4-8.文化祭デート?
必死で伊織を探す為に校内を駆け回っていた昨日に比べて、今日はまだ文化祭の雰囲気を楽しめた。もちろん、今日は今日で三時間後にステージがあるので緊張はしているのだけれど、隣に伊織がいる。それだけで、ただの文化祭が特別な文化祭へと変化を遂げていた。
同じクラスの女子は伊織を見つけてはキャーキャー騒ぎ、その間俺はやや気まずい思いをしながら、彼女達が話し終わるのを待っていた。一方、男共は俺を羨望の眼差しで睨んでくる。学校のアイドル的存在の伊織と二人で歩いているのだから仕方ないと言えば仕方ないが、いい加減嫌になってくる。とは言え、ここ二週間は伊織だけでなく、バンドのメンバーと行動する事が多かった。鬱陶しい視線は置いておいて、今は二人の時間を楽しみたい。
「学校内をこんな格好で歩くのも変な感じだよね」
伊織は俺と自分の衣裳と周りの制服姿の生徒を見比べて言った。
「まあ、卒業生も私服だし」
そう言うと「あ、そっか」と伊織は頷いた。
実際、他のバンド出演者達も衣裳だし、仮装姿で歩いている連中も多いので、私服だからといって特段に浮く事はない。
「ところで、さっき何で真樹君は凹んでたの?」
「ああ……それは」
隠すのも面倒なので、スーツ姿をホストだ何だとからかわれた事について正直に話した。
「じゃあ、今のこれは同伴?」
「あのな」
「うーそ。冗談だよ」
伊織は楽しそうに笑った後、耳元で声を潜めて、こう付け足した。
「真樹君が一番スーツ似合ってたよ」
耳に彼女の吐息が触れて、ぶるっと身体が震えた。驚いて彼女の顔を見ると、うっすら頬を染めている。
「それって、どういう──」
「麻生せんぱ~い!」
訊き返そうとした時、ふと後方から呼び声がかかった。
振り向くと、青い『祭』と書いたハッピを着たスポーツ刈りの青年が、爽やかな笑顔でこちらに手を振っている。
「あれ、洋平じゃん。どうした?」
彼の名は菊田洋平と言い、中学からの後輩だ。元はと言えば、バスケ部だった信の後輩だったのだが、信と親しい俺の事も先輩扱いしてくれる。ちゃんとした会話をしたのは彼が高校に入ってからであるが、結構気の利いた良い奴である。彼はその明るい性格から、一年の中では顔が広い。さすが信の後輩といったところで、俺とはえらい違いである。
信によると、洋平は中学の時から女ウケがよかったらしい。高校に入ってからもそれは変わっておらず、よく女子と仲良くしているとこを見る。
「どうした、じゃないですよ。うちのクラスの前そのまま通り過ぎないで下さいよ」
ふと見ると、今は五組の前にいた。彼のクラス(六組)の前を素通りしてしまっていたのである。
「あー、悪いな。忘れてたよ。お前んとこ何やってんの?」
「一応テーマは『祭』っス。射的とかヨーヨー釣りとかやってますよ」
「それで『祭』のハッピを着てるわけか」
「そっす! よければ、キレーなお連れさんの方もご一緒にどうぞ!」
洋平は伊織の方にぺこりと頭を下げた。
伊織は「ありがとう」と微笑んで返し、俺の方を向いた。
「こんなに言ってるんだし、寄ってあげようよ」
心なしか、ちょっと嬉しそうである。
「まあ、いいけど」
やっぱり洋平は女性の扱いが上手いな、と俺は思った。あっさりと伊織に親しみを持たせている。それが許せる爽やかさを持ち合わせているからできる芸当なのだろうが、これは先天性のものなのだろう。彼は生まれながらにしてツイてるのだ。
やっぱり人間とは不平等だと思う。こうして先天的に得な人生を歩める奴と、歩めない奴を分けているのだ。
「つか、洋平。俺が行くのは別に構わないけど、お前だって昨日俺等んとこに来なかったじゃねーか」
ふと思い出した。後輩が先輩の出し物に来ず、先輩を自分の出し物に来させて金を払わせるのは、ちょっと筋が通っていない。
