第53話

「着きやしたぜ! ここがアッシの村『オムタ』でさぁ!」


 肩で息をするウサトに案内されながら隣を歩くクロウは眉間に皺を寄せていた。お世辞にも立派とは言えない家屋が立ち並び、申し訳程度に村を囲う柵。家屋からひょっこりと顔を出しクロウ達を物珍しそうに眺める住人の多くはまだ幼い子供かそこそこ年齢のいった者ばかりだった。


 立ち並ぶ家屋よりもほんの少し大きな家に案内され、ウサトに促されるまま屋内へと歩を進めるクロウ。おそらくはウサトの家なのだろう。


「ウサトさん、村の代表者と詳しい話をしたいんだけど……」

「わかってまさぁ。でもその前に……。おーい、ウルルー? ウルルー!?」


 ウサトの呼びかけに応えるようにパタパタと足音を響かせながら奥の部屋から現れた獣人の女性にクロウは思わず見惚れてしまった。ピコピコと揺れる頭頂部から生えた愛らしい耳と美しい銀色のミディアムヘア。ウサトには悪いが彼女こそが本物の兎の獣人だ、と一人何かに納得したように何度も頷くクロウの視線は、シャルローネに勝るとも劣らない自己主張の激しい一部を捉えていた。だって男の子だもの。


「お帰りなさい。そちらの方達は?」

「こちらはクロウ君とカチュアさん。森で会ったんでさぁ。カチュアさんが怪我されてるそうなんで手当てを頼みまさぁ」

「あらあら、それは大変ね。カチュアさん? 奥の部屋へ行きましょうか」


 ニッコリと微笑み、クロウの背から降りたカチュアの手を引きながら奥の部屋へと向かうウルルと呼ばれた女性。そんな彼女に手を引かれるカチュアは部屋から出る直前でギロリとクロウを睨み付けた。どうやら先程クロウの視線が何処を見ていたのかばっちり気付いていたらしい。クロウはわざとらしく咳払いするとそんなカチュアから視線を逸らし、ウサトへと向けた。


「さてと、カチュアが手当てしてもらってる間に話を詰めないとな。ウサトさん、代表者は……」

「まあ、立ち話もなんですし、お掛けくだせぇ」


 すすめられるまま木の椅子に腰を降ろしたクロウとテーブルを挟んでウサトも椅子に座る。首を傾げるクロウにウサトはキョトンとした様子で口を開いた。


「言ってやせんでしたっけ? アッシがこの村の村長でさぁ」

「マジかよ……」


 ウサトが村長であったことに驚いたものの、イチから説明する手間が省けたと前向きに考える事にしたクロウは気を取り直しウサトの顔を見据える。


「ウサトさん、これからどうするつもりだ?」


 クロウの質問にウサトは俯きながら腕を組み、うんうんと唸り始めたかと思うと、ウサトはゴツンと音を立てテーブルに額を打ち付けた。


「……クロウ君、子供らだけでも連れて逃げてくれやせんか? 村民の多くは子供と年寄り。全員で逃げ出すなんて無理だってぇのはアッシにもわかりやす。会ったばかりのお二人に頼むような事じゃねぇって事も十分承知してまさぁ。それでも、何とか頼まれちゃぁくれやせんか?」

「それで? アンタ等は村に留まって時間稼ぎするってのか?」

「その通りでさぁ。村の連中はアッシが必ず説得しやす! ですから子供らをどうか!」


 テーブルにめり込まんばかりの様子でグリグリと額を押し付けるウサトを見ながらクロウは溜息を吐き出す。


「……無理だ」


 その返答に顔を上げ、ウサトは肩を落とした。


「……この村から一番近い街までどれくらいかかる?」

「夜通し走りゃあなんとか一日で……」

「って事は早ければ明日には街に着くか。村の食料はどれくらいある?」

「え……?」

「食料だよ、村の外に出なくてもニ、三日分はあるか?」

「へ、へい。五日はちやすが……」


 首を傾げるウサトに向かい、クロウはガリガリと頭を掻くと再び口を開いた。


「アンタ等だけで戦ったって無駄死にするだけだ。俺達もここに残る」

「い、いや! そんなわけにゃいきやせん! 逃げてくだせえ!」

カチュアツレの手当てもしてもらってるし、アンタに死なれちゃ寝覚めも悪い。それにウルルさんあんな美人がゴブリンの慰み者にされるってのも我慢ならねえしな」


 そう言ってニッと笑い立ち上がると、外に向かい歩き出したクロウをウサトは慌てて追いかけるのだった。




 

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