第39話

 視界のよくない湯の中を進み、息が限界に達するギリギリで湯船から脱する事が出来た二人は空気の有り難味を感じながら顔を見合わせ頷きあう。しかし、二人には次なる試練が与えられていた。天国女湯へと彼等を誘う道は横向きになって何とか進めるほどの幅しかない。全裸の二人には厳しい試練だ。それでも二人の歩みは止まらない。その尻に、胸板に、腕に擦り傷が出来ようが構わずに進み続ける。


「ちょっ! ちょっとシャロ先生!」

「いいじゃない、女同士なんだから」

「カチュア!? そんなとこ揉んじゃダメっ!?」

「エリスゥ、一体何食べたらこんなに成長すんのさー!?」


 漏れ聞こえてきた四人の声に耳を澄まし、期待に胸を膨らませるクロウは共に進む相棒ジェイドに視線を向ける。


「行こう! きっともうすぐだ!」

「ああ! ……そうか、エリスは意外と……っ!?」


 それまで順調に進んできたジェイドの足が止まった。何とか進もうともがいてみたものの、ナニかが邪魔をしているかのようにジェイドの身体は動かない。


「お、おい……ジェイド……お前……」

「へへ……わりいな、クロウ。俺は……ここまでみてえだ……」


 ツウっとジェイドの頬を涙が伝う。そんな彼の手を掴み必死に引っ張るクロウの手をジェイドは振り払うとキッと睨み付けた。


「俺の事はもう、いいんだ! ……なにボーっとしてやがる! お前は進むんだよ! 進んで天国女湯の光景を目に焼き付けてこい!」

「そんな事出来るわけ無いだろう! お前を置いてなんか……!!」

「バカヤロウ! 折角ここまで来といて今更何言ってんだ! いいから行け! 行くんだ!!」


 ジェイドの言葉に唇を噛み締め、ジェイドの想いと共に再び歩き出したクロウ。彼はもう、振り返らない。嬌声にも似た声が聞こえてくる中、ジェイドはクロウの背に向け腕を伸ばすとその拳を硬く握り締める。


「……頼んだぜ、クロウ・ハミルトン親友……」


 そう一人ごちた彼の鼻からはダクダクと赤い液体が流れ出ていた。



「そういえばアーヴィング先生とシャルローネさんってどういう関係なんですか?」

「そうねぇ、寝相の悪さを知ってる仲ってとこかねぇ」

「寝相? それならボクもエリスの寝相の悪さ知ってるよ?」

「カチュア……そう言うことじゃないから……」


 エリスの質問に答えたシャルローネの言葉にカチュアが首を傾げ、それにアンネが呆れる。そんな情景を思い描きながらクロウは僅かに光が漏れている小さな穴を見つけた。がしかし、その穴はクロウの身長よりも僅かに高い位置。


「さあて、そろそろ上がろうか」


 まるでクロウの努力を嘲笑うかのようなシャルローネの言葉に、クロウの顔が凍りつく。このままだとジェイド相棒に合わせる顔がない。きっとその穴が天国女湯へと通じているはず。そう信じたクロウは最後の力を振り絞って壁をよじ登り、覗き込んだ。


 湯気の向こうに広がった光景は、天国ではなかった。いや、確かに女湯に通じてはいた。しかし、そこに居たのは……。


 

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