3-3.文化祭の出し物

 ホームルームでは、文化祭の出し物についての話し合いが行われた。担任の提案で休憩所にしようという事だったが、残り日数をわかっていないアホな女子数名のせいで、結局は休憩所兼喫茶店となった。要するに、休憩所が主体なのだが、飲物や軽いお菓子を提供する、という茶屋になってしまったのだ。

 ホームルームが始まってから既に一時間近く経っている。たったこれだけの事を決めるのに、こんなにも時間を要しているこのクラスのどこに団結力があるのかが不明だ。毎度の事ながら、我々男子は呆れた様子でその経過を見守っていたのだった。

 茶屋は当然和風だ。となると、椅子や机でなく、ゴザを床に敷いたり簾を用意したりとデザインを凝らせなければならない。

 これは文化祭なわけで、大体を手作りで仕上げねばならず、金でゴザや簾をそのままポンと買うわけにはいかない。いざ時間が無いとなるとそれもやむを得ないのだが、お菓子やジュースを大量に用意せねばならないので、それ等に金を回す余裕があるとも思えない。

 会議は踊るされど会議は進まずといった具合で議論が重ねられ、最終的にどうなったかというと、予備費としてクラス全員から二千円巻き上げる事でまとまった。もちろん、使わなければ返ってくるのだけれど。

 俺は机に突っ伏して溜息を吐いた。ちらりと時計を見ると、終了まであと一〇分。もう少しの辛抱だ。それで帰れる……そう思った時、一人の女子が手を上げて進言した。


「女子は浴衣とか来て接客してあげればどうですか?」


 その発言により、男子がピクリと動く。浴衣……それは良いアイデアかもしれない。何人かの女子も「それいいね」と後押しし、全員一致して拍手。今日初めて満場一致した。


「じゃあ、誰が浴衣着る? 着たくない人ももちろんいるでしょ?」


 司会の学級委員長が続ける。そう、問題はそっちだ。容姿があれな人に浴衣を着せても豚に真珠というもの。集客効果は上がるどころか下がるだろう。

 やはり何人かに厳選して、分業制にした方が良い。そうしてもらわねば、男子が全て雑務を熟さねばならなくなる。それだけは勘弁してほしい。

 伊織は着るのだろうかと疑問に思った時、別の女子が俺の心理を読み取ったかのように進言した。


「伊織ちゃんが着ればいいんじゃない? きっと伊織ちゃん目的でお客さん集まるでしょ」


 いきなり名前を出されて戸惑っている伊織を差し置き、周りは拍手喝采だ。


「そやそや! 伊織の浴衣はめっちゃ可愛いから看板娘は間違いないわ! 俺が保証すんで~」


 彰吾も調子に乗り始める。ここに来て、外国語科の団結具合いが増してきた。こうやって人を陥らせる時だけは団結するのだ。ただ、俺だけはその言葉に別の反応を示していた。

 俺が保証する──これの意味するところは、彰吾は彼女の浴衣を見た事があるのだ。幼馴染なので、当然と言えば当然かもしれない。ただ、俺はその言葉に少し不満を覚えていた。いや、俺の知らない伊織をたくさん知っている彰吾が羨ましかったのだ。


「え、でも……私なんて、そんなッ」

「ダイジョーブだって! 伊織ちゃん絶対可愛いから!」

「そうそう! あたしも麻宮さんの浴衣姿見たいな」


 ここからが外国語科の恐ろしいところだ。こう流れができてしまっては、辞退は許されない。ただ、俺の気持ちとしては複雑だ。来年の夏まで待たなければならないと思っていた伊織の浴衣姿が見れるのは非常に嬉しい。でも、他のバカ男達には見せたくない。そんな願望と独占欲が心の中で鬩ぎ合っている。


「他も誰か着たい人いる~?」


 伊織の反論は空しくかき消され、話は続く。彼女は諦めた様子で額に手を当てて溜息を吐いていた。

 彼女を筆頭に、山下という目立ちたがり屋で自分のルックスに自信のあるギャル、あとは結構可愛いのだが引込思案な和田さんを友達数人が伊織の時と同様に半強制的に手をあげさせた。これで計三人……少し少ない。


