ちゃんと弾けないんだよな。そんな事を考えていると、神崎君がギターをアンプに近付けてでハウリングを起こさせて、それに合わせてドドドン、と、彰吾がロータムとフロアタムを叩いた。

 同じリズムで四拍あけたあと、ドドドン……ドドドン……ドドドン……そして、五回目、彰吾のロータムとフロアタムに合わせて、俺と神崎君がギターをハモらせて厳ついメタルフレーズを奏でる。同じフレーズを四回繰り返したあと、彰吾がツインペダルをドコドコと一六分で踏み、激しいフレーズに入った。SLAYERのRaining Bloodだ。まだ始まってもない音出しで、スラッシーな音楽を流すものだから、会場が一気に沸いた。そして、見せ場の更に早いAメロに入ろうとした時──


「お前らサウンドチェックで遊ぶなぁー!」


 信がコーラスマイクを使って叫び、俺達のお遊びを遮った。信が×サインを出して一生懸命演奏を停めている様子が面白かったようで、会場が笑いに満ちている。


「邪魔すんなや、信! ここから俺の高速ブラストビートが炸裂するんやで!」

「どうせ叩けないだろお前。あとSLAYERはブラスト使わねえから!」


 そんなメタラーしかわからないマニアックな会話を交わす。ここから先はほぼ適当にしか弾けないので、ちょうど終わってくれてよかった。


「はい、今のなしでーす。Unlucky Diva始めまーす」


 伊織が笑って流すように話を終わらせると、会場がドッとウケる。よし、いい感じに伊織の緊張もほぐれたし、俺も指は動きそうだ。

 俺達四人は彰吾に向かって同時に頷いた。開始の合図である。それを確認した彰吾がスティックを頭上で打ち鳴らしてカウントを取り、どアタマを揃えて一曲目のイントロに入った。

 Unlucky Divaのサウンドがアンプから大音量で流れ、音の圧が会場へと降り注ぐ。

 この最初の一瞬──俺はこの時に、何だか昇天してしまったかの様な錯覚を受けた。スポットライトがやけにまぶしくて、意識が遠退くのではないかと思ってしまった程だ。実際はそんな余裕などあるはずがなくて、演奏についていくので必死だった。細かなミスを除けば、演奏自体に問題はなかったはずである。ギターを弾きながらコーラスのデスボイスアレンジを熟せている自分に驚きだった。

 二曲目では彰吾の悪い癖が出て一人でハシってしまい(曲のテンポをキープできずにどんどん速くなる事)少々焦りはしたが、何とか失敗せずに無事二曲目も終わった。

 彰吾はドラマーでありながら、テンポキープがあまり得意な方ではない。クリック(メトロノーム)を聴きながらやっているわけではないので、余計にハシってしまうのだ。そして、その速度にこちらがついていくので必死になり、俺達の演奏も乱れやすい。

 信が曲の合間、何かを彰吾に注意をしに行くのが見えた。ノってしまうとハシるドラムはあまりよくないのだが、それを除けば彰吾はパワーもあるし、パフォーマンスも上手いので、ドラマーとしての素質はあると思う。クリック練習を繰り返してリズムを叩き込んでもらうしかあるまい。

 最後の曲に入る前に、伊織のMCが入る。MCを入れるか入れないかでかなり迷ったが、初心者バンドだし、学園祭なのだから、挨拶程度はした方がいいだろうという事で、MCを入れる事になった。

 今、伊織はバンドについての自己紹介をしていた。俺は彼女のMCに耳を傾けつつも、腕を組みながら観客をぼーっと見つめていた。結構色んな奴がきている。見覚えのある奴や無い奴、そして嫌いな奴もいた。二年外国語科の塊も見つけ、彼女達はこちらに気付いてもらえるようキャーキャー言いながら手を振っていた。「麻生せんぱーい、シビィ~っス!」などとついさっき聞いた声も聞こえるが、大半は伊織に対する歓声で、どさくさに紛れて告っている奴もいた。

