第38話

 昼食を摂り終えたクロウ達はシャルローネの提案でとある温泉宿へと向かっていた。もっともこれは突然の提案というわけではなく、昨夜のうちにシャルローネがアーヴィングを説得し、了承を得ているとの事だった。ペロリと舌なめずりしながら視線を向けてくるシャルローネにアーヴィングはわざとらしく咳払いしながらそっぽを向き視線を合わせようとはしない。一体どういった説得方法だったのかは謎ではあるものの、アーヴィングが了承しているのであればクロウ達の返事に否はなかった。むしろエリス、カチュア、アンネの三人は大喜び。年頃の彼女達にとって野宿というものはやはり辛いらしい。


 先頭を歩くシャルローネの背を追いながら着いた温泉宿。そこはクロウが何とかして訪れようとしていた温泉宿だった。舞い込んできた幸運に人知れずガッツポーズするクロウとは対照的に、宿の主人らしい小太りの男に気まずそうに何度も頭を下げるアーヴィング。この宿に苦い思い出がある彼としてはこの宿を利用するのは避けたかったのだろうが、シャルローネは何食わぬ顔で宿の中へと入っていってしまった。小太りの男に頭を下げ続けるアーヴィングの横を通り抜けクロウも足早に男湯へと向かう。彼の目的を果たすために。


「おーい、クロウ……。お前、何やってんだ?」


 湯船に浸かるジェイドの視界には、さっきからザバザバと湯を掻き分けながら歩き回るクロウの姿があった。


「んー? ちょっとな……」


 ジェイドに生返事を返しながら歩き回っていたクロウは不意に足を止めると、ニヤリと口元を歪めた。


「なあ……ジェイド。俺はお前の事、友達ダチだと思ってる」

「あん? ……なんだよ急に」


 怪訝な表情を向けるジェイドに近づきながら湯船に浸かると声を潜める。


「ここは昔、天国女湯へと侵入する為の大きな穴が開いた事があるらしい。その大穴はすぐに修復されたんだが、それが悲劇の始まりだった。天国女湯への壁はより強固で分厚いな物へと作り変えられた。しかし、絶望する男達のために立ち上がった英雄達がいたんだ。彼らは協力して密かに天国女湯へと続く道を作り出した。そして、それは今もひっそりとここにあるんだ!」


「おい……まさか……っ!?」

「ああ、俺は……行くぜ」

「バカヤロウ! 危険すぎる!」

「そんな事はわかってる! でもな、先生邪魔者が居ない、今しかチャンスはないんだ! ……もし、俺になにかあった時は……後の事は頼んだぜ、相棒」


 息を吸い込み湯船に潜ろうとするクロウの肩に手を置きその行動を制止すると、ジェイドはグッと親指を立て暑苦しい笑顔を浮かべた。


「お前一人で往かせるわけにゃいかねぇよ、親友」


 少年達は互いの拳をぶつけると大きく息を吸い込み、湯船へとその身を沈めた。まだ見ぬ天国女湯を目指して。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る