第31話 

 幌馬車を見つけ安堵の息と共に大きく手を振るクロウへと向けられた返事は、御者台に座るアーヴィングが放った火の魔術だった。放たれた火玉はクロウの顔面を掠め、後方へと飛んで行く。その直後後方から聞こえてきた短い悲鳴に、クロウが何事かと振り返ると、そこには細身の体躯に鮮やかな青と黒のストライプ模様が特徴的な魔物の姿があった。その数5匹。先程の魔術はこの魔物を狙い放たれたのだ。その体色からブルーデビルと呼ばれるこの魔物は生物の気配や周囲の状況を素早く察する鋭敏な感覚を持ち、獲物を発見すると群れで襲いかかり、獲物を取り囲みつつ、牙や発達した前足の鉤爪を武器に執拗に攻撃を繰り返して狩る性質を持っていた。クロウが発見した破壊された馬車はこの魔物によるものなのだろう。


「何ボーっとしてんだ! 走れ!」


 立ち止まっていたクロウにアーヴィングが指示を出すと、自分が取り囲まれつつある状況に気付いたクロウは慌てて駆け出す。クロウを狙いブルーデビルの一匹が大口を開けて飛び掛る。しかし、黄色い嘴の中から見えた鋭い牙がクロウの身体に届く事はなかった。再び放たれたアーヴィングの魔術によって魔物の身体は跳ね飛ばされゴロゴロと地面を転がっていく。


「シャロ! 後方の警戒を頼む!」

「言われなくてもわかってるよ」


 御者台から飛び降り、魔物の群れに向かっていくアーヴィングの声に応えながら、シャルローネはゆっくりとした動きで幌馬車から降りると周囲を見回し面倒くさそうに息を吐き出す。緩慢な動きで右手を掲げるシャルローネの指に嵌められた指輪が煌くと同時に、空中に鋭利な氷の礫がいくつも現れた。振り下ろされるシャルローネの手を合図に飛んで行く氷の礫とあちこちから上がる魔物の悲鳴。クロウを追って姿を見せた5匹以外にも身を潜めて機会を覗っていたらしい。


「こいつは妙だねぇ」


 氷の礫に貫かれヨロヨロと姿を見せたブルーデビルの一匹を見ながらシャルローネが呟く。いくらこの魔物が群れで襲ってくるとはいえ、その数が多いような気がしてならないのだ。シャルローネは浮かんできた『未知の魔物』という言葉を頭を振って追い払う。アーヴィングに聞いていた特長とまるで一致しないからだ。カルータスの森に現れた魔物はそのどれもが絶命すると霧散したのに対し、このブルーデビルは死骸をそこに残したままだし、そもそもこの魔物自体が未発見の魔物というわけでもない。


 シャルローネの魔術のおかげで馬車に被害は出ていないものの、魔物の数が減っている様に思えないアーヴィングは僅かな焦りと共に魔物の首を切り飛ばし、その陰に隠れていたもう一匹の横っ面に蹴りを叩き込むと、馬車を一瞥する。魔物の襲撃に怯えている馬達をクロウが必死に押さえているがそう長くはもちそうにない。何とか突破口を得ようと躍起になるアーヴィングの耳に届いたのは、一際大きな魔物の咆哮だった。その咆哮に応えるようにブルーデビル達は攻撃の手を緩め、空を仰ぎながら短く何度も鳴き声をあげる。


「シャロ! 馬車に戻れ!」


 警鐘を鳴らす自分の本能に従いアーヴィングが叫ぶ。すぐにアーヴィング自身も馬車に駆け寄り御者台に居たクロウを幌内に突き飛ばすと馬に鞭を入れる。床で後頭部を打ちつけたクロウが身体を起こし、急発進によって上手く乗り込めずにいたシャルローネを引っ張り上げながらその目を大きく見開いた。

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