3-10.女子帝国に反旗を翻せ
文化祭まで残り三日。準備も終盤に差し掛かっていた。その御蔭か、俺達がパシられる回数も少なくなっていた。
しかし、だからと言って早く帰れるのかと言うと、そうではない。いつパシられるのかわからないので、仕事がなかったらなかったでぼへーっと作業を眺めておくか、信や彰吾と他愛無い話をして時間を潰さねばならないのだった。ちなみに主要キャストのひとりである中馬さんは準備活動には全く参加していないけども、御咎めなしである。彼女はただ主要キャストとして参加するだけで許されるのだ。自分の時間を自由に使える彼女がひたすら羨ましい。
それはともかく、まだ厄介な仕事が一つ残っていた。畳だ。まだ教室に運んでもいないし、もちろん拭いてもいない。それ等の作業をたった三人でやらなければならないと思うと、ぞっとする。伊織は手伝ってくれるにしても、それでもたった四人だ。
畳の事に関してまだ命令は下されていない。こちらから敢えて聞かないのは、まだ心のどこかで女子が『あたし等も手伝ってあげる』と言ってくれる事を期待しているからだ。仮に全部やれと言われたら、彰吾は反発すると言っていた。
そんな時、クラスの女子が俺達を呼んだ。
「ねーねー男子、ちょっと来てー」
俺達三人は顔を見合わせ、緊張した趣でそちらへ向かった。死刑判決を受ける時の気持ちが解った気がする。そして判決は……
「畳ね、今日と明日中に全部綺麗に拭いて教室に運んで?」
死刑だった。ある意味予想通りというか、何のサプライズも無い結果だ。しかし納得のいかない信と彰吾は猛抗議で上告を訴えた。運ぶだけならともかく、掃除もさせられるとなると、さすがに反発せざるを得ない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。はっきり言ってそりゃ無いぜ。どれだけスパルタなんだよ。お前らレオニダスかよ」
「これは半分イジメやで? たった三人で畳全部磨いて運ぶんはどう考えても無理あるし、人間的に扱い酷いんちゃう?」
俺は黙ってその経緯を見ていた。どうせ何を言っても無駄なのは明白で、こいつらに男の意見を聞いて受け入れるという発想はないだろう。去年の文化祭でもこういった事があったから、今年は他の男子が誰も参加しなくなったのだ。
正直なところ、腹は立っている。今まで散々働いてきたのに、まだ働かせるというのだ。どれだけ人を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。ただ、もしかすると、無給か有給かの違いがあるだけで、世の中に蔓延るブラック企業と同じ心理なのかもしれない。
「何も三人でやれって言ってないじゃなーい。無理なら他の男子も呼べはいいじゃん」
「いや、アイツ等一回も準備に来てねーんだぜ? 今年は手伝う気なんて更々無えって言ってたしよ」
「それやのにいきなり畳拭いて運べ言うて頼んでも手伝ってくれるわけないやん」
彰吾は大分抑えているのだろう。良いようにコキ使われている事に対して一番憤慨していたのは彼だった。彼はこの外国語科女子の理不尽さに慣れていないゆえに、この待遇への耐性がない。
もうやめようかな、とその言い争いを眺めながらふと思っていた。クラスの成功の為だとか、そういった気持ちがあるのなら力を貸しても構わない。ただ、これでは本当にただの奴隷だ。資本主義国家である日本においてあまりに非人間的扱い。ブラック企業の社員はもっと大変だと思うのだけども。
ちらっと伊織と目が合うと、彼女はいたたまれない表情をしていた。別に俺が準備を放棄したとしても、彼女に嫌われる事はないだろう。もともとこっちは被害者の立場であるし、その程度で人を嫌いになる子ではない。それどころか彼女は、影ながら女子達に俺達の待遇が改善されるように遠回しに訴えてくれていた。しかし、このクラスの女子は「アイツらはこれくらい使う方が良いのよ」と聞く耳を持たなかったのだ。
力になれなくてごめん、と伊織は自分を責めていたが、それで彼女がクラスで除け者にされでもすれば、それこそ問題なわけで……もう何もしなくていいよ、と彼女には伝えてある。
ただ、そうは言ったものの、伊織は目の前のこの状態を見て見ぬフリができる性格でもなかった。
「ねえ……二人共こう言ってるんだし、せめて畳拭きくらい手伝わない? ほら、力仕事は男の子の方が向いてるけど、畳拭くくらいなら私達でもできるし」
申し訳なさそうに発言する伊織を見て、逆にいたたまれなくなった。どうして俺達だけでなく、彼女までこんな想いしなくちゃならないのだろう。
「いーのいーの、伊織はそんな事気にしなくて。働かざるもの食うべからずよ。男は甘やかしても調子に乗るだけだから」
クラスのリーダー格のジャイ子(とりあえず横にデカいのでそういうあだ名が陰でつけられている)が意味不明な事言い、やや見下した視線で俺達を見た。その言葉・視線には憤りを感じつつも、まだ我慢はできる。が、彰吾がもうほとんど限界のようだった。
