3-4.バンド結成

 とりあえずは出し物とキャストが決まったので本日は良しとし、文化祭の準備は明日の放課後から開始する事となった。

 ウェイトレス役はやや驚きの人選となったが、私的には結構嬉しい面子だ。ただ、これで浮かれていられるほどここは甘い環境ではない。明日から男子は奴隷となる事が確定している。

 昨年の文化祭に参加していた男子連中がこっそりあの後俺達を呼び出して、如何に過酷な環境だったかを教えてくれた。彼らは「あんな文化祭なら二度とごめんだ」と言い、今年は参加しないそうだ。

 今年の男子の参加者は俺と信と彰吾の三人のみ。信と俺も文化祭の参加は今年が初めてだ。昨年は二人で一緒にサボってゲームに興じていた。

 でも、今年の文化祭は違う。今年は、伊織がいる。彼女と想い出を作れるのなら、多少の苦難なら乗り越えたい──そんな思いが自分の中で芽生えていた。

 俺の行動理念すら変えてしまった女の子こと麻宮伊織はと言うと、隣を歩きながら何度も溜息を吐いていた。


「最悪だよ……恥ずかしい」


 どうやら彼女は、あまりこういった目立つ事が好きではないようだった。ピアノの奏者はやっていたくせに、意外に小心者というか、何というか。


「これが外国語科の恐ろしさだ。身に染みてわかっただろ?」

「それはわかったけど……助けてくれたって良いのに」

「それは無理」

「どうして?」


 ムスッと不機嫌そうに訊き返してくる。


「俺も伊織の浴衣姿見たいし」

「もう……またそんな調子の良い事言って」


 素直にそう伝えると、顔では怒っていながらも、少し彼女は嬉しそうだった。

 あそこまで外国語科女子が団結してしまうと、伊織だけを救うのは難しいというのもあったのだけれど……正直に言うと、彰吾の言葉が気にかかっていた。

 彼はきっと、これまで何回も伊織の浴衣姿を見ていて、共に時間を過ごしていたのだ。彼らはどんな時間を過ごしたのだろうか……気にしても仕方のない事ばかりが気になってしまう。


『実はね、男の子と二人きりでお祭り来るのって初めてだったの』


 祭りの時に伊織はこう言っていたが、これは裏を返せば、男の友達を交えて複数人でなら行った、という事だ。

 大阪では男友達はどれくらいいたのだろうか。その男達も、浴衣姿の伊織に色んな妄想を掻き立てられていたのだろうか。そして、自分もまた、そのうちの一人になってしまうのだろうか。そんな事ばかり考えてしまって、つい気分が滅入ってくる。


「でも、今年浴衣着れなかったから、ほんとはちょっとラッキーって思ってたりして」


 伊織は無邪気にそう笑っていた。さっきまで嫌がっていたくせに、一体どっちが本心なんだか。


「今年の夏は祭り行かなかったのか?」

「うん。今年は……ちょっと色々あって、行ってない」


 そう言って、彼女は視線を地面に落とした。

 そこには何か含みがあって、きっと何かが隠れていて。でも、今の俺には何故かそれ以上踏み込めなくて、それが歯がゆかった。

 伊織にとってもっと特別な存在になれば、その先に踏み込めるのだろうか。特別な存在になる為にはどうすれば良いのだろうか──そんな事を考えていると、マナーモードにしていたスマートフォンがポケットの中で震えた。LIMEの通知で、送信者は信だ。トーク画面を開いてみると、内容は『Sカフェに集合』というものだった。


