4-7.初ライブ前の緊張感

 ――文化祭二日目。クラス出し物は昨日で終わったので、クラスの連中は今日文化祭を満喫する事になっている。しかし、俺達はステージ発表がある。そう、Unlucky Divaの記念すべき初ライブだ。今から緊張で死にそうなので、他の出し物を見て楽しんでいる余裕はなさそうだ。

 俺達男四人はライブ用の衣裳に着替え終わったので、控室で伊織を待っていた。控室は体育館の地下にあり、普段は体操部などが使っているらしいが、入るのは初めてである。


「ほー。麻生、見事にホストで決めてきたな」


 信が俺の服装を見るなりそう言った。男連中は全員黒スーツで統一しているのに、どうして俺だけホスト扱いなのかがわからない。そう言おうとした矢先、クラスの女子が何人かこちらに寄ってきた。


「麻生君ってチャラいよねー」

「ホスト?」

「なんか歌舞伎町に居そう。ところで伊織ちゃんは?」


 信がまだ着替え中だ、と答えると、非常識娘達は「頑張ってねー」とだけ言い残して部屋を出た。勝手に人の服装を評価し、勝手にギャーギャー言い、そして笑いながら去って行くとは、何たる自己中な人間達。呆れ果てて言葉も浮かばない。


「俺等には何も無しかいな。麻生、人気あるやん」

「どこがだ⁉ 俺をホストだとか吐かしやがって」


 正直、ちょっと傷付いた。スーツを着るだけでまさかそんな事を言われるとは……しかも歌舞伎町とか行った事がないのに。

 みんな黒い衣装きてるのに、なぜ俺だけこんな言われようなのだろうか。納得ができない。


「いや、あれは一応ホメ言葉じゃねーか? それにお前が歌舞伎町にいても何ら問題は無いだろ。女の事泣かせてそうだし」


 意味深な視線を向けてくる信。昨日の事を言いたいのだろうが、彰吾の前でだけは変な事を言うなよ、と精一杯目で脅す。


「まぁ、本人の持つオーラとかで変わると思うし……気にする事ないよ」


 そんな俺に気遣ってか、神崎君が慰めの言葉をかけてくれたが、それは全く慰めになっていない。その言い方からすると、俺はホストのオーラを備えているという事になる。いよいよ持って認めざるを得ないのか。そのショックが緊張に上塗りされ、何だかすごく落ち込んできた。


「お、伊織や! こっちやでー!」


 彰吾は控室の入り口できょろきょろしている伊織を見つけると、彼女を手招きした。こちらに気付いた彼女が、嬉しそうに顔を輝かせて、小走りで駆け寄ってくる。


「遅くなってごめんね。クラスの子達に捕まっちゃって。ところで……どうして真樹君は落ち込んでるの?」

「なんでも──」


 ないよ、と答えようとした時、伊織の服装を見て言葉を詰まらせた。上は膝丈まである黒のロングパーカー、合わせた黒のショートパンツにレザーのショートブーツ。そして、白いソックスを短く折って履いていた。アクセサリーは小さいシルバーの大きな十字架のネックレス。普段とは異なるロックスタイルだが、パーカーが萌袖になっていて、可愛さもしっかりアピールされている。いつもとは違い、今日はかっこよさに心惹かれてしまった。


「おぉ、麻宮超カッコイイじゃねーか!」

「メチャ似合ってるでぇ! さすがうちの歌姫や! 一周くるって回ってぇや!」


 伊織は照れながらもくるっと回ってみせた。歓声が周りにいた他生徒からも飛び、頬を上気させながらもそちらにぺこりと頭を下げる。


「いやぁ、ほんとにカッコイイよ」


 神崎君も拍手を送っている。


「色んなサイト見て勉強したんだー」

「そういや最近、漫画の影響でロック系の服も流行ってるって言うよな」

「そうそう! さすが信君、詳しいね」


 信によると、女性ロックボーカリストがのし上がっていくストーリーの少女漫画が最近流行っており、その影響が大きいのだと言う。もうすぐそれの実写番映画が公開される予定らしい。


「あっ、そのパーカーってこの前買ったやつじゃね?」


 どこか見覚えがあると思っていたら、伊織を初めてカフェに連れて行った日に買ったものだ、そういえば、これは俺が選んだんだっけ。


「そう! 買ったのは良かったんだけど、なかなか着る機会なくて……実は、着るのは今日が初めてなの」


 少し照れ臭そうに、萌え袖をぷらぷらとさせている。


「俺は伊織がボーカルやるってあの時先見の明で見抜いたからこそこれを選んだんだけどな」

「ほんとにー? じゃあ、次からその先見の明に頼らせてもらおうかな。テスト問題とか」

「任せとけ。安倍晴明すら平伏してしまうくらい百発百中だから」


 俺は神主がお払いするかのような仕草をして言った。


「うそばっかり。っていうか、安倍晴明って陰陽師でしょ」

「そうそう。思うがままに式神を操って、現世に取り残された哀しき霊達をだな……」

「ねえ、何か話変わってない?」

「バレたか」


 そう言って、俺達は顔を見合わせて、笑い合った。なんだか俺と伊織の距離が昨日を境に縮まった気がして嬉しい。

 しかし、この時笑っていたのはあくまでも俺と伊織の二人だけだった。信は『はいはい、お好きにどーぞ』という冷たい表情でベースのチューニングを始め、神崎君は苦笑していた。彰吾に関しては、恐ろしくて目も合わせられない。

