第28話 ジェイドの苛立ち

「どういう状況だよ、これ……」


 たきぎ集めから戻ったジェイドはその場に立ち尽くし、そう呟いた。クロウは簀巻きにされた挙句木から逆さに吊るされ、その下では焚かれた火にカチュアとエリスが次々と生木をくべている。少し離れた幌馬車付近では見慣れない少女が地面に座りアーヴィングとシャルローネから説教されているようだ。ジェイドはもう一度呟いた。


「どういう状況だよ、これ……」


 その呟きに返事がないままジェイドがおそらくはエリスが魔術で作ったであろうかまどへと近づきわざとらしく音を立ててその場に薪を落とすと、その音でジェイドの帰還に気付いたアーヴィングが咳払いと共に少女から距離を取る。


「ともかくまずは飯にしよう。サハリン、ブロウニング! 二人とも遊んでないで仕度を手伝え!」


 アーヴィングの言葉に従いカチュアとエリスはクロウの側から離れると、まるで八つ当たりするように乱雑に野菜を切り刻んでいく。


「な、なあ。クロウのヤツ一体何やったんだ?」


 そう言ってすぐに聞く相手を間違えたと後悔するジェイドに、二人は揃ってギロリと鋭い視線を向けるとエリスは包丁を高々と掲げ勢いよく振り下ろす。あまりの勢いに野菜の切れっ端がべチンと音を立てジェイドの額に張り付いた。エリスは話す気は無いらしい。


「聞いてよジェイド! クロウってば昨日屋敷を抜け出して夜遊びしてさぁ! その時知り合った女の子馬車で匿ってたんだよ!」


 酷いと思わない? そう言いながらボチャボチャと鍋に皮の剥かれていない野菜を投入していくカチュア。まともな昼飯は期待出来そうにないと悟ったジェイドはガックリと肩を落とし、木に逆さ吊りにされたままのクロウに視線を向けると舌打ちと共に歩き出した。


「……寝込んでる仲間ダチよりも女かよ」


 苛立ちと共に吐き出された言葉は誰にも聞こえない。少し睨むようにしながら近付いて来るジェイドに向けクロウは二ヘラっと笑みを浮かべて見せた。その態度が余計にジェイドの苛立ちを募らせる結果になるとは思わずに。


「おーいジェイドー。助けてくれー」

「クロウ、降ろしてやるから俺と手合わせしろ」

「あん? なんだよ急に」

「うるせー。手合わせすんのかしねーのか、どっちなんだ?」

「わかった、やってやるからさっさと降ろしてくれ」


 言い様は気に入らないものの、言質を取ったジェイドはするすると木を登り木の枝にくくりつけてあるロープを解く。当然簀巻きのまま降ろせばどうなるか分かったうえで、だ。焚き火のうえに落下したクロウはゴロゴロと転がり批難めいた視線をジェイドに向けるが素知らぬふりをしてジェイドは木から飛び降りる。


「お前ら、何してる!?」


 駆け寄ってきたアーヴィングにクロウは舌打ちし、ジェイドは悪びれる事無くアーヴィングの正面に立つと口を開いた。


「クロウと手合わせしますので先生は立会いをお願いします」

「いや、しかしだな……」

「お願いします!」


 ジェイドの真剣な眼差しにアーヴィングは溜息を吐き出すと、クロウを縛るロープを切る。


「わかったわかった。ただし、クロウは身体強化は抜きだ」

「いえ、それじゃあ意味が無いんです。クロウ、本気で頼む!」

「お前本気で言ってんのか? 相手になるわけないだろ?」

「うるせえ! グダグダ言ってんじゃねえよ!」


 完全に油断していたクロウの顔面にジェイドの拳が叩き込まれる。少々フライングではあったが、こうして二人の手合わせが始まった。


 

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