04/闇撫

「でさぁマスター。」

「それはもう何度も聞いたぞ?」

まだ開店前のバーで、ウィスキー片手にカウンターに凭れ掛った赤猫とファズが話している。

珍しくカルーアではなくウィスキーを注文したと思ったら、こんな調子でファズはずっと同じ愚痴を聞かされていた。

そんな折。

「!?」

突然、赤猫が毛を逆立てる。

からんころん。

「あー、すいませんまだ開店前で…あ?」

確かにドアが開いた音がしたのに、そこには誰も居ない。

「なんだぁ?」

ファズが視線を戻すと、赤猫の姿はもうカウンターには無かった。

「・・・。おーい、ユイコ。闇撫ヤミナデ呼んで来てくれー。」


「・・・。流石に人外からの依頼は初めてね。」

ユイコに呼ばれて降りてきた闇撫は、カウンターを見つめ数秒黙してからそう呟いた。

「えーと、闇撫。そこにいらっしゃるのか?」

カウンターには誰も居ない。

だが、闇撫は一つの席をじっと見つめて立っていた。

「いいわ、聞きましょう。」

そこに「居る」誰かと視線を合わせたまま、闇撫は一つ隣の席に座った。

「何かお出ししましょうか?」

虚空と闇撫を見比べながらユイコが尋ねる。

「そうね…ブラッディメアリーを。私には水でいいわ。」

注文を受け、ユイコは調合に入る。

「それで、どんな仕事かしら。」

見えざる客は静かに椅子を鳴らした。

「・・・」

長い長い沈黙。

「そう、あそこの社長、相変わらずえげつない仕事してるのね。」

目を閉じて呟かれた台詞に、話の一区切りがついたものとみなしてユイコが酒を出す。

静かに差し出された朱い液体は、グラスの中で静かに揺れた。

「・・・」

再び沈黙の時が続く。

軽く揺れていた臙脂の液体は次第に揺れを増し、激しく波打ってグラスを割った。

「!!」

びっくりして身を引いたのはユイコだけで、部屋中の照明が明滅を始めても、闇撫は静かに「話」を聞いているようだった。

「ちょ、おい闇撫。やめさせてくれないか、俺の店が壊れる。」

激しくなり始めたポルターガイスト現象に、流石にファズが口を挟む。

「こういう人達が興奮してしまっては仕方が無いわね。話し終わって落ち着いてくれるのを待ちましょう。」

平然と言ってのける闇撫。

胸元から騒ぎに気付いた黒蜥蜴が顔を覘かせている。

「暁、危ないから。」

それをそっと押し戻して、闇撫は霊障が収まるのを待った。

「話は解ったわ。その依頼、受けましょう。」

そう言って立ち上がると、静かに店を出て行った。

扉の鐘の音は二人分。

どうやら見えないお客様も立ち去られたらしい。

「・・・はぁ。闇ちゃん、すごいなぁ。」

「感心してないで、片付けるぞ…。じき開店時刻なのに、ったく…。」


「そう言えば闇ちゃん、この間の、ほら、彼女からの依頼・・・どうなったんですか?」

「あぁ、アレ?果たしたわよ。」

数日後の夕方、軽いカクテルを差し出しながら尋ねたユイコに闇撫はそう答えた。

「えっと、幽霊な方からの依頼って、報酬どうなるんですか?」

貰えないんじゃないですか、と心配するユイコに、なんとも妖艶な、妖しい笑みで返す。

「ふふ、抜かりはないわ。」

「?」

ユイコも微笑みで返しながら、薄ら寒いものを感じてそれ以上は突っ込めなかった。


「そこは訊いとけよ。気になるじゃねぇか。」

上記の遣り取りを聞いて、カフスがグラスを傾けながら笑う。

「やめとけやめとけ、何が出てくるか解ったもんじゃねぇ…」

丁度入ってきた赤猫が嫌そう~な顔でカウンターに腰を下ろした。

「うーん、謎めいてこそ闇ちゃんですからね。」

ユイコも赤猫に同意のようで、カフスが詰まらなさそうに鼻を鳴らす。

「何、カフス。知りたいのなら教えましょうか?」

「ッ!!、や、めろ気配無く背後に回るの…。」

本気でビビったらしいカフスが冷や汗混じりに闇撫を睨む。

「あ、闇ちゃん。何か作ります?」

既に赤猫はカウンターの一番端、闇撫から最も遠い場所に退避している。

「ありがとうユイコ、でもいいわ。私これからカフスに答を教えてあげようと思うから。」

「ぃえ!?や、いい、いいんだけど!?離ッ、ちょ・・・わぁー―――ッ・・・」

「「・・・」」

闇撫に引き摺られていくカフスを見送り届けて、二人は顔を見合わせた。

「好奇心は猫を殺すって言いますけど・・・」

「オレじゃなくてアイツが死んだね。」

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