2-13.悪友との仲直り

 眞下詩乃の尽力の他、他生徒の目撃談も加わって、昼休みを迎えるまでに『麻生真樹、極道をシメる』説は学年中に広まった。全校に知れ渡るのも時間の問題で、俺が再び危ない人扱いされるのは免れないだろう。

 どうして俺はこうも踏んだり蹴ったりなのだろうか。そんな不満を持ちつつも、伊織に作ってもらった弁当を持ってひとり屋上で過ごしていた。教室はその話で持ち切りだし、とても落ち着いて食べられる雰囲気ではなかったのだ。


「やっぱ寒いな……」


 曇り空は太陽の光と僅かな温かさも遮り、北風が我が物顔で吹き去る。何で俺がこんな思いをしなきゃいけないんだ。人助けしたのにこれでは酷過ぎる。

 そんな不満をぶちぶちと独り言ちて弁当を食べていると、屋上のドアが開いた。


「うーっす。やっぱここにいたか」


 悪友こと穂谷信だった。両手に抱える程ウニバナナパンを持っている。


「ど、どうした? その膨大なパンの量は」

「昨日約束したろ? ウニバナナパン一〇個食うって」


 そういえばそんな事を言っていた気もするけども、何も本当に食べる必要もないのに。本人が食べたいというのだから、止めはしないけれど。


「それで、お前は何でここに? 寒空の下でも愛妻弁当があればホッカホカってか?」

「ブッ!」

「うわッ汚ぇ! てか図星だったのかよ⁉」


 信は俺が吹き出したご飯粒を跨いで横に座ると、早速一個目のウニバナナパンに取りかかっていた。「うげえええ」と顔を顰めながら一生懸命頬張っている。その顔がいちいち面白いのでこっちを見ながら食べないで欲しいと思うものの、きっとこいつは俺を笑わせたくてわざとそんな顔をしているんだなもいう事も察している。絶対に笑ってやらないけど。


「彰吾が知ったら発狂しそうな案件だな」

「……言うなよ」

「言わねーよ。言ったら今度こそお前ら喧嘩するだろ」


 信が勝手に俺のペットボトルの水を飲んで、胸をトントンと叩いていた。変顔をしながら食べていたら、喉に詰まらせていたらしい。

 ちなみに、彰吾は昨日のようなイライラはなく、教室で何事もなかったかのように挨拶してきた。ちょっとしたぎくしゃくは感じるが、普通に話す分には問題なさそうだったので、そちらにも安堵していたところだ。


「で……麻宮とは付き合ってんのか?」

「そういうわけじゃないけど」

「でも、あの祭り嫌いの麻生クンがわざわざお祭りデートしててて、ンでもって愛妻弁当があって、昼も二人で食ってただろ? ほとんど付き合ってるようなもんだろ、それ」


 端から見れば確かにそうなのかもしれない。しかし、俺達は互いに愛を語った事はないし、それらしい事もしていないまま、何となくこんな関係になってしまっていた。手は繋いだけども、あれだってはぐれないようにっていう大義名分があったわけだし、例えば今日の帰りにいきなり手を繋ごうとして承諾してもらえるかというと、それも難しいように思うのだ。


「まあ、今日はその事はどうでもいいんだ」


 信は一つ目のウニバナナパンを食べ終えると、二つ目の封を切っていた。よくそれを何事もなく食べれるな……見てるだけで胸やけがしてくる。あれの味は想像を絶するのだ。


「この前は悪かったな」

「昨日の事なら別にいいよ。別に俺が殴られたわけじゃないし」


 伊織と花火を見られなかったのは未だ後悔しているが、それは仕方ない。彼女の言う通り、逆に偶然通りかかった事により信達を救えたのは幸運だったのだ。仲直りもできたし、怪我をしたわけではない。結果論で見れば、一番良かったのかもしれない。


「いや、昨日の事だけじゃなくてさ……ここ最近、ずっとだよ」

 一息置いてから信は続けた。

「中馬さんの事をフッ切れてないわけじゃなかったんだ。でも、中馬さんがお前に話し掛けてるの見て、何て言うか……複雑だった。俺が今まで見てた中で、中馬さんは自分から感情を見せなかったんだ」

