4章・やっぱり当日も波乱万丈だった文化祭

4-1.悪友の悪巧み

 いよいよ文化祭当日となった。今日はクラスで茶屋をやる日で、俺達のステージ発表──すなわちバンドの初ライブ──は明日。どちらも一般公開されるので、外部の人間も校内に入れる。

 教室に向かっている最中に驚いたことは、さすが文化祭というべきか、普段とは全く学校の印象が違っていたことだ。まだ文化祭自体はスタートしていないから外部の客はいないが、さまざまな出店が広がっており、どの生徒もあくせくと準備で忙しそうだった。

 昨年はサボってしまったから、今日が人生で初めての文化祭だ。クラスで一丸となって頑張るといったような事を最も嫌っていた俺が、最終的にクラスを団結させたのだと思うと、我ながら笑えてくる。これも麻宮伊織の力なのだろうか。少なくとも彼女がいなければ、俺はきっと、今年の文化祭も不参加を決め込んでいただろう……そんなことをぼんやり考えながら教室に入ろうとすると、教室の前にいた眞下が慌てて止めに入る。


「わわっ! 麻生君、ストーップ」

「え? 何で?」

「中で女子着替えてるからさ、男子もこれに着替えて。ほかの人の分も渡してね」


 教室の前でスラックスとワイシャツを手渡された。浴衣を着る人以外は衣装を統一してほしいとの事だった。スラックスとワイシャツはレンタルらしいが、なかなか立派だ。


「あれ? 男子の分って……三着だけ?」

「当たり前でしょ。準備も来てない人にお店をやってもらうつもりは無いわ」


 どうやら俺と信と彰吾の分だけしか用意されていないらしい。そういえば中馬さんも一度も準備に来ていないはずだが、どうやら女の場合許されるようだ。中馬さんの場合、何かご機嫌を損ねて手伝ってもらえなくなる事の方が、クラスにとって不利益と判断したのだろう。不機嫌キャラって強いよな。


「で、俺等はどこで着替えんの?」

「えー? そんなの知らないわよ。好きなとこで着替えればいいんじゃない?」


 相変わらずムカッとくる言い草だった。俺の上告以来、多少は扱いがマシになったものの、根本的なところはなかなか変わらない。

 その後、信達と合流すると、情報科の教室で着替えさせてもらう事にした。情報科は今日出し物は無く、明日に焼きそば屋をやるとのことだ。

 着替え終わってから信と彰吾がにやりと俺に笑みを向けてきたかと思うと、おもむろに「ジャジャーン!」と鞄からミラーレス一眼レフカメラを取り出した。今日の為に中古で購入したらしい。何でわざわざ一眼レフなのかと問うてみると、二人は内緒話をするかのように声を潜めて答えた。


「浴衣姿の麻宮や中馬さんを撮って売るんだよ。白河も結構人気あるからな……」

「えぇ金儲けや」


 こいつ等はどうやらクラスメイトを売って金に変える気らしい。


「でもよ、それくらいほかの奴等も考えてんじゃねーの?」

「ふっふっふっ。甘いな、麻生」

「教室の掛札見てきてみぃ」

「は?」


 言われた通りに教室の前を見に行くと『店内写真撮影お断り!』と書いてある。あまりの用意周到さに呆れを通り越して感心してしまった。

 独断で勝手に貼ったんかと思ったが、『仕事中、どこぞのマニアに写真を撮られたりしたら女性方は迷惑ではなかろうか?』と悩ましい顔で信が提案したところ、一発で承諾されたらしい。さすが信、こういうくだらない事には頭がよく回る。ただ、俺としてはその売り出した伊織の写真でどこぞの男に勝手にあんな事やこんな事を妄想されるのは許せない。


「セクシー度が高ければ高い程値段も比例するからな~」

「シャッターのタイミングが命やで。ラインが浮き出た時が狙い目や」


 下卑た笑みを浮かべてカメラマンの二人が言う。呆れてものも言えなかった。確かに、俺も伊織と友達でなければ欲しい。しかし、やはりそれは人としてやってはいけない領域だと思うのだ。肖像権の侵害にも当たるだろうし。