ここで彰吾がキレてしまっては本当に収拾がつかなくなってしまうし、クラスが分裂してしまうのは間違いない。もし分裂すれば伊織はこちら側に付くだろうし、そうなっては転校生二人組があまりにも不憫だ。この出来事のせいで伊織と彰吾がクラスで上手くやれなくなるのは、俺としても嫌だ。どうせやるなら、もともとクラスで嫌われている俺がやる方が、きっと良い。
気が進まないながらも、彰吾の爆発を阻止すべく、すっと横から手を上げて間に入った。
「あの……ちょっといいか?」
なによ、という恐ろしい女子たちの視線がこちらに集中する。
こ、怖い。チンピラにナイフを見せつけられた時も恐かったが、多数の女子と向き合い反論するのも恐い。女は集まると怖いのだ。
「そうやって何でもかんでも俺達を利用するのも良いんだけどさ……あんましキツい事ばっか言うと俺達もやめたくなるぜ?」
「やめたければやめていいわよ」
フンと鼻を鳴らし、強気な姿勢を変えないブサイク。だからお前は身心ともにブサイクなんだよ、と言いたくなる気持ちを抑える。いや、これは例え外見が可愛くても腹が立つだろうけども。
「そう? じゃあ俺達がやめた後の事って考えてる?」
誰も何も言わなかったので、俺はそのまま話を続けた。
「当然、汚い畳拭きと畳運びを俺達抜きでやらなくちゃいけなくなるって事だよな。文化祭は三日後だし、他にやる事もあるだろ? そんな時期にそれに総動員してて良いのかな」
敵意を込めず、淡々と言った。あくまでも、お前等のデメリットの方がデカいぞ、と諭さなければならない。伊織はハラハラした様子でこちらを見ていたが、何も言わなくていいからな、と彼女に視線を送った。
「別に俺達はさ、のっけから『やりたくない』って言ってないだろ? じゃなきゃあんなパシりばっかやらないし、クラスの役に立とう、文化祭を成功させようって思ってるからこそやってたわけで。体育祭に続いて文化祭でも何か賞取りたいしな」
後半の体育祭の下りは完全な皮肉だが、反論も無いようなのでそのまま続けた。
「何が言いたいかって言うと……畳をやるのは構わないけど、もう少し人数回してくれって事。内装や事前準備に残り全員が必要とは思えないんだよ。普通科や情報科なんてうちより男子が倍以上いるけど、雑用とか買い出しを全部男がやってるなんて事はないんだし。形式的には成功するかもしれないけど、これで一致団結して店を出しましたって言えるのか? 嫌な事を人にやらせて、華やかな部分だけは自分達で飾って……文化祭云々じゃなくて、人としてそれで良いと思う?」
冷静に冷静に、相手の痛いところのみを突いていく。『一致団結』と書かれたクラスの今年一年のスローガンが、でかでかと黒板の上に貼られているが、今日はやけに空しく見えた。
まだ五時だというのに、十一月も半ばを迎えると随分暗くなっていた。まだ暖房使用許可が下りてないのでこの時間になると教室は一層冷え、クラス全体の静まり返った張り詰めた空気が余計に寒さを強く感じさせた。
ここまで言っておいて何だけど、女子に闇討ちされないだろうか。やはり言わない方が良かったかもしれない。信達は「よくぞ言った!」という満足気な表情だが、一方の俺はげんなりしていた。かなり辛辣な事を言ったと思うが、我が儘かつ自己中心的な人間に対して言うべき事ではなかった。外国語科内で男がここまで反発した事例を、過去に見た事がない。どう転ぶか予想がつかなかった。
しかし、なんでまた俺はこんな事を言ってしまったのだろうか。前までだったら絶対言わなかった。一人で不機嫌になって、そのまま部屋を出て帰ったかしていただろう。それでまた印象を悪くするだけなのだが、知った事かと思っていたはずだ。今回も、今更嫌われようが知った事か、という気持ちは変わらない。ただ、嫌われてもいいから、この不平等な待遇や扱いを何とかしたいと思った。伊織に気まずい思いをさせたくない、信や彰吾の気持ちをもっと強く代弁してやりたい──そんな気持ちが強かったのだ。同じ嫌われる覚悟でも、ずいぶんと前向きになったものだ、と我ながら苦笑する。
そして、勇気というのは案外出して見るものである。眞下をはじめとした何人かの女子が俺の肩を持ってくれたのだ。
「あたしも麻生君の意見に賛成かも……前からちょっと男子キツ過ぎかなって思ってたし」
「何でもやってもらう事が自然になってたけど、あたし達って結構ムチャ頼んでたよね」
「去年の鈴木達なんかよりよっぽど手伝ってくれたし、今度はあたし等がやらない?」
そういった意見が続々と登場し、結局畳はみんなで今日中にやってしまおうという風にまとまった。俺の上告は奇跡の勝訴で幕を閉じたのである。
我ながら驚きで、早速みんなで畳を拭く為体育館の地下倉庫へ雑巾やバケツを持ってぞろぞろと移動し始めた。さすがにここまで話が上手く運ぶと思っていなかったので、俺達男子三人は口をあんぐり開けてその様子を見守るしかなかった。
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