「Sカフェ寄ってく? 信に呼び出しくらったんだけど」


 伊織に訊くと、彼女は元気よく頷いた。


「うん! マスターさんの淹れてくれたコーヒー美味しかったから、また飲みたいなってちょうど思ってたの」


 この選択が、彼女にとって本日二つ目の災難となるのだった。


 Sカフェの前には信と彰吾のものと思われる自転車が停めてあった。

 店内に入ると、何やら彰吾と信がカウンターで雑誌を見ながら真剣な表情で話をしていた。


「あーっ! ワレ何で伊織と一緒におんねん⁉」


 こちらに気付いた彰吾が早速つっかかってくる。その様子を見て、マスターはやれやれと言った表情をして「大声出さないでねー」と呆れて注意していた。


「何でって……帰る方向同じだもん。ね?」


 伊織がこちらを見て首を傾げるので、俺も頷く。


「せやからって別にこいつと帰らんでもええやん! 俺がチャリの後ろ乗せて送って行ったるって──」

「自転車の二人乗りは校則違反だよー」


 伊織が彰吾の言葉を遮ってぴしゃりと言うと、マスターにコーヒーを注文していた。彰吾はうぐっと言葉を詰まらせて俺を睨んでいるが、睨まれても困る。二人乗りが校則違反である事は事実だ。


「まあ良いじゃねえか。ちょうど良いし」


 信が狂犬のように唸る彰吾を宥めながら言った。

 ちょうど良いとはどういう事だろうか。彼がこういう言い方をする時は、何か裏がある。


「それより麻生、文化祭やるぞ」

「茶屋を、か?」

「アホか! ライブだよ、ライブ。もう先生に頼んで出演枠貰ってんだよ」


 活き活きとした瞳で信が言う。本当に嬉しそうだった。

 そういえば半年前、バンドの解散を最後まで拒んだのは信だった。きっと俺が解散という言葉を出さなければ、あれからもメンバーを探し続けていたのだろうと思う。


「いや、ちょっと待てよ。彰吾がいくらドラム叩けるからってそりゃ急だって。俺全然ギター触ってないし、ギタボは無理だってお前も知ってるだろ」

「そんな事はわかってる」


 俺がそう言うのをお見通しだったかのように、信は含み笑いを見せる。その時、トイレから俺達と同じ桜高の制服を着た男子生徒が出てきた。彼に見覚えは無かった。


「あ、どうも」


 ぺこりと彼が俺と伊織に頭を下げた。


「紹介しよう……四組の神崎勇也君だ。ギターを掛け持ちしてくれる」

「マジかよ」


 神崎勇也君とやらは、前髪はやや長めなものの、あまり特徴が無い。しかし、よく見ればなかなかかっこよく、人の良さそうな顔立ちをしている。


「はじめまして、麻生君。色々噂は聞いてるよ」

「よろしく」


 彼が右手を出してきたので、握手に答えた。その噂が何なのかは気になったが、どうせろくでもないものだろうと思い、何も訊かなかった。

 彼は伊織とも握手を交わすと、早速信が神崎君と知り合った経緯を説明した。経緯というか、ただ授業中にあらゆる友達に『ギター弾ける奴いないか⁉』とLIMEを送りまくり、今日の昼休みに紹介してもらったそうだ。神崎君は小学生の時からギターを始めていたらしく、楽器歴が俺達より長い。掛け持ちで他にもバンドのサポートをしているらしいが、特別にどこかに所属しているわけではないそうだ。

 神崎君がギターをやってくれるという事は、俺がボーカルをやる事になるわけか。


「で、何の曲やるんだ? やっぱラウド系?」


 俺達は以前ラウド系バンドを結成するつもりだったので、今回もその路線で行くのかと思っていた。しかし、次の信の発言は、俺を困惑させるものだった。


「早まるな、アホめ。お前はリズムギターで、神崎君がリードギターだ。今時のバンドはギターが二人いるのが主流だ。コピーするにしろ曲を作るにしろ、ギター一人だとやっぱりキツいしな」

