3-7.消え行く安息

 翌日の昼休み……昨日のように伊織と音楽室でまったり過ごす予定だったのだが、何故か今日は信・彰吾・神崎君までいた。要するに、バンドのメンバーが集まったのだ。


「へー……空いてるんだな、音楽室」

「僕も知らなかった」

「麻生ーっ! ワレ何を二人で密会しとんねん⁉」


 いただきます、と二人で言った時だった。どうやら尾行されていたようで、いきなり音楽室の扉が開いてどやどやと喧しい連中がこんな感じで入ってきたのだ。伊織は驚いて固まってしまっているが、俺はさりげなく弁当箱の蓋を閉じた。おかずの種類が全く同じだと気付かれては、色々面倒だと思ったからだ。


「そこで固まってる二人、早くバンドのミーティングやるぞ!」


 はぁ、と俺達二人は深い溜息を吐いた。昼食後はまたピアノを弾いてもらったり、伊織の事についてもっと話してもらったりしようと思っていたのに、その計画が全て流れた。この様子だと──主に密会を妨害する目的で──毎日来そうだ。この前の祭りといい、今日といい、タイミングを潰してくれているのは信のような気がしてきた。

 そんな俺の疑念など全く気にせず、信は譜面と音源を配り、今後の予定を話し出した。とりあえず、初スタジオは土曜の昼から二時間。Sスタジオにたまたま空きがあるらしく、その時間を使わせてもらう事にした。なんと、二時間1人500円。破格だ。

 マスターからの連絡によると、Sスタジオの空きスタジオを二時間ほど毎日使わせてもらえるそうなのだが、今日や明日ではさすがに俺達が譜面や歌詞を覚え切れないので、四日ほどは個人練習となった。俺の場合四日で二曲も弾けるようになれるかすら怪しいが、ここは頑張りどころだ。

 それに、やるべき事はバンドだけではない。朝七時半に登校して、夕方は夜六時まで文化祭の準備を手伝わねばならない。寝る時間を削っても、ギターの練習に当てる時間は僅か四時間といったところだ。普段から頻繁に弾いているなら未だしも半年のブランク……指のマメもまた一から作らなければならない。どうにも自分が足を引っ張りそうな気がしてならなかった。

 そして放課後は、予想通りに男子は奴隷としてコキ使われていた。雑用が全て俺達に回ってきたのだ。ゴミ捨て、力仕事、その他掃除や後片付け、材料集め……圧倒的多数を占める女性達は優雅に準備を楽しんでいる。俺達が打ち合わせ等に呼び出される気配はない。

 我々が知っているのは、茶屋をやるという事だけ。誰が内装をやるのか、衛生的な問題、金銭面なども全く知らされていないのだった。ただ雑用を押し付けられるのみの係。


「麻生……これはキツ過ぎとちゃうか? 何で男子は俺等だけやねん?」

「俺と信は去年サボったんだよ。去年も揉めたみたいだし、それで他の男子は嫌になったんじゃないかな」

「そんなアホな……せやかてさすがに三人やと無理あるやろ。帰って練習する余裕無いで」

「そうなんだよな……」


 かれこれ二時間は働きづめだ。怒りたいところだが、去年文化祭ごとサボってしまった俺達に文句を言える権利などあるはずがない。


「ねーねー泉堂君と麻生君。ちょっとコレ買ってきてくんない?」


 女子が近づいてきたかと思えば、いくつか品物が書かれたリストを俺達に渡した。


「ま、またかいな。さっき眞下に言われて他の買ってきたばっかりやで?」

「そーなの? じゃあまたお願いね」


 そう言って作業に戻る女子生徒。作業と言っても談笑しながらの楽しい作業だ。彰吾は口をあんぐりさせていた。これほど男遣いの荒い女子達は初めてなのだろう。

 彰吾よ……そんな意見は無駄だ。ここの女は鬼畜だ、鬼畜生なんだ! もちろん、こんな事言ったら殺されてしまうので、何も言えないのだけれど。


「あ、それと二人固まって行動してても時間の無駄だから、分担して急いで買ってきてねー」


 他の女子が付け加えるように言う。ちなみに信は別件で買い出しに行って、まだ戻ってきていない。俺達は溜息を吐きながら、無駄のない買い方ができるように買うものを分配し、二手に別れた。