「ちょっと待て。お前等、伊織のそんなあられも無い姿を撮る気か? しかも彰吾は幼なじみだろうが」

「そ、そないに怒らんで良いやんか。俺も気が進まへんのやけど、普通にバイトして働く一ヶ月分は簡単に稼げるって言うからやな……」

「ほら、バンド続けてく為には金も必要だろ? 文化祭終わったらちゃんとスタジオ代払わなくちゃ悪いしさ。これは大事なバンドの運用資金になるのだ!」


 ぐっとそこで俺も詰まってしまった。バンドの運用資金については信の言う通りだった。しかし、何か上手く言いくるめられている気がする。


「麻生よ、どうだ? 何だったらお前の好きなのどれかやるぞ?」


 それは確かに欲しい。欲しいけれども、そんな欲望に負けてはならない、と強く自分の意思をして、際どい写真は無しにしてやってくれないか、と食い下がる。


「何言ってんだよ! それこそ高値で売れないじゃねーか」

 信が早速異議を申し立ててくるが、そこは彰吾も俺側についてくれた。


「……それは麻生の言う通りや。やっぱ俺も際どいのは気が進まへんねん」

「彰吾、お前裏切る気か⁉」

「いや、ちゃう。伊織のはオーソドックスなんだけにせぇへんか? 他の男にエロい妄想されんのも嫌やしな……せやけど、他は際どいの撮りまくりでボロ儲けや! そういう意味やろ、麻生⁉」

「へっ……?」


 何だか激しく意味を取り違えてる気がする、が……伊織さえ救えるなら、結果オーライなのか?

 そこから議論を重ねたところ、結局伊織はうちのバンドの顔でもあるので、変な印象を植え付けるのも良くないと信も判断し、彰吾の要求通り、伊織の際どい写真は販売NGとなった。販売NGという事は、チャンスがあれば撮るつもりなんだろうな、と何となく思っていた。もし撮っていたら、チクってやろう。


「よし、じゃあ麻宮のセクシー画は諦めて他を撮りまくるぜ! 狙いは中馬さんと白河だ!」

「目指せポロリ画や!」


 信と彰吾が拳を上げて気合の声を上げた。何だか当初の予定と違う方向で話が進んでいる気がするが、二人とも納得しているなら、とりあえずは良しとしよう。他の女子には申し訳ないけれど、伊織が無事ならそれで良い。

 女子の着替えが終わって男子の入室許可が降りると、待ってましたと言わんばかりに信と彰吾がカメラを取り出して、戦場に乗り込んでいく。俺はそんな二人の後から、遠慮がちについていくのだった。


「あ……」


 真っ先に目に入ってきたのは、赤い浴衣を纏った伊織だった。強豪ひしめく外国語科女子の中でも際立っていて、彼女だけスポットライトが当たっているかのように、異彩を放っている。


「……どう? 似合ってるかな?」


 伊織はこちらの視線に気付くや否や俺のところまで来て、くるりと回って見せた。あまりの可愛さに胸が締め付けられて、彼女以外何も見えなくなってしまいそうだった。


「……どうも何も、凄く似合ってるとしか言えない」


 もっと気が利いた言葉を言えればいいのだけれど、生憎と脳みそがショートしてしまっていて、上手い言葉が見つからない。


「えっと……ありがとう」


 伊織が顔を赤らめて、照れた笑みを見せていた。

 俺達のやり取りを見ていた周りの女子がきゃあきゃあ言って冷やかしていたが、そんな周囲の声も全く聞こえていなかった。完全に見惚れてしまっていたのだ。その少し照れた顔があまりにも可愛過ぎて、言葉が出てこない。

