第26話 帝都の夜

 帝都の住民達が平伏す中、帝国の紋章が刻まれた豪華な箱馬車が街路を進む。アンネを迎えに来たこの馬車に彼女の頼みで同乗する事になったクロウは対面に座り、チラチラと上目遣いで見てくるアンネにジト目を向けていた。


「……つまり、あのおっさん達は城を抜け出したお前を迎えに来た兵士だったって訳か?」

「ご、ゴメンネ。こんな大事になるとは思わなくってさ」


 ペロリと舌を出すアンネに大事になる原因を作ったクロウも強くは言えず息を吐き出す。


「だいたいなんで城を抜け出したりしたんだ?」

「息抜きよ、息抜き。城での生活って退屈だし窮屈だし嫌になる事ばっかりなんだから 」


 そう言って俯いて溜息を吐き出したアンネだったが、すぐに顔を上げ笑顔を浮かべる。


「でもさ、アンタが城に、ううん、私に仕えてくれればそんな思いもしなくなると思うんだよねー」

「姫様、お戯れがすぎますよ」

「……冗談でも、友達にはそんな言葉遣いされたくない……」


 冗談めかして返すクロウにアンネは悲しそうな表情を見せると再び俯いてしまった。どんなに話しかけても一言も話そうとしないアンネとどうしたものかとオロオロするばかりのクロウを乗せた馬車がシャルローネの屋敷の前に着いた時、新たな騒動が起る事になる。


 聊か気まずい別れにはなるものの、皇女であるアンネと学生の自分がもう会うことはないだろうと考えたクロウが別れの言葉を口にするよりも先に。


「おいおい、何で皇家の馬車がお前の屋敷の前に止まってんだ!?」

「そんな事、アタシが知るわけないだろう?」


 聞こえてきた男女の声にクロウは思わず口元をヒクつかせる。アーヴィングとシャルローネが再び登城していた事を知らないクロウは、自分が屋敷を抜け出したのがばれたのかと慌てて隠れられそうな場所を探す。アタフタと視線を巡らせるクロウを一瞥するとアンネはその口の端を持ち上げ、御者の手が触れるよりも先に扉を開け外へと飛び出した。


「こんばんわ、シャロ先生

「アーゼ? まったくアンタってはもうちょっとお淑やかに出来ないのかねぇ」


 飛び出してきたアンネに呆れたように言うシャルローネの隣に立つアーヴィングは溜息を吐き出すと、こっそりとその場から逃げ出そうとしていたクロウの肩を掴む。


「それで? 屋敷に居るはずのお前が何でアーゼと一緒に居るんだ?」


 観念したかのようにクロウは両手を挙げるとまるで油の切れた人形のような緩慢な動きで振り返ると、アーヴィングの手が離れた隙を狙い身体強化を発動させ、その場から逃走。


「逃がすかこのクソガキッ!」


 逃走したクロウを追うためにアーヴィングも身体強化を発動させ、走り出す。そんな二人を見送るシャルローネは一度頭を振りアンネの頭に手を置く。


「すまないね、アーゼ。アタシはまた帝都を留守にすることになっちまった」

「えーまたぁ? 昨日帰ってきたばっかりなのに今度は何処に行くの?」

「ちょっとビルポケットまでね。もしかしたら今度は長くなるかも知れない。魔術の修行には他の人間を手配しとくから、サボるんじゃないよ?」


 アンネは魔術の師匠であるシャルローネの言葉に不満気に頬を膨らませると、頭の上の彼女の手を振り払い馬車へと乗り込んでしまった。そんなアンネの様子を見ながら肩を竦めるシャルローネは、この時彼女が新たな脱走計画を企てている事に気付いていなかった。



 


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