 彰吾はダッシュで行ったが、俺は自販機で一服してから買い出しに行く事にした。正直息切れしてきたのだ。栄養ドリンクを購入し、その場でゆっくり体に染み込ませるように飲んだ。スポーツをしたわけでもないのにこの疲労具合……そしてこの買い出しが終わっても教室の片付けが残っている。もううんざりだった。

 しかしながら、この地獄の後には唯一の楽しみ・伊織との下校がある。そう思って我慢して良いように使われていたのだが、何と伊織はクラスメート数人ともう少し残って準備をするという。「真樹君も残る?」と言われたのだが、信と彰吾は帰るみたいなので俺一人残ると浮いてしまうので、信達と一緒に帰った方が色々な意味で安全だろう。

 そういえば、最近ずっと伊織と帰るか一人で帰るかだったので、こうやって男だけでダラダラ帰るのは随分久しぶりなのかもしれない。

 男の話題なんてたかが知れている。今日の愚痴と音楽についてが大半で、バンドの話が無かったら女の子の話か下ネタだろう。男が二、三人集まればそういう話題にしかならないのも不思議だ。

 しかし、このままではこの二週間伊織と過ごす時間が作れないかもしれない。一度放課後残ってしまうと明日以降も残らなければならないだろうし、朝に関しても、彼女は文化祭準備の為、早い時間に登校するそうだ。一方、ギターを夜遅くまでやらなければならない俺には、朝早く学校に行くのは難しい。昼もこいつ等が音楽室に来るから二人っきりにはなれない。もう最悪だ。神に誓う──来年は絶対に文化祭なんか出ない。


「何不服そうな顔してんだ、麻生?」

「別に……疲れただけ。こんなのが後二週間続くと考えただけで嫌んなる」

「それだけか?」


 にやにやしてこっちを覗き込んでくる信。

 頼むから彰吾のいる前で伊織の話題云々は出さないでほしい。俺達がひそかに昼飯を一緒に食べていたという事もかなり彼はショックを受けていた様子だったのだ。実はその事で少し険悪な雰囲気になりそうだったのだが、放課後には普通に戻っていた。奴隷同士仲良くやらないと乗り越えられなかったので、これはこれで女子帝国に感謝した瞬間でもある。


「なんや、何かあるんか?」


 その彰吾は屋台で買ったタコ焼きを頬張りながら、じろりとこっちを見る。


「何もねーよ。睡眠時間も少ないし、マジで疲れてんだ」


 信が横で「ほぉ~」と鬱陶しい顔をしていたせいで、危うく殴ってしまうところだった。


「そういや眞下から聞いたんやけど、なんや畳敷くらしいで」

「はぁ? 畳なんざどこにあんだよ。うちに柔道部は無いだろ」


 そんな話は初耳だ。畳なんて買ったら予算内で収まるはずがない。茶屋と言えば畳の方が良いに決まっているが、理想と現実の境を見極めてほしい。


「いや、麻生。柔道部はあったんだよ。何年か前に廃部になって、今は教えられる教師もいないから影も残ってないけどな」


 信の話によると、今ある剣道場が半分は柔道場だったらしく、畳も倉庫に保管してあるらしい。


「ちょ、ちょっと待てよ……」


 それでは倉庫の奥で何年も使われていなかった畳を拭いて綺麗にするのも、教室に畳を運ぶのも、全部俺等の仕事になるのか? 綺麗好きな女性方が汚い畳磨きをしてくれるとは思えない。


「……察しの通り、そうなるだろうぜ」

「地獄やな」

 彰吾も重い溜息を吐いていた。

「冗談じゃねー……」


 そこまでの重労働を全部やれと言うのか。これでは本当に奴隷だ。大体、俺達三人が今日だけで何人分の雑用をこなしたと思ってるのだろうか。良いとこ取りも程がある。他の男子達が絶対に参加したくないと言っていた理由がよくわかった。


「大体そんな古い畳なんざ痛んでて使えるはずねーだろ? 無茶苦茶だ」


 足元にあった小石を力任せに蹴ると、その小石は空しく溝へと落ちて行った。


「ま、とにかく今週の土曜はスタジオもあるし、休ませてもらわねーとな……」


 果たして休みの許可が降りるのかも怪しい。練習量の少なさに肉体疲労……前途多難だ。俺達一同は揃って溜息を吐いた。女尊男卑の社会は、思った以上に過酷だった。

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