第52話

 歩くたびにぴょこぴょこと揺れる長い耳と、時折木々の間から射す太陽光を反射する禿げ上がった頭のミスマッチさに何とも言えないものを感じながら、クロウはウサトと名乗った獣人の男の後を歩く。聞けばこの男、近くの村からこの森に香草を採りに来ていたところでクロウ達と遭遇したらしい。近くに村があるのならカチュアの怪我の治療をしたいと考えたクロウがウサトに村への案内を頼んだところ、彼は快くそれに応じてくれた。もっとも、ウサトの言葉の全てを信じているわけではないクロウは念の為にこうして彼の背後を歩いているのだ。


「なあ、ウサトさん。アンタ、この森には詳しいのか?」

「この森ですかい? ここはアッシ・・・にとっちゃぁ庭みたいなもんでさぁ」


 普段からこの口調だから気にしないでくれと言われたものの、小物感の漂う彼の口調に慣れないクロウは苦笑いを浮かべる。


「じゃあさ、森の奥にあった廃墟の事も知ってるか?」

「ああ、あそこですかい? 十年ちょっと前までは人が住んでたんですがねぇ、なんでも住人は皆殺しにされたとか……」

「一体誰がそんな事を?」

「さあ? そりゃぁアッシにはわかりませんねぇ」

「どんな奴らが住んでたんだ?」

「うーん、村の年寄り連中の話じゃぁ何とかって一族の生き残りって言ってたような……」


 年寄りの戯言でさぁと付け加え、カラカラと笑うウサトの背を眺めながら歩くクロウに背負われていたカチュアがブルリと身体を震わせた。


「ゥ、ウサトさん? ウサトさんの村ってこの森から近いんだよね? その……お化けとか……出ない?」

「お化け、ですかい? そう言えば村の子供達が不気味な声を聞いたって言ってやしたねぇ」


 カチュアの言葉にピタリと足を止めたウサトはゆっくりと振り返り、ニヤリとその口元を歪め、ヒッヒッヒっとわざとらしく笑い声を上げる。それを聞いたカチュアはクロウにしがみつく力を強め、ウサトは作戦成功とばかりにクロウに向かいグッと親指を立てて見せた。変な事に気を回すウサトとゾンビやグールといった魔物も存在するのにお化けという不確かな存在を怖がるカチュアに俯きながら疲れたように息を吐き出すと、クロウは突然その場にしゃがみ込んだ。


「なになになに!?」

「ど、どこか痛めたんで!?」


 慌てる二人を他所に、クロウは地面に指を押し当てると多少の抵抗はあったものの、彼の指は地面に沈みこんだ。沈みこんだ指とそのすぐ隣にある子供の大きさ程度の足跡を見ながらクロウは舌打ちする。


「ウサトさん、さっきの不気味な声を聞いたっての、最近の話か?」

「へ? ああ、子供らがそう言ってやしたが……どうかしたんで?」

「お化け!? ねえ、ホントにお化け!?」


 耳元で喚くカチュアの声に顔を顰めながらクロウは視線を上げ首を傾げるウサトの顔を見据える。


「この森でゴブリンを見た事は?」

「ゴブリンですかい? もっと奥の方に巣があるって聞いた事はありやすが?」

「となると、少しまずいかもな。見ろ、ここに足跡がある」

「……ホントだ。しかもこれ、まだ新しいんじゃない?」


 カチュアの言葉にクロウが頷くとウサトにも事態が飲み込めてきたのか、その顔が徐々に青くなっていく。


「とにかく急いで森を抜けよう!」


 立ち上がったクロウの言葉に従い一目散に駆け出すウサト。その彼の背を見失わないように追いかけながらクロウは考える。もし、ゴブリンが襲撃するとしたらウサトの村も標的になるだろう。ならば、村には立ち寄らず森を抜けたらウサトと別れキャランベを目指すべきではないか? 会った事もない村人達他人を守るよりもカチュア仲間を守る事を優先するべきではないか? と。そんなクロウの迷いを感じ取ったのか、カチュアはクロウの両頬をムニっと摘むとその耳元で囁いた。


「ウサトさん達を見捨ててでもボクを守んなきゃーとか考えてるんでしょ?」

「なんで……」

「それなりに付き合い長いからね、クロウの考えてる事はなんとなくだけどわかるのさー」

「だったら!」

「魔物がいるなら倒す! それだけの事でしょ? アレコレ難しく考える必要ないじゃん。それにぃ、村を救ったって話が広まったらボク達有名人じゃん、褒賞金とか貰えるかもよ?」


 ニシシっと笑い強がって見せてはいるが、実際には怖いのだろう。その証拠にカチュアの手は小刻みに震えていた。それに気付かないフリをしながらクロウは走る速度を少し上げ、カチュアに返す。


「褒賞金でたら山分けだからな!」


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