 この盛り上がりには、苦笑が漏れた。なんだかんだ、学祭では上手い下手よりも激くて楽しそうであれば、それなりに盛り上がるのだ。

 それはともかく、最後の曲……例のオリジナルの曲だ。この曲は、今までの二曲より練習量が少ない為、少々自信が無い。しかし、これまでの二曲のように、シャウトコーラスをやらなくても良いので、演奏に集中する事はできる。

 練習時の神崎君のアドバイスなどを回想していると、伊織が何度かこちらの名を呼んでいる事に気付く。


「おーい、真樹くーん。話聞いてるー?」

「え、何が?」


 慌ててマイクスタンドに立てられたマイクを引き寄せて答えたのだが、会場にドッと笑い声が満ちた。


「何が、じゃなくて……『皆さんに一言お願いします』という振りだったんですけど」


 客席に一言? そういう振りがあるのなら、打ち合わせの時に言っておいて欲しかった。いきなり振られて答えれるわけがない。


「えっと……特に無し、かな」


 ブーイングを食らうと解っていたが、他に何も浮かばなかったので本心をそのまま言った。


「はい、ちょっとシャイな真樹君でしたー」


 伊織はわけの解らぬコメントを付け加えて客席に笑いを誘っておき、次は信の方へマイクを持っていく。

 なんだかんだ言ってMCうまいじゃないか、と感心した。人前で話すのが苦手だから、という理由で彼女は最初MCを嫌がっていたのだが、Unlucky Divaのメインである伊織が話した方がいいと言う信と彰吾に押し切られ、渋々ながら承諾したのだった。

 今現在、嫌がっている素ぶりはない。おそらく、二曲演って気分が高揚しているのだろう。俺も緊張なんて跡形もなく消えてしまっているので、その気持ちはよくわかる。

 信も「お前等もっとかかってこーい!」とかわけの解らない事を言ってるし、彰吾も似たりよったりだ。神崎君は俺のようにネタにされない程度にコメントを残している。

 ノリが良過ぎる二人に頑張ってついて行く三人、というメンバーの個々の性格がよく出ているMCとなった。メンバー全員の『一言』が終わると、伊織は再びステージ中央に戻って曲紹介を始めた。


「次に演る曲はUnlucky Divaのオリジナルです。作詞は真樹君で、作曲は信君。とっても良い曲なので、是非聴いて下さい」


 歓声が湧き上がる。

 何だかアイドルのコンサートっぽくなってきたな、と俺は思った。それだけ伊織にアイドルのオーラがあるからなのだろうか。

 そうだとしたら、信の企画モノは見事成功だ。俺がボーカルをやっていては、ここまで観客達を盛り上がらせる事はまず不可能だろう。人を惹きつける才……或は人柄。伊織は案外アイドルが天職だったりして。


「『Your Heart』です」


 そこでハッとし、俺は慌てて頭を切り替えた。伊織が曲名を言ったら曲に入るという段取りだったのを思い出したのだ。彰吾がハイハットを4発を叩いて、曲に入った。

 今までのラウドスタイルとは打って変わって、メロディアスな音が流れる。優しいのだけどどこか寂しさのある曲調で、神崎君の奏でるアルペジオのフレーズが暖かさと寂しさを醸し出す。そして、Aメロへと繋がった。

 伊織は曲調によく合っている、優しい声で唄い始めた。

『いつもの朝 いつもの風 いつも通り雲は流れ逝き 日常に溶け込み消え逝く


 だから気付かない 君の本心

 だから気付けない 君の悲しみ


 ふと見せる 潤んだ瞳 僕は動揺隠せず目を逸らし

 次に見た時はいつもの笑顔


 目尻から零れ落ちそうな雫

 気付いてないフリして他愛無い会話を交わす


 気のせいだと思って……

 気のせいだと信じて……


 だけど それじゃあ いつまで経っても 君に近づけやしない

 君の悲しみを分かち合いたいんだ

 だから 待つよ 君が話して 打ち明けてくれるのを

 君の力になるから

 君を助けたいんだ

 君の心を開けてよ


 いつもの君 何かに耐え また無理して心を苦しめる

 君は何に怯えてるの?


