3-8.初めてのバンド練習

 土曜日……俺達の初スタジオの日がやってきた。文化祭準備も休ませてもらえたし、学校は昼までなので、とりあえず一度家に帰ってからスタジオ前に集合という形になった。文化祭準備を休ませてもらえたのは、伊織の功績だ。彼女がバンドに参加するというだけで許可が得られるのでは、果たして俺達の奴隷労働に意味はあるのか、と疑問に思えてくるが、そこは考えてはならない。思考停止して奴隷業務に勤しまなければならないのだ。

 ギターの方は一応それなりに弾けるようになったし、オリジナル曲の歌詞も書いて伊織に渡してある。指はかなり痛いが、これは我慢しなければならない。半年もギターに触っていなかった罰だ。

 Sスタジオは予想以上に綺麗で設備が調っていた。さすがに高い料金を取るはずだ。こんな良いスタジオを格安で使わせてもらえるなんて、俺達は相当ツイている。マスターに感謝しても足りる事はない。とりあえず店長さんに挨拶に行き、そのままスタジオ内に案内された。


「バンドのスタジオなんて初めて……何だか凄いね」


 俺達がアンプやドラムのセッティングをしている最中、伊織は落ち着かない様子で辺りを見回していた。


「ね、ねぇ、緊張してきちゃった……」

「練習だから気にすんなって。失敗しても誰も怒らねーし、歌詞覚えてないんだったら見ていいから」

「うん……」


 とは言ったものの、やはり緊張は隠せない様子だった。実は緊張しているのは俺も同じで、指だってまだ固まってないし、全部通して弾けたのは昨日が初めてだ。一番力不足なのは間違いなく俺である。

 深呼吸をしながら不安を誤魔化し、かなり音が歪むようエフェクターをセットした。真空管系のマーシャルアンプは神崎君が使っているため、俺はROLAND・JC-120のアンプを使っている。音圧はマーシャルより低いが、その分エフェクターの音が綺麗に出るのだ。

 俺の使ってるギターエフェクターは、Hughes&Kettner Warp Factorで、歪んだ音色と中音域の主張が強い。果たして今回やるバンドの音にあっているかと聞かれれば謎だが、これしかエフェクターを持っていないのだから、仕方がない。

 セッティングを終えた彰吾はパコパコとバスドラを踏んだり、スネアでリズムを刻んだりして俺達の準備が調うのを心待ちにしている。信と神崎君はまだエフェクターやアンプの音が微妙に合わさってないらしく、神妙な顔をしてツマミの位置を細かく変えていた。その点俺は結構適当なので、ツマミの位置もこんなもんかな、で済ませてしまっている。これが良いのか悪いのかはわからない。

 チューニングは一音下げのドロップチューニングなので、案外リフは弾きやすい。やっぱりWarp Factorはドロップにしてなんぼだな、などと勝手に重低音の効いたサウンドを一人で楽しんで彼らの準備が終わるのを待っていた。


「よし、んじゃあとりあえず音合わせでもするか」


 信の言葉により、みんな思い思いに音を鳴らす。

 伊織はきょとんとしているが、俺が「適当に声出して」と言うと、伊織は戸惑いながらも「あーっ」と声を出し、神崎君がその声を聴きながらミキサーでマイクの音量を調整していた。その後はギターの音がでかいだのベースが小さいだのとあーだこーだ言い合って音量を調整してから、いよいよ楽曲合わせだ。

 俺はやや緊張しながらも、小さく息を吐いた。横でも伊織が同じ様に緊張して息を吐いてるのがわかって、少し笑ってしまう。

 彰吾が四カウント取った後、楽曲に入った。イントロのメタリックなリフを繰り返し、ドラムのフィルインからAメロに入る。音を爆音でかき鳴らしただけなのに、体の中が熱くなってくるから、音楽は不思議だ。家で一人で弾くのと バンドで合わせるのでは、全く次元が異なる。

 歌入りもうすぐだぞ、と伊織に目で合図すると、彼女は緊張した表情で頷いた。それから間もなくして彼女は歌に入っていた。さすがピアノ奏者と言うべきか、タイミングもばっちりだった。

 伊織の声は、演奏者ですら聞き惚れてしまうような、天使の歌声だった。そのままサビまで演奏しきると、その間奏の部分で俺達は演奏をやめた。緊張を解くくらいならこれで充分だろう。


「へぇ……俺の企画モノはどうやら成功しそうだな」

「麻宮さん、とっても上手だったよ」


 信と神崎君が拍手を送ると、伊織は照れた様子で頬を掻いていた。実際、伊織はボーカルのセンスもあった。ピアノをやっていた事と関係があるのかは解らないが、演奏している最中なのに、聴き惚れてしまっていた。決して声量があるわけではないが、しっかりと抜ける歌声で、バラードやポップスを歌うとしっくりくる。俺達がラウドな音を奏で、伊織が綺麗な声で歌う……このアンバランスにも魅力を感じた。


「これやこれ! 俺が求めてた音はこれやねん!」


 彰吾も絶賛し、ドコドコとバスドラを踏んで興奮を表現していた。確かに良い企画モノだと納得せざるを得なかった。


「どうだった? 生の音で歌ってみた感じは」


 ピックをネックに差してギターを置き、まだ興奮から覚めやらぬ様子の伊織に感想を聞いてみた。


「よく……わかんない。でも、体が凄く熱くなって気持ちよかった! こんなの生まれて初めてかも」


 生音で歌うのは、カラオケ音源で歌うのとは全く異なる。この気持ち良さを知ってしまっては、もうカラオケでは満足できない。みんな大満足……と思っていたら、みんなの不満は俺へ向けられていた。


「つーか麻生、コーラスのデスボ入れろっつっただろ? 何でやらねーんだよ」

「へ……?」

「へ、じゃねーよ! さっき言っただろうが!」


 そんな事はもちろん知っている。練習の時に嫌と言う程聴きまくったのだから、知らないわけがない。しかし、俺は歌いながら弾くという芸当ができないのだ。何度も言うように、あのザック・ワイルドさんですら、ギターを弾きながら唄うのは糞としょんべんを(以下略)。


「それって信がやるんじゃなかったの? 俺は勝手にそう思い込んでたけど……」

「アホか! 何の為にこれを選曲したと思ってんだよ。お前だって前はボーカルだったし、ギターだけじゃ物足りなかろうと思ったからだぜ? しかもお前デスボイス上手いし……それを活かそうって思ったんじゃねーか」


 一応俺の元ボーカリストとしてのプライドを気遣ってくれていたらしい。しかし、ギターを弾きながらコーラスだなんて、果たしてできるのだろうか。どうも俺への負担が重い気がしてきた。


「麻生君、もっとHighの音削れない?」


 そして次は神崎君からの注文が来た。


「削れるけど、これ以上下げるとMiddleが強すぎる気がする」

「いや、僕が基本的にHighを上げてるから、もっとMiddle強めていいよ。その方が全体的な音のバランスとしてはいいかな。あと、もっとザクザク感出したいんだけど、できる?」

「お、おう」


 さすが経験豊富なだけあって、神崎君のアドバイスは的確だ。しかし、これでこそ音楽をやってる気分になる。伊織ではないが、こんな充実感は過去に味わった事がなかった。


「よーし、それじゃあ通しで合わせてやってみよーぜ!」


 信の掛け声に合わせて、俺達のスタジオは始まった。

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