第27話 帰路

 まだ夜も明けないうちに帝都を出発したクロウ達。彼らはまだ知らない。ビルポケットへの旅路が波乱に満ちたものになる事を。


 揺れる幌馬車の中、ジェイドは急遽シャルローネが設えさせた割にはそこそこ座り心地の良い座席に寝転ぶと、所在なさげに視線を彷徨わせる。エリスは魔術書を片手にシャルローネと魔術談義を交わし、カチュアは薄い板の上に広げた紙にぶつぶつと独り言を言いながら何かを書いては渋面を作り、グシャグシャと紙を丸めてその辺に放り投げるのを繰り返す。アーヴィングは御者台に座りながら、幌馬車の少し前を走るクロウに向かい時折小さな火の玉を打ち込んでいた。これも訓練の一環らしい。


 そんな同乗者達の様子を眺めながらジェイドは人知れず溜め息を吐き出す。カルータスの森での一件以来何となく行動を共にしてはいるものの、ジェイドにはエリスの様な魔術への特性もなければカチュアの様に魔道具作りの知識もない。自信のあった腕力も身体強化を習得したクロウに水をあけられ、先日のドロワとの模擬戦では退避が遅れベッドに伏せる結果に。これで落ち込むなという方が酷な話だ。そんなジェイドの焦りを知らぬまま、アーヴィングは馬車を停止した。


「ここらで昼飯にするか」


 そう言って振り返ったアーヴィングが場車内の面々に指示を出していく。ジェイドに与えられた指示はたきぎ集め。カルータスの森での失敗を思い出したジェイドは汚名返上すべく駆け出していく。そんなジェイドを横目にクロウは一人幌馬車へと戻る。アーヴィングから調理器具を取ってくるよう言われたからだ。シャルローネが設えさせた座席は収納箱としての機能も持っていた。クロウは調理器具を取り出すべく座席を持ち上げると、何度かの瞬きの後そっと座席を戻しごしごしと目をこする。


「いやいやいや……」


 一人ごちたクロウがもう一度座席を持ち上げ、調理器具に埋もれながらすやすやと寝息を立てている密航者の鼻を摘むと、密航者は不快そうに眉間に皺を寄せゆっくりと瞼を開いた。


「んー……。あ、おはよ。クロウ」

「おはようじゃねぇよ! お前、何してんだよ!?」


 寝ぼけ眼の密航者の少女は身体を起こし、頭の両サイドで結んだ髪を揺らしながら辺りを見回すと、自分が密航している事を思い出したのかまるで一連の事を無かった事にするかのように座席を掴み再び隠れようとする。が、当然クロウがそれを許すはずもない。


「クーローウー、なにやってんのさー……」


 どったんばったんと揺れる馬車を覗き込んだカチュアはその光景に絶句した。無理もないだろう、たかが調理器具を取ってくるのにどれだけ時間をかけているんだと文句を言いに来たはずが、覗き込んだ馬車の中でクロウが見知らぬ女の子を押し倒しているのだから。


「……落ち着け、カチュア。これはだな……」


 まるで浮気現場を見られたかのように弁明しようとするクロウから目を逸らし、カチュアはくるりと身体を反転させ大きく息を吸い込む。


「クロウが女の子連れ込んでるーー!!」


 そう叫びながら走り去るカチュアとガックリとうなだれるクロウ。クロウに押し倒されたままの少女は楽しげに笑い声を上げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る