4-6.少しだけ縮まった二人の距離
それから俺達はファミレスで飲み食いし、騒いだ。店には大層迷惑をかけたと思われるが、それは打ち上げ禁止令を出さなかった店側が悪い。
一次会は七時過ぎに終わり、信や彰吾はそのまま二次会に雪崩込むようだが、彼らに見つからないうちにこっそり抜け出した。さすがにこれ以上巻き込まれるのは御免だ。
「あっ! コソコソ逃げようとしてる麻生君発見!」
ビクッとして振り返ると、声の主は眞下詩乃だった。横に中馬芙美と伊織もいる。
「二次会辞退はちゃんと報告しなきゃダメなんだよ?」
伊織が意地悪く笑って言う。
「バカ。俺が辞退させろと言ったところでまた強制的に参加させられるだけだろ」
「まあ、明日もあるしね~。じゃあ、麻生君も一緒に帰ろうよ」
眞下の誘いには一瞬息が詰まった。彼女がいるとは言え、伊織と中馬さんが同時にいる空間はちょっと危ういようにも思えたからだ。それが原因で、さっきも伊織が離脱してしまったわけで。ただ、屋上でのやり取りもあるし、きっと伊織ももうわかってくれているはず──そう信じて、渋々ながら承諾した。
しかし、この読みが甘かった事を思い知らされるのは、この数分後の事だった。
文化祭が終わると、期末試験がある。それにちなんで、何故かテスト期間にこの四人で勉強しようと言う話になってしまったのだった。得意科目を教え合おうという魂胆らしく、英語が得意な俺も強引にも参加させられた。伊織は全くフォローを入れてくれず、むしろ眞下達の肩入れをしたのだった。ちょっと悪戯げに目で笑っていたところを見るに、おそらく俺が嫌がっている事をわかっていて加担していた節がある。今日の事を、こうした小さな事で仕返しをしているのかもしれない。そしてこれからも小さな仕返しは続くのだろう。考えただけで胃が痛くなった。
それにしても……散々俺と中馬さんのことでへそを曲げたくせに、どうして今はこんなに仲良くできるのだろうか。女って本当にわからない。
その後、中馬さん達と別れ、俺と伊織は通学路を二人で歩いていた。
行き交う人々の中には、マフラーと手袋、そしてコートというフル装備の人もいた。隣の伊織だってマフラーと手袋を装着している。その三つのうち、どれも装備していないのは俺ぐらいな気がする。
そう思いながら、俺は鞄を持っていない方の手をポケットに突っ込み、ブルッと震えた。
「寒いならマフラーくらいすればいいのに。風邪引いても知らないよ?」
俺が震えていたのが目に入ったらしく、伊織は少し心配そうな表情を見せた。伊織に看病してもらえるなら寝込んだって構わないが、もう家には母親がいるのでそれも叶わぬ夢だ。
「……だって、俺マフラー持ってないし」
「ほんとに? 今時そんな人いないよー」
「まあ、確かに──」
そうだよな、と答えようと思った時、前方を歩いている体育会系大学生に視線を奪われた。伊織も不審に思ったのか、俺の視線を追うと……同じように目が点となっていた。その大学生は、ランニングシャツに半パンという真夏上等の服装だったのだ。俺の筋肉は寒さなど通用しない、という意志表示なのだろうか。全く理解できず、この季節に似合わぬその姿に、俺達は言葉を無くしたのだった。
「……あいつもマフラーなんて持ってなさそうだぞ」
「そ、そうだね」
俺達は同時にランニングシャツ男から目を逸らして、見なかった事にした。きっと彼はアラスカ育ちなのだろう。
「でも、手袋くらい持ってるでしょ?」
「どうだったかな……? ダサいから捨てたかも」
隣で、はぁ、という溜息が聞こえた。俺の答えに呆れたらしい。
「もう、仕方ないなー……」
ぶつぶつ呟きながら、伊織は左手の手袋を外し、自分のポケットに入れた。怪訝に彼女を見つめていると、いきなりその左手を差し出した。
「……一応、今まで手袋してたから、暖かいと思うよ?」
「へ?」
俺は差し出された手と彼女の顔を交互に見た。
「それって、要するに……」
手を繋いでいいという事だろうか? 伊織は俺の途切れた言葉の意図を読み、こくりと恥ずかしそうに頷いた。
これも、今日の屋上の時間を経た賜物だろうか。そんな事を考えながら、伊織に気付かれないように深呼吸して、彼女の手をそっと取る。
互いの指が絡まり合い、しっかりと握り合った。所謂、恋人繋ぎ。手を繋ぐのはあの祭り以来だが、あの時でもこんな風にもしっかりとは手を繋いでいなかったように思う。相変わらず彼女の手は華奢だったが、とても暖かくて、心までぽかぽかしてくる。
「こんなにも冷えてる……明日からちゃんと手袋して来てね? してるのとしてないのとでは、全然違うんだから」
伊織は顔を少し赤らめながら言った。きっと、彼女も本当は照れていて、普通を装っているのだろうと思う。
「俺は明日もこっちの方がいいんだけど」
本心をそのまま言ってみた。
「あっ、そういう事言うなら──」
言いながら、伊織は俺の手を握る力を緩めた。
「あー、嘘だよ、嘘! ちゃんと持って来るって」
くすくす笑いながら、彼女は俺の手をぎゅっと握り直してくる。
「真樹君がどうしてもって言うなら、明日もこれで良かったのに」
ぺろっと舌を出して、悪戯な笑みを見せた。畜生、騙された。どうやら完全に遊ばれているらしい。
「……お前、ぜってーSだろ」
「そんな事ないよー。真樹君だってよくいじめてくるじゃない?」
「からかいは愛情表現の一つだから俺のは構わないの」
「じゃあ、私もそれと同じって事で」
伊織と一緒にいれるなら、そうしていじられるのも悪くない。彼女の誰よりも愛らしい笑顔を眺めながら、俺はそう納得するのだった。
俺達の関係なんて、今はどうだっていいじゃないか。今あるこれが、俺達の関係だ。友達だったり恋人だったり……そんな枠に焦って無理矢理はめ込む必要なんて無い。ゆっくりと自然に育まれる愛もあるだろう。むしろこっちの方がより強い絆を作れるのではないか。俺は無意識のうちに、そう確信していた。
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