「え、何言ってんすか。昨日木元達と行きましたよ? でも、先輩が居なかったんじゃないですか」
木元とは、洋平の親友で、俺とも顔見知りだ。
「嘘吐け。俺は大体ずっと働いてたぞ」
「お昼頃、空いてる時間帯に行ったらいませんでしたよ。オマケに噂の看板娘もいないって穂谷先輩に聞いて、皆がっかりしまくってたんスから。まあ、さすが外国語科だから、他の皆さんも可愛かったですけどね」
俺達はビクッと顔を見合わせると、彼女は恥ずかしそうに目を逸らした。昼に俺がいない、そして看板娘である伊織もいない時間としたら、あの時しかない。屋上で彼女を抱き締めていた、あの時だ。思い出すと俺も急激に恥ずかしくなってきた。
「あー……なるほど。じゃあ紹介しとくよ。この方がその看板娘をやってた麻宮伊織さん。ちなみにUnlucky Divaのボーカルな」
洋平はその言葉に驚いた様で、目をぱちくりさせてから叫んだ。
「あーっ、そうだったんスか! スミマセン、全く気付いてなかったです」
「そんなに驚かなくても。それに私、看板娘とか全然そんなんじゃないし……」
伊織はやや恐縮した様子で、困ったような表情をしていた。
「いえ、全然納得ですよ。午後のライブも友達全員連れていきますから、二人共頑張って下さいね」
「何故に友達全員なんだ」
「穂谷先輩からの命令です。できるだけたくさん連れて来て盛り上げろ、と」
サクラかよ。俺は頭痛を感じ、額に手を当てた。相変わらずこういう根回しだけは上手い信だ。
「その半分にしてくれ。俺達アガってるからこうしてブラブラしてるんだからよ」
「あっ、そうなんですか! じゃあ、うちのクラスに是非寄って緊張を解してって下さいよ」
すぐさま手をもみもみして、後輩が優秀なセールスマンへと早変わりしていた。
「……お前、将来営業とかやったら絶対成功するよ」
この時、なんとなく彼の将来がわかってしまった俺である。
それから俺達は洋平のクラスの出し物で遊んだり、科学部の実験を見たりして時間を潰した。ちなみに何の実験かは最後までわからなかったが、何やら爆発していて面白かった。
軽食ゾーンでは、伊織がクレープ屋で「チョコのやつ食べたいー」と駄々をこね、説得にかなり苦労する羽目となったが(結局、ライブ後に俺が奢る事で解決したのだが、さっき「今は何か食べれる気分じゃない」と言ったのは誰だ?)、互いに良い気分転換となったようで、先程の重苦しい気分はなくなっていた。
時間もそろそろ正午に差し掛かったところで、俺達は控室に戻る事にした。戻ってみると、見慣れた人物が二人程信達と会話していて、驚かされた。マスターとSスタジオの店長である須田さんだ。Sスタジオの須田店長は、マスターの大学の後輩で、俺達に練習場所を提供してくれている。歳は三十近いはずだが、ロン毛をポニーテール風にも後ろでくくり、革ジャンを着ているようなミドルガイだ。二人はこちらに目をやると、「よぉ」とにやりと笑って迎えた。
「デートは楽しめたかい? お二人さん」
会うなりマスターは軽口を叩いた。
「デートじゃねーよ。緊張和らげにブラブラしてただけ」
「さっき眞下さんと会ったら、二人がデートしてたって言ってたよ」
またあのおしゃべり女か、とイラッときたが、今はそんな事を討論している場合ではない。第一、こんな会話を彰吾に聞かれたらただじゃすまない。そう思って辺りを見回したが、彰吾がいなかった。
「彰吾は?」
伊織も同じ事を思ったらしく、彼女が信に聞いた。
「ん? さっき帰ってきたらお前等がいなかったもんだから、慌てて探しに行ったみたいだぜ。行き違いになったんじゃねーの?」
何気なく答えている信だが、腹の中では爆笑しているに違いない。こいつはそうゆう人間なのだ。たまに何故友達を続けているのか、解らなくなる時がある。
「と、ところでマスターさん達はどうしてここに?」
