第35話

 目が覚めると、彼はそこに居た。用途の分からない配管がいくつも天井と壁を走り、地面には彼が見たこともない魔法陣が描かれただだっ広い部屋の中、立ち上がることも出来ない檻に閉じ込められた彼は幾度も叫ぶ。まるで椅子に座ったまま居眠りでもしているかのように微動だにしない金色の髪の女に向かって。


 一体何故自分がこんな目に遭っているのかすら分からないまま、叫び続ける男の声を掻き消す程の耳障りな音が鳴り響く。まるでその音を目覚まし代わりにでもしていたかのように女の体がピクリと動いた。それを見逃さなかった男はひたすら叫ぶここから出してくれ、と。


 ややあって音が止むと、今度は空気の抜ける音と共に地面から二本の円筒がせり上がってきた。男の声に耳を貸さないまま女は立ち上がると円筒に近づき肩を落とす。そこにある何かを操作するように女が空中で指を躍らせると円筒が開き、糸の切れた人形のように中に入っていた人間がドサリと音を立てて倒れた。


 女が倒れてきた人間には一瞥もくれず手を叩くと最初からそこに居たかのように、茶色い髪の女が現れた。茶髪の女が倒れた人間の髪を掴み引き摺りながら歩き出すと、その歩調に合わせ、金髪の女も歩き出す。男は自分の方へと向かってくる女の顔を見て目を見開いた。髪の色こそ違うものの、その顔はよく似ているなんてものではなく、まったく同じに見えたからだ。女達の不気味さに怯える男は茶髪の女が引き摺る人間を見て短く悲鳴をあげた。髪を掴まれ引き摺られているというのに呻き声一つ上げない人間は、生きているのか死んでいるのか分からない虚ろな表情のまま、だらしなく口を開き涎を垂れ流していた。


「お、お前! 私が誰だかわかっているのか!?」


 金髪の女は眉一つ動かさないまま、檻を掴みながら叫ぶでっぷりと太った男を見下ろす。


「そう大声を出さずとも、聞こえておるよ」


 見た目とそぐわない口調ではあるが、金髪の女が返事をしたという事実に男は交渉が出来るとでも考えたのか、更に捲し立てるように言葉を続ける。


「わ、私はリブール学術院の教師だぞ!? じ、次期学院長の私にこんな事をして! ただでは済まさんぞ!?」


 男の言葉に女は笑い声を挙げた。しかし、笑い声は上げているもののその顔は無表情のまま。


「な、何がおかしい!?」

「すまぬな。そんな話は初めて聞いたでな。いやしかし、野望を持つのは良い事だ。ワシにも野望があってな」


 女は身を屈めると、檻の鍵を外しその扉を開けた。男は好機とばかりに飛び出そうと試みるが、その体つきが祟ってかその動きは素早いとはお世辞にも言えないものだった。もたもたと出てきた男の身体を茶髪の女がその首を掴んで軽がると持ち上げ歩き出す。その行き先は先程までこの女に掴まれていた人間が入っていた円筒。茶髪の女が男を円筒に放り込むと、金髪の女が再び指を躍らせる。


「キミにはその野望の為に犠牲となってもらおう」

「や、やめろぉぉぉ! いやだぁぁぁ!!」


 男を飲み込んだ円筒が地面へと沈んでいくのを見たどけた金髪の女が椅子に腰を降ろすとすぐにその身体は動かなくなってしまった。

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