「いや、ちょっと待ってくれ。じゃあ誰が歌うんだよ」


 他に助っ人がいるとは思えないし、大体ギターなんてもう半年以上触ってなくて部屋の飾りと化している。そんな俺にギター一筋でやれと言うのも無茶だ。


「実はだな、ちょっとした企画物を思いついてしまったんだよ」


 信がニヤリと卑しい笑みを浮かべた。


「企画物?」

「そ、企画だよ。ってわけで、麻宮。ボーカルやってくれ!」

 いきなり伊織の方を向いてパンと手を併せて懇願する信。

「俺からも頼むわ、伊織! 伊織は歌も上手いやろ?」

「……へ?」


 コーヒーをごくんと飲み込んでいた伊織だが、状況の方は上手く飲み込めていない様子だった。目が点になっている。


「頼む、麻宮! お前がやってくれたら男女共に受けが良いと思うんだ。女の子がボーカルのロックバンドは最近流行りでもあるし」

「このとーりや!」


 信と彰吾によるごり押しが始まった。おそらくこの麻宮伊織ボーカル企画は、バンド結成の目処が立ってからひそかに二人で考えていたに違いない。信はここ最近彰吾と過ごしていたし、きっと彼がドラムを叩ける事も知っていただろう。それに、アイドル超級のルックスを持つ伊織がやれば文化祭でも人気を牛耳れる。もしかすると、その後の活動にも繋がるかもしれない。しかし、当の伊織はと言うと、猛烈に拒否している。


「わ、私がボーカル⁉ 無理だって! カラオケとかだったら平気だけど、ステージとかで歌った事ないしッ」

「いや、伊織は前にピアノのコンクールでもっとでかい会場で全国大会でも演奏してたやんか。それ考えたら楽勝やて」

「歌とピアノは違うの!」


 やはり伊織のピアノは全国クラスだったようだ。あれだけ上手いのだから納得はできるが、それならどうして辞めてしまったのだろうか。気にはなるが、今はとてもそれについて訊ける雰囲気ではない。


「真樹君も無理だと思うよね?」


 伊織が俺に縋るように助けを求めてきた。彼女は既に文化祭で無理矢理浴衣を着せられる事が確定していて、また似たような行きさつでバンドまでやらされるのは確かに可哀相だとは思う。彼女の立場なら、俺だって嫌だろう。

 ただ、ピアノをやっていたなら、音感は問題ないだろうし、ピッチも外さないと思う。彰吾の話しぶりからして決して下手なわけではないだろうし、何より面白そうなので、俺もこの企画に興味を持ってしまった。確かに可哀相だが、今日は厄日と思って諦めてもらうしかあるまい。


「いや、俺も乗った。というわけで、伊織。頼むよ」

「そんなぁ……真樹君まで」


 最後の防衛線を失ってしまった伊織を攻略するのは容易い。その後二〇分ほどの説得で、彼女は最終的に同意した。『今回だけ』という条件付きだったが、バンドが楽しければライブ後はきっと、別の言葉が聞けるだろう。

 舞台発表の持ち時間は一グループ十五分なので、演奏曲数はおよそ三曲。楽曲の方向性は、学祭定番のロック系の楽曲や激しめのバンドのコピーをする方向なようだ。信曰く、伊織が激しめのロックを歌う事でギャップを売りにしたいらしい。テーブルの上に置かれた二曲分の譜面を見る限り、あまり難しい曲ではないのでブランクがある俺でも何とか弾けそうだ。


「……バンドのボーカルなんて、私にできるのかなぁ」


 伊織はぐったりした様子でスコアブックを見てから恨めしそうに俺に視線を向けては、目が合うとぷいっと顔を背けた。浴衣に続いてバンドの方でも助けなかった事を根に持たれていそうだ。


「あれ、コピーする曲って二曲だけ? 時間余るんじゃない?」


 神崎君が俺も疑問に思っていた事を聞いた。しかし、信の言葉にまた頭痛を催すものだった。


「あと一曲は、俺作曲のオリジナルをやる!」

「はぁ? オリジナル?」


 俺と神崎君・そして彰吾は異口同音に言葉を発した。そして、カフェの空気が凍りつく。どう考えても不安しかない発言だった。

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