「…………」

「誰と話す時も淡々としていて、一応笑ってはいるけど心からの笑顔ではなくて……でも、お前と話してる時は違った。細かい表情の変化が沢山あったんだ。麻宮と一緒に日本史を遅刻してきた時に妬いたような視線でお前を見ていたり、ちょっと甘え気味になってたり、照れたり、麻生と二人で歩いている時はどこか誇らしげだったり……俺が話し掛けた時には何一つ見せなかった顔を、お前には見せてたんだ。それが悔しかった。どうして俺じゃダメなんだって……何度も思った」


 黙ったまま、信の想いが篭った言葉を聞いていた。そんなに中馬さんに表情の変化があったとは俺自身気付いてなかった。

 いや、気付いてないフリをしていたのかもしれない。少なくとも、中馬さんが他の人と接する態度と違うという事は知っていたからだ。だから信に後ろめたさを感じていたのだと思う。


「お前等、階段の踊り場で話してただろ?」


 無言で頷く。まさか聞かれていたとは想わなかったが、今更驚く事ではなかった。


「ほんとはあの時、すっげぇ動揺してさ。そしたら次は一緒に登校してるって聞いて、気持ちの整理もつかないままお前と職員室の前でばったり会っちまったから……我ながら情けない反応だったと思う。どうすれば良いか解らなかったんだ」


 何も文句は言えない。きっと俺が信の立場でも、同じように苦悩していただろうと思えるからだ。俺の場合は、こうやって素直に話し掛ける事すらできなかったかもしれない。信は自分の感情としっかりと向き合い、そしてそれを受け入れて謝れる──そんな強い奴なのだと思う。俺よりもよっぽど大人だ。


「彰吾や麻宮にまで心配かけて、お前を散々悩ませてよ……ほんと、悪かった」

「バカ、もういいよ。俺に迷惑かけて謝るなんか信らしくねーぞ」

「うわっ、俺が何かメチャクチャ悪い奴みてぇな言い方じゃねーか」

「違ったか?」

「ひでぇ!」


 二人でどっと笑う。こうやって信と笑いあったのは随分久しぶりだった。中学の時からいつもバカ話をして、時にはぶつかった時もあったけど大事な時は支えてくれた。

 俺が辛い高校生活を耐えてこれたのも、信の御蔭だった。軽くて無責任でお調子者で一般的に見れば敬遠してしまいがちな人間だが、俺にとっては誰よりも信頼できる友人。それはこれからも変わらないと思うのだ。


「まぁ、例え麻生が中馬さんと付き合う事になっても俺は文句言わねーよ。逆に中馬さんを幸せにできんのはお前だけかもしれない」

「なんでそうなるんだか」


 そういう変な責任を押し付けるのはやめて欲しい。それだと俺が中馬さんと一緒にならないと酷い奴になってしまう。


「あの子も色々あるんだよ」

「色々?」

「そ、色々。俺も知らないていになってる事だから、言えないんだけどな」


 信がうぷっと吐きそうになりながら五個目のパンに取り掛かっていた。

 それにしても中馬さんは何か闇を抱えているのだろうか。


「まあもっとも? お前は遊ぶ女の子が多過ぎて中馬さん一人に構ってる暇は無いかもしれんがな」

「何だよ、それ」

「そのまんまさ。ちゃんと自分が本気で好きになれる奴を選べよ。お前が誰を選んでも祝ってやるよ」


 ウニバナナパンを水で流し込み、げっぷをしながら言う。全く祝われる気がしない。

 それにしても、信もマスターも、みんな無責任な事をぽんぽんと言う。果たして俺は選べる立場なのか? 俺にはそんな大それた権利は無いように思う。


「もう一人、候補に上がる女の子を予言しといてやろう」


 最後のウニバナナパンを詰め込んだ後、にやりと悪友が意地の悪い笑みを見せた。


「誰だよ」

「お前を見事なまでに振った白河梨緒だ!」

「……バカじゃねえの」


 それだけは絶対に有り得ないと断言できる。とんでもなくおバカな予言だ。何が悲しくて一度ボロカスに振った男を好きになるんだか。むしろこっちがお断りだ。


「穂谷信の信は信じるの信だ! そうなった時にどうするかを考えといて損は無いと思うぞ? じゃあ、俺はもう行くから。さすがにウニバナナこんだけ食ったら腹がやばくなってきた」


 そう信は言い残したかと思うと、ゴミを持って走って行った。おそらくトイレに向かうのだろう。

 そんな彼の背中を見ていて、ほっと一息吐く。とりあえず、信と仲直りできてよかった。他のことは置いといて、それだけを喜ぼう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る