伊織が強引に話題を変えに行った。このネタを引っ張ってもこいつらにからかわれるだけなので、それが正しい選択だ。
「当たり前でしょ。可愛い常連客の晴れ舞台を見てやろうという事さ」
マスターは言いながら、何故か俺の背中をバチンと強く叩いたのだった。
「痛ぇ! 何すんだよ」
「麻生、それはマスターの逆恨みだから我慢しとけ」
信は可笑しそうに笑った。理由を問い正すと、どうやら俺達には内緒でこの三人は賭けをしていたらしい。信が一人でカフェを訪れた日に、マスターはUnlucky Divaは文化祭まで続かないんじゃないかと言ったらしい。
頑張れとは言ったものの、やはり俺達が素人の集団で、伊織は半分無理矢理入れたようなものだ。しかもいきなりオリジナル曲をやるという無謀さに加えて、選曲の難しさに、彰吾や神崎君はともかく、俺がついて来れないと予測したらしい。
しかし、伊織は歌を好きになり、俺も無理をしながらだがついていって無事ライブを迎える事ができた。毎日寝る時間を削って4時間もギターを弾いていた甲斐もあったというものだ。
そう、この賭けにマスターは負けたのである。
では、一体何を賭けたのかと言うと、信はツケを全額今日中に払う(これは払って当然だと思うのだが)、そしてマスターはUnlucky Diva初ライブを祝って、カフェで打ち上げパーティーをしてくれる事を約束したのだ。
「え? じゃあマスターの奢りで何か食わせてくれんの?」
「……そういう事だね、最悪だ!」
そんな恨めし気に睨まれても困る。俺の挫折に期待していたのだろうが、俺だって必死だったのだ。しかも成功するかも解らなかった。
そして、Sスタジオの須田店長との賭けは、まさにライブが成功するかどうかが大事になってくるのだ。店長を満足させる事ができれば、何とこれからも今まで通りの価格でスタジオを使わせてくれるという。これは金銭的に相当負担が減るので、有難い申し出だ。もし失敗すれば次からは他の客と同じ金額を払わなければなるのだが、もともとそのつもりだった俺達からすれば、損のない勝負である。Sスタジオの店長は、まさしく仏のような人なのかもしれない。
一層、気合が入った。少し後、彰吾は憤慨して戻ってきたのだが、その話を聞くと途端に張り切りだした。単純な奴というか、扱い易い奴というか……どちらにせよ、そんな彼の性格の御蔭で助かっている。俺達はその後、音楽室で最後のリハを行い、ステージへと向かった。
暗いステージ裏で、前のバンドの演奏を聴く。俺達は入場の呼び声が掛かるまで、ここで待機しているように言われたのだ。
心臓が嫌と言う程跳ね上がっていて、逃げ出せるのなら逃げ出したいくらいだ。神崎君は今日三度目のステージだから全く緊張してなさそうだが、彼以外は明らかにアガっている。さすがの信や彰吾もここまで来ると緊張するようで、俺は些か安心を覚えた。
「……胃が痛くなってきたんやけど」
「俺もだよ」
「私も」
メンバー達の溜息が同時に交差した。俺達の呼び声が掛かるまでもう数分もないだろう。その時、神崎君が掌を下にして、俺達の中央へと出した。
「掛け声……やらないの? 少しは緊張解けるよ」
彼は彼なりに気を遣っているのだろう。俺達は頷き、信、彰吾、俺、伊織の順で手を重ねて行った。
「どうぞ、リーダー」
神崎君が促すと、みんなが信の方を向く。ステージ上からは『Unlucky Diva入場です!』という司会の声が聞こえてきた。信は深呼吸してから、吠えた。
「っしゃあ、行くぜ!」
「オー!」
腹の底から声を出すと、不思議と緊張は消えていた。完全にフッ切れていて、五人の気持ちが一つになった気がしたのだ。
そして俺達は、ステージへと向かった。
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