 誰にも言えないなら 僕に言えばいい

 誰かに言いたいと 君の瞳は言っている


 だけど 君を救える保障は無い それでも戦いたい

 君の闇を取り除きたいから

 だから 心開いて その闇を僕に吐きかけて

 君の悲しみを受け止めたいんだ

 君の力になるから

 君を救いたいんだ

 君の心を開けてよ


 だから 待つよ 君が話して 打ち明けてくれるのを

 だから 心開いて その闇を僕に吐きかけて

 君の悲しみを受け止めたいんだ

 二人で戦い抜こう

 君は独りじゃない

 もう無理なんてしなくていいから』

 伊織は、頭の上からスーッと透き通る声を出して、ミスなく唄い切った。歌詞を書いた当初は、多少気張って唄ってもらう事になるだろうなと思って書いたのだが、こんなにしっとりと収まるとは夢にも思わなかった。

 信が作った原曲はアップテンポなポップロックだったのだが、歌詞のイメージや各パートの希望を織り交ぜて編曲していくと、何やら曲そのものがバラードに変わってしまった。しかし、メロディーはあくまでも信が作った曲をベースとしているので、彼も満足している。

 そして歌詞であるが……これは、完全に俺から伊織に対しての気持ちだった。どうせ意識してしまうなら、とことん本心を書いてやろうとほぼヤケクソ気味になったというのもあるが、文化祭までの日数的にあまり歌詞だけに時間をかけてもいられなかったのだ。

 この歌詞が伊織自身に対してのものであると彼女が気付いているのかどうかは解らない。彼女は「いい歌詞だね」と言ってくれはしたが、歌詞の話題にはそれ以降触れなかった。目敏くも、信は「お熱いメッセージな事で」と嫌味な事を言ってくれたが、何の事やらととぼけてやった。


「どうもありがとー!」


 伊織が最後にぺこりと頭を下げると、歓声が更に湧き上がる。

 アンコールが起こりそうな勢いだったので、足速にステージ裏に下がった。もしされたとしても、それに応えられない。俺達はこの三曲しか演奏できないからだ。

 ステージ裏では、次に演奏する奴等が恨めしそうにこちらを見つめてきた。恨みたくなる気持ちはわからなくもない。これだけ前のバンドに盛り上げられると、次にやるバンドはやりにくいのだ。俺達は「頑張って」と彼らにエールを送り、控室へと戻った。


「お疲れーっ」


 控室では眞下詩乃を初めとする、クラスの奴等が何人か集まっており、入るや否や、成功を祝う声をかけてくれた。


「おう、眞下。どーよ、みなさんのノリは」

「超盛り上がりって感じ! みんなカッコよかったよ。プロ目指しちゃえば⁉」


 ああ、眞下のバカ。そんな煽てたらまたこいつらが──


「おっ、それええやん!」

「来年辺りにプロになって大ブレイク、紅白出場間違い無しってか⁉」


 ほら、そんな調子の良い事を言うから、彰吾と信がうるさくなった。バカか……この世界そんなに甘くないんだって。浮かれる彼らの様子を横目にギターをケースに仕舞いながら、溜め息を吐いた。伊織は女の子達に囲まれて騒がれており、神崎君は他の掛け持っていたバンドのメンバーと話をしていた。

 よく見てみると、洋平や木下の後輩グループですら信達のところに集まっていて、俺だけ独りぼっちだ。まあいいけど、と内心拗ねながら制服を持ち更衣室に着替えに向かった。またホストホストと言われるのも鬱陶しいし、独りポツンとしているのも虚しくなってくる。ちょっと頑張ったくらいでいきなり人気者になれるほど、やはり世の中上手くいかないらしい。

 他のメンバーをぼんやりと眺めて、溜め息を吐いた。

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