第48話

 目を瞑っていたのはほんの一瞬だったはず。それなのにクロウの見る風景は一変していた。そこにあったはずの壁はなく、今彼が居るのは白い壁に囲まれた小部屋。自分の身に何が起こったのかわからないまま混乱するクロウは、背負っていた仲間の名前を叫んだ。いや、叫んだはずだった。しかし、彼の口は動かない。それどころかクロウの意思とは関係なく勝手に動き出した身体に、何かの魔術をかけられたのかとますます混乱するクロウ。勝手に動き出した身体はぺたぺたと足音を立てながら扉へと近づくと、その場で足を止めた。


 まるでそこで立ち止まるのを待っていたかのように横へとスライドし開いた扉。この扉は押すのでも引くのでもなく横へとスライドする事で開くものだったようだ。その扉の前に居たのは白衣を着た男だった。しかもその男はクロウが見上げなければならないほどの大男。巨人の国にでも連れ去られたのかと思ったクロウだったが、しゃがみこんだ男の瞳に映りこんだ自分の姿を見て愕然とした。男が大きいのではない。クロウ自身が四、五歳の少年になっていたのだ。もはや理解の追いついていないクロウを白衣の男は軽々と抱きかかえ歩き出した。


 男に抱えられ進む道は天井から吊下げられた筒状の物体に光が灯り、辺りを明々と照らしていた。なんとなく既視感を感じながら道を進むにつれ、眠気に襲われるような感覚に陥っていたクロウは、行き止まりと思えるような場所で男が一枚の正方形の板に手をかざした時、ついにその意識を手放した。


「……ゥ! ……ロウ! クロウってば!!」


 ガクガクと身体を揺さぶりながら耳元から聞こえてきたカチュアの大声に顔を顰めながらクロウは辺りを見回した。ヒカリゴケが生えた洞窟の壁に、何の光も灯していない天井の筒状の器具。背中に感じるカチュアの重み。一体さっきの光景はなんだったのか。そんな事を考えていたクロウの後頭部にゴチンと額をぶつけ、カチュアは安堵の息を吐き出した。


「一体どうしたってのさー! 急にボーっとして! 心配したんだよ!?」

「あー……悪い」


 ずり落ちそうなカチュアを背負い直しクロウは行き止まりだと思っていた壁に歩み寄ると、あの不思議な体験で男がしていたように正方形の板に手をかざしてみた。重い音を響かせながら横へとスライドしていく扉に再び身体を硬直させるカチュア。先をどの部屋で見た光景を思い出したのだろう。しかし、その扉の先に広がる光景は彼女の心配したような光景ではなかった。

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