「あと二人くらいやってくれませんか? 三人だとお客さんが増えた時に厳しいと思う」


 その時だった。伊織の後ろの席からそろそろと手を挙げる女子がいた。白河莉緒だ。


「あ、白河さんもやってくれる⁉」


 こくりと控え目に頷く。その際にちらりと俺の方を見て一瞬目が合ったのが、よくわからないけれど。俺には浴衣姿見られたくないのだろうか。

 しかし珍しい事もあるものだ、と素直に思う。俺の知っている範囲では、白河梨緒は目立つ事を好まないはずだった。実は自分のルックスに自信があるのかもしれない。


「あと一人いませんかー?」


 誰も手をあげない。あとこれに中馬さんも加われば外国語科の美人オールスターなのだが、彼女がそんな事をやるはずがない。むしろ文化祭もめんどくさがって休みそうだ。

 しかし、そんな常識を覆すのが外国語科。この後奇跡が起こったのだ。


「ねぇねぇ皆、芙美の浴衣姿も可愛いよ?」


 中馬さんの友にしてかしまし娘こと眞下詩乃だ。恐い者知らずとゆうか、俺なら絶対に提言できない。


「あー、そうだよね! 中馬さん美人だもん」

「見てみたーい!」


 何人かが眞下の提案に乗っているが、隣の席の中馬さんも伊織と同じように困惑した表情をしていた。困った顔が意外に可愛い。


「え、あたしこういうのやりたくないんだけど……」


 冷静に返すクールビューティー中馬に対して、簡単に折れないのが眞下だ。


「えー? じゃ、あたしも着るから一緒にやろーよ」

「これがよく通販とかである、要らない物までついてくる抱き合わせ! 海でナンパしても必ずと言って良い程ついてくる粗品だな。要らねーはやかましーは邪魔だわで良い事なし!」


 眞下の言葉に信は素早く反応したので、クラスに爆笑が沸き起こった。


「もう一回言ってみなさい、バカ信! 誰が抱き合わせよ!」


 よく見ればそこそこ可愛いのに、女としてかなり屈辱的な事を言われた眞下はガタッと立って怒号を飛ばす。


「うげっ、マジで怒ってる! 彰吾、助けろ!」

「俺はまだ死にとーないから嫌や! 離せや!」


 そのまま殴りにいこうと信の席に直行する眞下に、彰吾を盾にしようとする信。更に室内は爆笑の渦に巻き込まれる。そんな騒ぎが起こっている中、中馬さんが小さな声で話し掛けてきた。


「ねえ」

「うん?」

「どうしよう……」


 どうやら本気で困っているらしい。


「そんな事俺に言われても……もし本当に嫌なら断れば良いし、ちょっとでもその気があるなら人助けだと思ってやってあげれば? そんなの個人の自由だろ。さすがに無理矢理やらせようとはしないだろうし」


 中馬さんの場合は、と内心で付け足す。伊織は無理矢理でもやらされてしまうキャラだが、中馬さんは不機嫌オーラを出しまくれば逃れられる。キャラの確立って大事だなぁと思うのだった。


「うん……どう思う?」

「何が?」

「あたし、やった方が良い?」


 決断を俺に任されても困る。ひそかに多い中馬さんファンの夢を壊すのも気が引けるし、かと言って嫌がっている中馬さんにやらせるのも嫌だ。


「自分で決めなよ。本心言わせてもらうと中馬さんの浴衣姿もみたいけど、嫌々やっても仕方ないだろ?」

「わかった……じゃあ、やる」


 驚くべき言葉が聞こえてきた。


「……へ?」


 奇跡というものは、たまに起こるらしい。

 結局浴衣で接客するウェイトレス係は、麻宮伊織を筆頭に、白河梨緒・中馬芙美・山下さん・和田さん、外国語科美女オールスターと、補欠で眞下詩乃のベンチ入りが決まった。

 おそらく大盛況間違い無しだ。 こうして放課後も会議は続く事にはなったが、無事出し物の方針は決まったのだった。

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