第36話

 食料の補充の為にベプの街へと赴いたクロウ達。ゆっくりとしたスピードで街中を馬車で進みながら、クロウは何かを思い出すようにキョロキョロとせわしなく視線を動かしながらその街並みを眺めていた。彼は学術院に入学する前に一度だけ、兄貴分に連れられてこの街に来た事があった。その時に泊まった宿を思い出そうとしているのだ。もう一度その宿に泊まるためにはその場所をなんとしても思い出し、さらにはアーヴィングを説得する必要がある。なかなかに難易度の高いミッションではあるのだが、必ず完遂してみせるとクロウは一人決意するのだった。


 そんなクロウの決意を知らぬまま、ベプの街を進む馬車はやがて市場に到着した。停車場に馬車を預け、売り子達の声を聞きながら歩くエリスはとある露店の前で足を止めるとその場にしゃがみこんだ。


「……このブローチ、可愛いなぁ」


 露天商に並べられた商品の中から鳥をモチーフにしたブローチをそっとつまみ上げ掌に乗せ、エリスはうっとりとした表情で呟いた。


「お、ネェちゃんなかなか見る目あるじゃねえか。そいつぁ新作なんだ。二千アルと言いてぇ所だが、特別に千五百アルでどうだ?」

「うーん……でもなぁ」

「うちの商品は全部手作り品だからな、どれも一点もんだ。今買っとかねぇと後悔すんぜぇ? 」


 露天商の言葉にエリスは少し視線を上げ、彼女に向かい歯を見せて笑う露天商の姿に思わず吹き出しそうになってしまった。真っ黒に焼けた肌と商売人というよりも傭兵といわれたほうがしっくり来るほど筋肉の発達した体格の良いこの男がちまちまとアクセサリーを作っているのを想像してしまったからだ。そんな男から目を逸らし、下を向いて必死に笑いを堪えていると、後ろから不意に肩を叩かれエリスは体をビクリと震わせた。


「何やってんだよ」


 エリスにジト目を向けられながらクロウは彼女の掌に乗ったブローチを一瞥すると露天商に視線を向けながら財布を引っ張り出した。


「……これ、もらうよ。いくら?」

「クロウ? いいよ! 自分で買うから!」

「前に怪我の手当てしてもらったお礼、まだだったからな」

「でも……」

「いいから。で? いくら?」


 二人の会話を聞いていた露天商はピッと人差し指を立てニヤニヤと笑う。


「千アルだ」


 代金を支払いその場から逃げるようにクロウは歩き出したクロウに露天商の男は苦笑しながらエリスに視線を向けた。


「恋人からのプレゼントだ。大事にしてやりなよ?」

「そ、そんなんじゃありません!」


 からかうような露天商の笑みにエリスは顔を赤くしながらぺこりと頭を下げると、ブローチを大事そうに握り締めクロウを追いかけ駆け出した。


 


 

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