 普段なら、俺だってここまでボケない。妙なテンションの高さは緊張から来るのだと自覚しているし、伊織が緊張しているのもこちらに伝わってきていた。俺達の緊張を和らげる為の努力だったのだが、他メンバーにとってはよろしくないらしい。


「さてと……」


 俺と伊織がやや気まずい思いをしていると、神崎君が立ち上がった。


「どうした?」

「いや、僕は他のバンドも掛け持ってるからさ。一つ目のバンドがもう始まるんだ」

「そういえば、神崎君って掛け持ちだったんだよね。私達と居る事が多かったからすっかり忘れてた」


 伊織の言葉に、大切な事を思い出させられた。彼と一緒に演奏するのは今日が最後かもしれないのだ。一緒にいるのが当たり前のように感じていたから、忘れてしまっていた。


「いくつ掛け持ちしてるんだっけ?」


 信が訊くと、神崎君が指を三本立てた。三つか。それは大変だ。俺なら絶対に三つ目は断っていただろうが、押しに弱そうな神崎君を信が無理矢理引き入れたのだろう。


「Unlucky Divaは最後だよ」

「一番お疲れのところや思うけど、俺等のも頑張ってや」


 神崎君は当たり前だという感じで微笑んだ。

 俺達のライブは午後の部の一発目だ。時間は確か一時スタート。それまでこの緊張感に苛まれるのかと思うと嫌になるが、彼はそれまでに二つのバンドで演奏しなければならない。モチベーションと集中力の維持を考えると、彼に比べれば俺達はまだマシな方だ。


「あまり大きな声じゃ言えないけど、Unlucky Divaが最後で良かったと思ってるよ。今までやった中で一番楽しいバンドだし、他のバンドが後だったら気分がノらなくて大変だった。良かったら、これからはここ一筋でやりたいんだけど、どうかな?」


 その言葉を聞いて、俺達一同は表情を明るくした。ギターテクもあって、信や彰吾のような自己中キャラではなく、真面目な彼を拒むはずがない。ギターも教えてくれるし、俺としては個人的に彼に好感を持っているのだ。

 だが、信は俺達が賛成の言葉を言おうとするのを手で制した。


「それは、今日のライブ終わってからもう一回考えてくれよ。俺達は半分素人みたいなもんだから、本番でミスるかもしれないし。それでもこのバンドでやりたいと思ったらきてくれ」


 俺は少々、この信の言葉には驚いた。もちろん、第一に驚いたのは信が珍しくマトモな事を言ったからであるが、それ以外にも音楽に対する情熱であったり、仲間を想う気持ちであったり……今の彼の言葉から、そういったものを感じた。信は良いリーダーになりそうだ。


「まぁ、麻生が大ミスするかもしれないからな。そのカバーも神崎の仕事だぞ」


 前言撤回。最低なリーダーだ。ただでさえプレッシャーに負けそうな俺に更にプレッシャーを与えてきやがった。


「麻生君もそんなに気負わなくていいよ。間違えたって自然にしてれば観客にはバレないから」


 じゃあね、と神崎君はそれだけ言い、ステージ裏に繋がる階段の前で他バンドのメンバーと合流した。掛け声を掛け合ってから、メンバーと一緒に階段を上がっていく。


「見に行くか? 一発目だし、まだ客少ないからいい場所取れるぜ?」


 信が提案したが、あまりそんな気分にはならなかった。実際は見に行きたいのだが、それ以上にプレッシャーが勝っていた。下手に見に行き、上手い演奏を見せつけられたら、今から緊張度数がマックスになってしまう。


「……俺はパス。おさらいしとく」

「麻宮は?」

「私も歌詞の確認しようかな……やっぱり不安だし」


 伊織は自分の楽譜を取りだし、俺もギターを取って確認を始めた。


「二人共アガってるんかいな。もうちょっと楽にしたらええのに」


 彰吾が呆れれたように言うが、お前みたいな単細胞と一緒にしないで欲しい。なぜ同じ初ライブなのに、緊張しないのか。秘訣があれば聞きたい。

 上の階から演奏が始まった事を示す爆音が響いて来ると、信と彰吾は慌てて階段を駆け上がって行った。それを見届けると、俺は再びギター、伊織は歌詞に集中した。そして、数分後……同時に溜息を吐いていた。顔を見合わせて互いに苦笑を交わす。


「緊張気味?」

「うん……かなり。深呼吸しても全然落ち着かないよ」

「俺も。自分がアガリ症ってわかっててもアガってしまうってのが情けない」

「それは……アガリ症だからでしょ?」

「……そうだった」


 そう言って、互いに噴き出した。時計は十時十分を回った頃だった。出番まであと三時間弱というところだ。おそらく伊織も同じ事を思ったらしく、時計を見て溜息を吐いた。


「何か見に行く? 三時間前から緊張してても仕方ないし……模擬店見てると気ぐらい紛らわせるかもしれない」

「うん。私も模擬店見に行きたいなって、ちょうど思ってたとこ」

「食べるのは控えろよ。喉の調子に関わってくるからな」

「解ってるよー。それに、今は何か食べる気分じゃないから」


 それは同感だ。俺も油っこいものを食べると、朝食べたものをリバースしてしまいそうだ。


「じゃあ、行くか」

「うん!」


 伊織は俺の誘いに嬉しそうに頷いて、財布とスマホを鞄から取り出していた。

 あれ、これってもしかして、文化祭デートというやつなのでは?

 と、誘ってから気付いた俺であった。 

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