4-2.茶屋が繁盛しすぎている

 茶屋は思った以上に繁盛していた。まだ昼前なのに、ずっと満席状態だ。客層は浴衣女子目当ての男性の方が多いが、他クラスの女子が友達に会う為に遊びに来ている例も多く、大体六対四ほどの比率。

 俺達男性陣は裏方の雑用役だけしていればいいかと思っていると、知らぬ間にウェイターをやらされていた。伊織達浴衣組だけでは手が回らなくなったのと、他の女子は商品作りで手一杯となってしまったからだ。

 男性客は浴衣組のウェイトレスを見ては誰が一番可愛いだのとそういった議論を繰り広げていた。小耳に挟んだ会話によると、一番人気は伊織、次点で白河と中馬さんと言ったところだろうか。そういった会話をしている連中を見つけては、信が例の商売を持ち掛けて商談を成立させているようだった。本当にこういった事にかけては天才なのだと思う。

 昼を過ぎた頃、ようやく客足が落ち着いてきて、俺達も息が抜けるようになってきた。この時間帯は食事系統を主にしてる店に客が集中しているようだ。


「お疲れ様。お茶どうぞ」


 壁に凭れて一息吐いていると、伊織が紙コップにお茶を入れて手渡してくれた。もう片方の手には自分のお茶を持っている。まだ文化祭が始まって数時間でヘトヘトになってしまったが、伊織の穏やかな微笑みを見るだけで、そんな疲れも吹き飛んでしまう。


「お、ありがと」

「どういたしまして」


 伊織はそのまま俺の横に並ぶようにしてお茶を啜った。


「浴衣、寒くねーか?」

「うん、大丈夫」


 今日は気温がそれほど高くないので、浴衣では寒いのではないかと心配していたのだが、中に何か着込んでいるのか、案外そうでもないらしい。

 お茶を一口含むと、疲れた体に緑茶ポリフェノールが浸透した(気分になった)。何か特別に話す事もなく、俺と伊織は束の間の休憩をぼーっと過ごしていた。少し前まで、彼女と並んでいるだけでも緊張していたと思うのだけれど、今ではそれが自然であると感じるようになっているから、不思議だ。ちらりと横を見ると、伊織もこちらを見ていたので目が合って、「なあに?」と首を傾げて訊いてくる。「そっちこそ」と訊き返すと、「なんとなく見てただけ」とこっちの頬が上気するような事を平然と言ってくる。

 気がつくと、目の前に中馬さんの友人・眞下詩乃がにやにやして立っていた。


「前から思ってたけど、二人ってほんと仲良いよねー。もしかして付き合ってる?」


 タイミング悪く、ちょうどお茶を口にしていた伊織はそれを聞いて咳込んでいた。俺も緑茶を噴き出しそうになった。


「ちょ、ちょっと詩乃、何言ってるの? 私達、ただバンドとかでも一緒なだけでッ」

「そ、そうだ。それに、たかが一緒に茶飲んでたくらいで何でそうなるんだよ」


 同時にしどろもどろな言い訳をするのが逆に笑いを誘ったらしい。眞下やその周囲にいた女子が笑っていた。


「あはははは、二人とも焦りまくりじゃん! もうオープンにしちゃえばー?」


 この空気読めなさすぎるバカ女はいきなりとんでも無い事を言ってのける。彰吾に聞かれでもしたらまたややこしくなるではないか、と慌てて教室を見回すと、幸いにも彼は昼食休憩中で、今この場にはいなかった。


「眞下、そんなのいちいち気にしていたら身が持たないぞ。こいつらは日常的にラブコメしてるから。この前だってバンドの練習中によー……」

「信君!」

「信!」


 俺と伊織が同時に非難の声を向けた相手とは、やはり一番欝陶しい男、穂谷信だった。


「ほら、息もピッタリだろ?」

「あははっ、ほんとだー!」


 楽しそうが顔を合わせて笑みを交わす。


「テメー、マジで殺すぞ」


 そろそろ俺も冗談ではなく怒りたくなってきた。そういう事を教室で言うと、信じる奴もいるのだ。


「うぉっと。ヤクザも一撃必殺の麻生君がキレる前に撤退した方がいいぞ。信君のからかいタイムおしまい!」

「きゃっ、恐~い」


 調子の良い事を言ってそそくさと逃げていく二人。この二人の頭の悪さはどこか似ている気がする。というかお前等の方が息ぴったりだろう。


「ったくよ……」

「はぁ……疲れる」


 俺達は二人して溜息を吐く。しかし、そんな俺達のやり取りをクラスの連中は笑って見ていたが、中馬さんと白河梨緒だけは我関せずという感じで、完全シカトを決め込んでいた。

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