3-9.バンド名はUnlucky Diva
「ところで、バンド名何にするねん?」
練習を始めてからちょうど一時間が経った休憩の時、彰吾が訊いた。
「前のバンド名じゃダメなの?」
伊織は俺に言われた通り、水をゆっくり喉に浸らせてからのど飴を舐めていた。その彼女の言葉に俺達は苦笑を交わす。
「いや、ちょっとな……」
「ははは……」
「で、何て言うねや?」
「教えてよ」
俺が黙っていると、信は観念したようにそのバンド名を言った。
「……死人憑」
「し、しびとつき……?」
伊織の顔がやや引き吊っている。死霊が取り憑くという意味のバンド名だ。今にして思えばひたすら趣味が悪い。わずか八か月前だが、あの頃はこれがカッコイイと思っていたのだ。ひどい趣味だった。自覚はしている。
「……ちょい趣味悪過ぎやで、それは」
「だから変えた方がいいって言ってるじゃねーか。ほら、麻生何か案出しやがれ」
「またそんな急な注文する……」
俺は暫く伊織の方をじーっと見つめて考えを巡らせた。
「な、なに?」
「いや……どんな名前が似合うかなって思って」
こうやってよく見てみると、本当に可愛い。十人男がいれば九人は振り向く美少女。残りの一人はきっとホモだ。
自称・可愛い子ハンターの信(しかし、何故か相手にされない)が伊織に対してアプローチしないのは『麻宮は鑑賞用』という理由らしい。確かに人間が手を出してはいけない様な聖なる女神様というイメージがある。俺や彰吾が関係を進展させられないのもそういったものがあるからかもしれない。
女神、か。それなら愛と月の女神“アフロディナ”をそのまんまバンド名にしてしまってはどうだろうか? いや、しかし伊織に恋が仕事のアフロディナは似合わない。慈愛だとか聖母みたいなイメージから考えると、やはりマリア様だろうか? しかしマリア様はあまりにメジャー過ぎるので、芸が無い。
「やだ、そんなに見られたら恥ずかしいよ……」
「ご、ごめん」
知らぬ間に食い入る様に彼女を見てしまっていて、俺も恥ずかしくなってきてしまった。お互い少し顔を赤らめ、視線を宙に泳がせる。
「コラ、そこ! こっそりラブコメしてんじゃねーぞ」
「何やと麻生!」
ガタンと彰吾がドラム椅子から立ち上がる。
「バ、バカ。俺等がいつラブコメなんかしたんだよ。俺はただ伊織をイメージしたバンド名をだな……」
「ほぅ~……若い男女が顔を赤らめ合ってるのになぁ」
伊織は上気した頬を隠す為なのか、おもむろに彰吾が持ってきた音楽雑誌を取って読んでいた。
「麻生~! 貴様という奴は……貴様という奴は!」
「ち、ちげーよ! 信の勝手な勘違いだから気にするな」
「ほぉぉ……俺の勘違いか。ちなみに麻宮、本が逆さまだぞ」
指摘された伊織は、慌てて本を持ち直していた。彼女は耳までまっかっかになっていて、本で顔を隠しつつこっそりとこちらを覗き見ていた。そして目が合うと、また本で顔を隠した。そんな風になられてしまうとこっちまで恥ずかしくなってしまう。
「えっ? 麻生君と麻宮さんって付き合ってるの?」
チューニングをしながら成り行きを見守っていた神崎君が、とんでもない事を言ってくれる。火に油を注いだという表現が正しい。
「そんなわけあらへん!」
「ご、ごめん……」
何故か彰吾が反論する。それは俺達が言うセリフなのだが……このままではいざこざが続いてしまうので、話をバンド名に戻した方が良さそうだ。
「と、ところでさぁ、バンド名なんだけど……」
「なんや、ワレ? また死人憑みたいなけった糞悪い名前やったらしばくで」
言う前からつっかかってくる彰吾。しばくだと? と一瞬カチンとくるが、必死で抑える。ここで俺までキレてしまっては収拾がつかなくなる。
「Unlucky Divaなんてどうかな……?」
即興だった。とりあえず何か出さないとさっきの話題を変えられなかったからだ。
「Diva?」
「歌姫のこと」
「ほーん……アンラッキーな歌姫か。まぁ、確かに成り行きでバンド組まされた麻宮にふさわしい名前で良いんじゃね? 彰吾は?」
「別にかまへんよ……うちのバンドは伊織メインやしな」
と言って、顔色が戻りつつある伊織の方を全員が見る。
「え? 歌姫って私の事なの?」
「まぁそんなとこだな。そうだろ? 麻生」
信が嫌味ったらしくニヤニヤしながらこちらを見てくるが、無視してやった。また彰吾にキレられても困るので、そういったからかいは本当にやめてほしい。
「歌姫って、大袈裟だなぁ……」
「バンド名なんて大袈裟な方がいいんだよ」
「たかがバンド名やし、気にせんでええて。他に候補無いんやしな」
「うん……」
伊織は自分を歌姫と設定される事に重みを感じているようだが、それは彰吾の言う通りたかがバンド名なのだから気にしないでほしい。
こうして〝Unlucky Diva〟の初スタジオは無事(?)終わったのだった。二日置きにスタジオ練習をするという事なのだが、果たして体が保つかどうかが心配だった。
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