第29話 可能性

 鼻から流れる血を乱暴に拭い、クロウはその顔に凶暴な笑みを浮かべ身体強化を発動させると、アーヴィング以外の者達にはクロウの姿が一瞬で消えたように見えた。一撃で終わらせるつもりでクロウはジェイドの背後に回りこむ。しかし、クロウの姿を見失ったはずのジェイドはその場に屈みこむと、繰り出された拳をかわして見せた。ジェイドの動きに驚いたクロウは拳を振りぬいたままの格好で目を見開く。実はクロウの拳をかわせたのはジェイド本人も予想外だった。彼はただ、なんとなく嫌な予感がしたからその場に屈んだだけ。しかし、それを悟らせまいとジェイドはニヤリと口の端を持ち上げ、屈んだままクロウの足を払う。


 尻餅をついたクロウの両足を掴むとジェイドはその場で何度も回転し勢いをつけ投げ飛ばす。木に背中を強か打ちつけたクロウが咳込みながら顔をあげると、ジェイドがとび蹴りを放つのが見えた。クロウは苦し紛れに砂を掴むと目くらまし代わりに投げつけ、ジェイドが目を瞑った一瞬の隙を突いて跳び上がる。


 受身も取れないまま木にぶつかったジェイドはまたも嫌な予感がして咄嗟に頭上で両腕を交差させ、振り下ろされたクロウの踵を受け止める。


「へえ、ジェイドあのボウヤなかなか器用なことしてるじゃないか」

「器用なことって?」


 シャルローネが紫煙を吐き出しながら漏らすと、隣に居た少女、アンネローゼは迷惑そうに顔を顰め手を扇ぐ。そんな彼女の事など気にせずシャルローネはもう一度紫煙を吐き出すとアンネを一瞥し肩を落とす。


「まったくアンタっては……。アタシは師匠として恥ずかしいよ。いいかい、あのボウヤは常に自分の魔力を周囲に展開して攻撃される箇所を特定してんのさ」

「それって別に難しくないよね? 私にも出来るよ?」


 イマイチよく分かっていないアンネの頭をシャルローネは軽く叩く。


「常にって言ったろ? 立ち止まった状態ならそれほど難しくはないさ。でも、それが動き回りながらだったら、アンタ維持できるかい?」


 シャルローネの説明にアンネはジェイドと同じように魔力を周囲に展開し歩き出したものの、数歩進んだだけで魔力が霧散してしまった。


「な? 難しいだろう? ……もっとも、あのボウヤも無意識に魔力を垂れ流してるだけみたいだから、そう長くは続かないだろうけどねぇ」


 シャルローネの言葉通り、ジェイドの動きは目に見えて悪くなっていた。フラフラになりながら振り上げた拳がクロウの腹を叩く。それが限界だったのか、ジェイドは膝から崩れ落ち仰向けに倒れこんだ。


「強くなりてえなぁ……」


 大粒の涙を流すジェイドになんと返したらいいのか分からず、クロウはただその場に立ち尽くしていた。



 

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