 そんな俺とは対照的に、早速信と彰吾はカメラを向けて撮影に入っている。


「アンタ等、自分から店内撮影禁止を訴えときながら自分は撮るわけ?」

「え? いやいや、だからこそ撮るんじゃないか。せっかくの美女達の晴れ姿を写真に納めずしてどうする⁉」


 鋭いクラスメイトのツッコミに、信は大袈裟に答える。


「俺等はみんなの活躍を想い出として納める為に撮るんや。他クラスの奴等とは目的自体が違うから安心しとき」


 他クラスの奴等よりもっと悪質じゃねーか、と俺は内心不満を呟くが、バンド運営の為なら仕方無いと思って口を噤んだ。


「ささっ、そんな事は良いから、開店前にみんなの写真も撮っちまおーぜ」


 浴衣を着ている子だけでなく、みんなも万遍無く撮って疑われないようにするつもりらしい。相変わらず信はこういうくだらない事にかけては天才だ。

 そしてふっと視線を向けた先に中馬さんがいた。眞下達と話していた彼女は俺の視線に気付き、少し微笑んで手を振ってくれた。

 悔しいながら、俺はこちらにも見惚れてしまった。紫を基調とした浴衣は妙に大人っぽく、いつも前髪は上げているのに対して今日は降ろしていた。前髪を降ろす事によって、いつもより優しい印象を受ける。それに対して、いつも降ろしている後髪をアップにし、うなじを見せていた。おそらくこれが大人っぽく見える秘訣だ。


「おはよう」

「お、おはよう」


 気付くと中馬さんが近くに来ていて、慌てて挨拶を返す。


「どうかな? 浴衣着るの久しぶりなんだけど」

「いつもと大分イメージ違うよ。大人っぽくて似合ってる」


 中馬さんも照れ笑いをし、ありがとう、っと答えた。その表情にうっとりとなってしまっている自分に嫌気がさしてきたが、美しいものを美しいと言って何が悪い、と自分に対して言い訳をする。伊織も中馬さんも別の魅力があるのだから、逆にどちらかに何も感じるなと言っても無理がある。自分の感性には素直に生きるべきなのだ。


「おぉっ⁉ 中馬さんも綺麗やなー。ほな一枚行っとこか!」


 彰吾が強引に話を進めてカメラを向けたので、俺は写真に入らないように、スッと二歩下がった。


「麻生君も入ってよ。一人だと何か嫌だし」


 しかし、彼らの狙いがわかっていない中馬さんは俺に余計な提案をしてくる。別に俺は写真を撮る分には構わないのだけれど、このカメラマンがな……と思って彰吾を見ると、『どけや!』と言葉にされなくても伝わってくるぐらい物凄く血走った目をしていた。ただ、ここで引いても不自然なので、とりあえず一枚だけ撮る事にした。


