第32話 

通常のブルーデビルの体高は二メートル前後。しかし、足音を響かせながら追いかけてくるその個体は通常のものよりはるかに大きい。おそらくはアレが群れを率いているのだろう。


「アーヴィング! もっと速度出せないのかい!? このままじゃ追いつかれるよ!」

「無茶言うな! 馬が先に潰れちまう!」


 アーヴィングとシャルローネの怒鳴り声が響く中ゴソゴソと荷物を漁っていたクロウはシャルローネの屋敷から黙って拝借してきた銃を取り出すと魔力を充填しながら外の様子を覗う。追ってきているのは全部で数十匹といったところだ。充填の終わった銃の引き金に指をかけ、狙いも定めないまま魔力が切れるまで何度も撃ち続ける。物語の中だったらこの銃撃で結構な数の魔物を倒せているのだろうが、現実はそう甘くはないらしい。馬車の揺れと射程の短さに苛立ちつつ、再度魔力の充填を始めたクロウは場車内を改めて見回す。ジェイドはまだ魔力切れから回復しておらず、エリス、カチュア、アンネの三人は魔物に怯え顔を青くしながら抱き合っていて戦力としては考えられない。頼みのシャルローネも度重なる魔術の行使で息が上がり始めていた。


 身体強化を使えば自分ひとりなら逃げ切れるのでは? 浮かんできたバカな考えをクロウは自分の額に銃身を思い切り叩き付け追い払う。突然のクロウの奇行にエリス達が目を丸くする中、クロウは食材の入った木箱を抱えるとそれを次々と投げ捨てていく。


「ク、クロウ!? 何してんの!?」

食料これで少しでも魔物の気がそれればと思ってな! 俺は死ぬ時は腹上死希望なんでね!」


カチュアの疑問に軽口を返すクロウの横でシャルローネが僅かに笑う。


「女慣れしてない童貞が言うじゃないか。無事キャランベに着いたらアタシが一晩相手してあげようか?」

シャロ先生! 歳を考えなさい! 歳を!」

「クロウ! アンタも鼻の下伸ばしてんじゃない!」

「ボク、学術院に帰ったらおっぱいがもげるクスリ作り出してみせる!」

「頑張ったコにご褒美は必要だろう? クロウこのコの童貞守りたきゃアンタ達も手伝いな」


 口々に文句を言い始めたカチュア達に見せ付けるようにシャルローネはその豊満な胸をクロウの腕に押し付けるとニヤリと笑って見せた。童貞と連呼され複雑な心境ではあるのだが、腕の感触が幸せなクロウを膨れっ面のアンネが力任せに引っ張り額にガーゼを当ててきぱきと包帯を巻いていき、クロウの代わりにシャルローネの隣に陣取ったエリスが魔術を使うために杖を構える。まだ残っていた木箱を持ち上げようとするが、見た目以上に重かったのかなかなか持ち上げられず苦戦しているカチュアの横から筋肉質の腕が伸びてきた。


「あー……クソ。頭がガンガンする……」


 まだ顔色の悪いジェイドが少しよろけながら木箱を持ち上げた時、何かを踏んだのか、馬車が大きく揺れた。その衝撃でジェイドの手から離れた木箱の蓋が開いてしまい、中身が場車内に散乱してしまった。胡椒でも入っていたのか、近くに居たジェイドとカチュアがくしゃみを連発する中、クロウは顔を引きつらせながら視線をエリスへと向けた。魔術を発動させるために集中していたエリスの身体が小刻みに揺れる。


「……ヘぷちっ」


 エリスのくしゃみと共に響く轟音。襲ってくる熱風と土煙にシャルローネはただただ目を丸くするのだった。

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