第44話
谷底へと落下していくクロウとカチュア。気を失ってしまっているカチュアに向かい必死で手を伸ばしたクロウは、何とか彼女を捕まえる事が出来た。意識のないカチュアと位置を入れ替えるように無理矢理身体を捻り、水面に背を向けたクロウを激しい痛みが襲う。あまりの痛みに肺の中の空気のほとんどを吐き出してしまったものの、激しい水流の中でカチュアを離してしまわない様にと彼女の身体をきつく抱きしめた。しかし、彼が覚えているのはここまでだった。
薄らと目を開けたカチュアはぼんやりとした頭で立ち上がろうとしたが、足首に痛みを感じその場に蹲ってしまった。怪我の功名とでも言うのだろうか、この痛みによってぼんやりとした彼女の頭はクリアーになり、自分が取った行動とそんな自分を追って飛び降りたクロウの事を思い出し、慌てて周囲を見渡した。幸い、クロウはすぐに見つけることが出来たが、まだ安心は出来ない。仰向けに倒れたままピクリとも動かないクロウへと痛む足を引き摺りながら近づき、彼の口元へと掌をあてがったカチュアの目が大きく見開かれた。呼吸をしていないのだ。こんな時取るべき行動は一つ。そう、人工呼吸だ。
チラリとクロウの唇に視線を向けたカチュアの顔が赤く染まる。これはクロウを助けるためだと自分に言い聞かせてはみたものの、やはり恥ずかしさが勝ったのかカチュアは一度クロウに背を向け大きく深呼吸する。そしてある疑問が浮かんでしまった。口臭は大丈夫だろうか、と。いや、もちろん歯は磨いているが、それでも気になり始めたのだからしょうがない。自分の口元を両手で覆い、においを確認する事に気をとられてしまったからだろうか。背後でクロウが僅かに呻き声を上げた事に気付かなかった。
目を覚ましたクロウは傍らに座り込むカチュアの後姿に安堵したものの、自分に背を向けたままブツブツと独り言を吐いたかと思うと、急に頭を抱え込んだりとその様子が少々おかしい事に気がついた。
「カ……チュア……」
その声に反応したのか、カチュアは勢い良く振り返り一際大きく息を吐き出すと、決意に満ちた顔つきでクロウの鼻をつまむ。クロウが意識を取り戻した事には気付いていないらしい。
「い……いただきます……」
迫ってくるカチュアの顔を大慌てでクロウが止めると、異変に気付いたカチュアがゆっくりと瞼を開ける。
「じ、人工呼吸の時は目開けてなきゃダメだろ?」
動揺している事を隠すように冷静に指摘するクロウと、クロウが目を覚ましている事に漸く気付いたカチュアは顔を真っ赤に染めるのだった。
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