「……ほないくでー」


 彰吾もそう感じたのか、それ以上は何も言わずにカメラのシャッターボタンを押した。こうして俺と中馬さんの初のツーショット写真が撮られた。


「現像したら頂戴ね。データでもいいけど」


 上機嫌なように見える中馬さんは彰吾にそう告げて、眞下達のところへ戻っていった。


「何でワレの為に写真撮らなあかんねん?」

「い、いや……俺の為じゃなくて、中馬さんが望んでたしさ。売る写真ならいつでも撮れるって」


 彰吾は舌打ちして、次は和田さんの元へと向かった。ホッとして辺りを見回すと、教室内は撮影会となっていた。みんなスマホでパシャパシャ撮りまくっている。


「真樹くーん! 撮ろ?」


 伊織が手招きして俺を呼び掛ける。それを内心嬉しく思いつつも、気だるそうに彼女のもとに向かうのだった。


「もう。何でさっきどっか行っちゃったの?」

「いや、信が伊織を撮りたがってたからさ。俺が写っちゃマズいかなって」

「どうして写るのがマズいの?」

「うっ……」


 色々良くないんだよ。色々。言えない事情というものが大人にはあるのだ。


「あ、わかった。恥ずかしかったんでしょ?」

「そ、そんな事……」

「やっぱり恥ずかしかったんだ?」

「う、うるさいな」


 からかうような笑みを浮かべて、伊織が楽しそうに言う。こちらとしては都合の良い方向に解釈してくれたので、信達の狙いは隠せそうだ。


「あ、信君! このスマホで撮って?」


 他の女の子を撮り終えた信に、伊織は写真アプリを起動してから、自分のスマホを渡した。一瞬ギロリと信に睨まれた気がしたが、視線を逸らして気付かなかった事にしておく。


「了解。よし、行くぜー。ハイ」


 パシャ、というシャッター音がスマホから出た。よく考えれば、伊織とも初のツーショット写真だ。


「知ってる? 今ってコンビニとかでスマホの写真も現像できるんだよ。あ、信君ありがとー」


 信からスマホを受け取りながら、彼女は言った。信は相変わらず怖い顔をしていたが、必死で気付かないふりをしてやり過ごす。


「そうなのか。知らなかった」

「うん。私のスマホ、画質良いから現像しても綺麗なの。インカメの画質も良いんだよ?」

「へえ……」


 言いながら、彼女はスマホのカメラアプリをインカメ(自撮り用に内側についている内蔵カメラ)に切り替えて、グッと俺に肩を寄せてくる。スマホを縦にしてもつと、どうしてもインカメだとくっつかないと二人とも入り切らないからだ。伊織の香りが鼻腔をくすぐり、ドキドキしてくる。

 彼女のスマホの液晶画面を見ると、俺と伊織が肩を寄せ合って映っていた。そのまま「撮るよー」と言ってから撮影ボタンが何度かタップされて、ツーショットの自撮り写真が彼女のスマホに保存されていった。


「真樹君、全部顔が強ばってるよ」


 画像を確認しながら、可笑しそうに言った。本当は恥ずかしいだけなのだけれど、「慣れてないんだよ」とだけ言っておく。


「あとでLIMEに送るね」

「ああ」

「あ、でも私、現像もしたいな」


 伊織は意外にも写真が好きらしい。これも彼女の言う〝想い出作り〟なのだろうか?


「画像じゃダメなの?」

「ダメじゃないけど、画像ってデータだから、消えるかもしれないじゃない? だから、形に残しておきたくて」


 確かに、スマホが壊れてしまった場合、データは吹き飛ぶ。他にデータを移していなければ、その写真は二度と見る事ができなくなってしまうのだ。


「写真、現像したらさ……」


 不意に伊織はこちらを向いたかと思うと、小さな声で話しかけてきた。


「飾りたいから、フォトフレーム買いに行こうよ」

「ん? ああ、そうだな。俺、ちゃんとしたの持ってないし」

「やったね♪ 約束だよ?」


 わかった、と返事をしてやると、伊織はとっても嬉しそうに微笑んだ。そこで他のグループの女子から伊織に呼び出しがかかると、「うん! 今行くー」と伊織はパタパタとそちらへと向かった。


「麻生くぅ~ん、ちょっとこっちに来なさい」


 それを横で見ていた信が、にこやかな笑顔で手招きしてくる。渋々とそっちに行くと、早速本性を表しやがった。


「君ねぇ、何を我々の資金集めの邪魔をしてるんだね? 挙句にデートの約束までして……」

「いや、別に邪魔してるつもりは……」

「さっきは向こうで中馬さんとも撮ってたじゃねーか」


 そこで信はプッと噴き出し、怒りの表情を崩した。


「オメーがモテんのは解ったからよ、今日は抑えといてくれや。こっちも稼ぎ時なんだからよ」

「モテてないと思うんだけど」

「ほう……そういう素直じゃない奴にはこうだ!」


 どすっとボディに信の右拳が腹にメリ込んだ。


「ぐえええ……て、てめぇぜってー殺す」


 油断してる時にもらう攻撃ほど痛いものはない。信のパンチが運悪く鳩尾に入ってしまい、耐えられずに腹を抱えてしゃがみ込んだ。その様子を見て「だはは! ざまーみやがれ!」と満足げに笑って、信は撮影会へと戻って行った。

 このまま下手にうろついててもまた何かやられそうなので、俺は教室の端で大人しく撮影会が終わるのを待つ事にした。

 俺が一体何をやったというのだろう? 納得ができない。

 俺の文化祭は、そんな不幸の幕開けだった。

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