08/猟犬
「赤猫さん!?どうしたんですかそれ!」
「…ぁ~…ユイちゃん?…ぃっ…」
バーの入り口に寄りかかる赤猫は、相変わらず血塗れだった。
ただいつもと違うのは、それが己の血であるという事。
重そうに身体を引き摺ってカウンターまで辿り着くと、縋り付く様に倒れこんだ。
「ちょ…、大丈夫ですか!マスター!怪我人!!」
ユイコの呼び声に、奥からのっそりとファズが現れる。
「何だぁ?…うわ、赤猫。派手にやられたな。どうした?」
「・・・犬に噛まれた。」
何処か視線を外しながら、ポツリと呟く。
「…。『猟犬』か。」
無法地帯と化したこの街にも、取締役がいる。
取締役が飼っているのが、二匹の『猟犬』。
ぶらりと街をふらついては、獲物を探している。
狩りの名目は「違法者の駆除」だ。
「はっ。あいつ等にやられたのか。お前目立つからな。」
「くそ…。あいつ等だって似たり寄ったりじゃねぇか。てか向こうの方が性質が悪ぃ。」
派手に裂かれた脇腹を縛りながら、悪態を吐く。
「本当に。権利さえ剥奪したらあっちは私達よりも凶悪犯よ。」
「適当な理由つけて『排除』ですからね。ボクは狙われた事ありませんけど。」
カフスは両意見に頷きつつも呆れ顔で赤猫を突いた。
「でも普通にしてたら大抵バレねぇよな。遭遇率もそんなに高くねぇし。」
「まあカフスも虚も外見普通だからな。」
「マスター、もうそれも利かないぜ。」
その一言にファズが眉を顰める。
「何?お前まさか此処知られたとかじゃないだろうな。」
「違くて。」
じゃあ何だ、という視線に、赤猫はカフスの後ろに目をやった。
「カフスお前、クビキリが付いてるからな。あいつ等血の匂いには敏感だ。
狙撃手は今迄血の匂いなんか付かなかったかも知れないが、
クビキリがずっと傍に居たんじゃ話は別だ。」
クビキリも赤猫同様、常に血を浴びている。
彼らには一発で敵と知れるだろう。
「げ。おいおい、接近戦なんて強いられてみろ、俺は即死だ。」
「だろうな。まぁ気ぃ付けな。」
「その時は、それこそ、クビキリに守って貰いなさいよ。」
「カフス、あたし、必要?」
きらきらと目を輝かせるクビキリに、こめかみを押さえて頭痛に耐えるカフス。
「ジレンマだ…」
「あっれぇ、お兄さん。……血の匂いがするね。」
「ああ、本当だ。誰か死人でも看取って来たのか?」
大量に付けられたシルバーアクセが、ジャラジャラと気に障る音を立てる。
角の二本付いた黒い帽子にゴーグルという気の触れた格好をした男が鉄パイプ片手に立ち塞がる。
その横には、中途半端な長さの髪を適当に縛った、全身に刺青の入ったガタイの良い男が一人。
「・・・。」
進路を塞がれた青年は、静かにそのメガネの位置を直した。
「なんだよ、無視すんなよ。寂しーだろ。なぁ、真っ白な兄さん、遊んでけよ。」
男の鉄パイプが青年に向けられる。
それに明らかな不快感を示して、青年は白衣をはためかせた。
「――狂犬が。」
振り下ろされた鉄パイプ。
受けるは細身の白銀の杭。
絶妙な角度で鉄パイプの衝撃を逸らすと、側面へ身を反し走り出した。
「あ!にげるよアイツ!」
「はっ、お前と遊んでくれる気はないってよ。残念だったなアオ。」
「んな事ねぇって!これは、あれだ。ほら、そう。鬼ごっこに誘ってんだよ。」
「あーそうか。鬼ごっこな。んじゃ、百数えねーとな。」
「もーそん程経ったって。もういい?追いかけていい?」
「まだだろ。まだ50程だろ。もうちょっと待ってやんねーと。
あれか、お前数数えらんねーんだろ。」
「バカにすんなよ。俺だって数くらい数えられるっつーの。聞いてろよ?
いーち、にー、さーん・・・」
ゆっくりとカウントされる声も遠く。
祈は裏路地を駆け抜けて、人通りの多い公道へ逃げ込んだ。
「ななじゅーきゅー、きゅーじゅー!」
「無茶苦茶じゃねーか。六十の位が二回あったぞ。」
「何!?」
「てゆーか数えすぎ。150秒位与えちまったじゃねーか。」
「あれ、アイツいねーじゃん。」
「あーあー、鬼ごっこがかくれんぼになっちまったよ。」
「ウォーッ!じゃあ途中で止めろよー!」
「お前があんまりにも得意げに数えてるから、途中で口挟めなかったんだよ。」
「何だ、祈も猟犬に狙われたのか。」
「ええ。彼らの知能が低くて助かりました。」
「ま、あいつ等は其処だけが救いだよな。」
正面からやったら勝ち目は薄い。
だが、出し抜こうと思えば幾らでも出し抜ける。
「正面突破しか出来ないようなバカでなければ、ある程度、助かる確率はありますからね。」
言って、ふと、祈の視線が一人に留まった。
それを気にせず、カフスが答える。
「まあ、あいつ等より知能指数が低い奴もそう居ないだろ。
赤猫みたいに、あいつ等に気に入られちまってたら話は別だが・・・。」
未だ祈が考え込む様にして誰かを見ているのに気が付いて、カフスも視線を辿る。
「?」
視線の先には、クビキリ。
自分が見られている事に気が付いて、首を傾げている。
「なに、祈ちゃん。」
「・・・いえ。危険性が高そうだな、と思いまして。」
「?」
皆の視線がクビキリに集まる。
「…危ないわね。」
「見つからない事を祈るのみ、ですね...。」
「???」
暫くは、本気でクビキリから逃げよう。
カフスは真剣に心に決めた。
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